こんにちは、ゆりです![]()
「食器洗いながら、動画を見る」
「移動中に、予定を整理する」
「洗濯物たたみながら、音声を聞く」
…気づけば、いつも“ながら○○”ばかりしている私。
正直、マルチタスクの方が効率もいいし、気も紛れるからラク。
でも、ふと疑問に思ったんです。
「なんで私は、常に何かをしながらじゃないと落ち着かないんだろう?」
「時間がもったいないから」…だけじゃなかった
最初は「効率化」とか「時間の有効活用」だと思ってたんです。
でもよくよく心を見つめてみると、もう一つの本音がありました。
それは、
「がんばってない私は、ダメ」
「ちゃんとしてないと、誰にも認められない」
「ただ座ってるだけなんて、怠けてるみたいで落ち着かない」
…という、「自分の存在価値」に対する思い込みでした。
マルチタスク=がんばってる証拠にしてた
私にとって、マルチタスクをしてるときって、
• ちゃんとやってる気がする
• 時間を無駄にしてない感じがする
• 「今日も動けてる私」でいられる
…つまり、『がんばってる私』でいられる感覚だったんです。
逆に、何もせずにいると落ち着かないのは、
「がんばってない=価値がない」って、どこかで信じていたから。
がんばらないと、存在しちゃいけないの?
でも、こうやって振り返ってみると、ちょっと切なくなります。
「何かしてないと、自分には価値がない」
「ただ存在するだけの私は、許されない」
そんな風に思っていたなんて。
本当は、立ち止まってもいい。動かなくてもいい。
がんばる私も好きだけど、
何もしてない私も、悪くない。
むしろ、マルチタスクをやめた瞬間にしか見えない景色もあるのかもしれない。
今の私に必要なのは、
『動き続けること』よりも、
『立ち止まって、自分を感じること』だったのかもって思いました。
まとめ:マルチタスクを責めずに、やさしく見つめてみる
私は、マルチタスクをすることで、自分の価値を確認しようとしてた。
がんばってる私でいることで、安心しようとしてた。
それに気づいた今、
「今日も何かをしながらしてるなぁ」って時も、
ただ責めるんじゃなくて、こう声をかけようと思います。
「ああ、私は今、『安心したくて』動いてたんだね」
「何かをしながらじゃないと落ち着かないくらい、がんばってたんだね」
そんな風に、自分にやさしく気づきを向けられるようになったら、
マルチタスク癖も、前向きに受け止められるようになってきました。
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