ユベール・スダーン 九州交響楽団 | Wunderbar ! なまいにち

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まだまだひよっこですがクラシック大好きです。知識は浅いがいいたか放題・・・!?

2025. 7. 31(木) 19 : 00 ~   福岡シンフォニーホールにて

 

<第432回 定期演奏会>

~スダーン祈りの響き、戦後80年に寄せて~

 

ブルックナー:交響曲 第3番 ニ短調 WAB 103(ノヴァーク版第3稿)

 

ブルックナー:テ・デウム WAB 45

 第1曲:われらは神であるあなたを Te Deum

 第2曲:それゆえわれらはあなたに Te ergo

 第3曲:永遠の栄光のうちに Acterna fac

 第4曲:あなたの民を救ってください Salvum fac

 第5曲:主よ、私はあなたに望みをおきました In te Domine speravi

 

モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス K.618

 

 

ソプラノ:鈴木玲奈、アルト:渡辺玲美、テノール:工藤和真、バリトン:池内響

合唱:九響合唱団、ちくしの混声合唱団、九州大学男声合唱団コールアカデミー、

多目的混声合唱団 Chor Solfa!、声楽アンサンブル Pons Show You、有志(2名)

合唱指揮:横田諭

 

指揮:ユベール・スダーン

九州交響楽団

(コンサートマスター:西本幸弘)

 

   

 

だいぶ経ちましたがあせる ちょうど1か月前に行ったコンサートの話です。

 

大・大好きなスダーンさん、九響に3年連続・3回目の登場~クラッカークラッカー

 

初登場は2023年2月下差しこの時のシューベルトの「グレート」が超名演で強烈なインパクトハッでした。

 

2回目は昨年9月下差し オールベートヴェン。

 

そして今回は・・・大好きなブルックナー!きゃーキャー

マエストロもブルックナーの”熱狂的信者”だそう下差し 奇遇ですね~、私もですぷぷッ(笑)sao☆

 

今回はブルックナーの交響曲第3番とテ・デウム でいずれも実演は初聴きわーいわーい

特に第3番は長年ずう~っと聴きたい!と念願していたのでとても嬉しかった。

 

アントン・ブルックナー (1824-96)の生涯については以前長々と書いています下差し

 

 

 

 

前半は「交響曲第3番」。 以下無料パンフ内の西田紘子氏の解説より抜粋。

 

第1楽章:第1稿ではワーグナーの作品からモチーフが引用されていたが、のちの稿ではカットされた。冒頭でトランペット🎺が提示する下行音型下差しは展開部では反行形(上下をひっくり返した音形)で現れる。

 

第2楽章:ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」のモチーフや「ワルキューレ」の眠りの動機が引用されている。

第4楽章:第1楽章冒頭のトランペットの旋律が回帰する。再現部が7割以上カットされていることが第2稿から最も大きく変わったところである。

 

そして「交響曲第3番」といえば、私はどうしてもこの本のことを思い出してしまいます下差し

この本、とっても面白いですグゥ~

 

この本の中に交響曲第3番の初演にまつわるエピソードが出てきます。(上記の生涯についての過去記事内にも書いています)下差し

 

1875年にウィーン・フィルで初演が計画されましたが、リハの段階でオケが「演奏不可能」ハッと判断、初演は見送られました。

1877年(ブルックナー53歳)ブルックナーは大幅改訂した「交響曲第3番」の初演をウィーン・フィルに再度要請しますがまたもや拒否されます泣き2  しかし、友人(ウィーン・フィルの指揮者)のヘルベックが団員の代表者と会議を開き、12月に演奏する同意をやっと取り付けました。しかし!10月にヘルベックが急死ハッ ブルックナーは自分で指揮せざるを得ませんでした汗

ウィーン・フィルとの3番のリハの様子が上記の本内に詳しく書いてあります。もちろん脚色はあるでしょうが、何人かの当時の楽団員の実名も登場していてとてもリアル。とにかくリハ~本番 とウィーン・フィルの非協力ぶり、妨害ぶりはそりゃあひどいですカスパー11

そして、12月16日の3番初演の日・・・大失敗に終わりましたダウン ダウン ayaaya

楽章が終わる毎に聴衆が席を立ち、終演後まで残っていたのは少数だったといいます。弟子だった17歳のマーラーは最後まで聴いていた一人でした。彼は深く感動しブルックナーもマーラーの賛辞に喜び、この曲のピアノ編曲を彼に依頼、後に出版されました。 

しかし、とにかくこの大失敗(天敵ハンスリックも超酷評・・)にブルックナーは大いに落胆し、しばらく作曲できないほどでした泣

 

このあたり、聞くも涙、語るも涙の話で、これを読んで私はしばらくウィーン・フィルのことを何様なんだい?hateと憎々しく思っていました怒る(だって今や自分たちがブルックナーの本家本元の体なんだもの)

 

というわけで、第3番を聴くにあたってこのエピソードを思い出さずにはいられないので、冒頭のさざ波のようなヴァイオリンを聴いただけですでにウルウルとなった亜友未 長~い第3番の中で私はここらへんが一番好き。あぁ~今から始まる始まる~と高揚する。

でもそっからが長いんですよねぷ ブル好きの私だけどそれでも途中「なげ~な~」と思ったw

マエストロは「フーっ!DASH!」という荒い息遣いがステージからはるか遠くに座っている私の席まで聞こえるくらいの激熱の振り。 ただこの長い作品を終始緩みのないようにオケをまとめあげるのは至難の技なのだろう、なんとなく途中ダレてしまったようなところもあったような。

とにかく初めての第3番がマエストロの指揮で聴けてよかった!泣く

 

この作品の私の愛聴盤、いち推しはマゼール&ミュンヘン・フィルのものです下差し

この演奏すごく好きです照れちゅん これは聴いてて全然飽きないのです。

 

ブルックナー:交響曲第3番/ ロリン・マゼール&ミュンヘン・フィル

(2012年9月ライブ録音)

 

you tubeにも演奏があったので載せます。

 

ブルックナー:交響曲第3番(59分51秒)

/ ロリン・マゼール&ミュンヘン・フィル(2012年9月ライブ録音)

 

 

 

後半最初は同じくブルックナー作曲の「テ・デウム」。 これも実演は初めて。

 

以下も西田紘子氏の解説より:

shokopon この作品は交響曲第7番と同時期に作曲された。その影響か第5曲に現れるモチーフ下差しが第7番のアダージョ楽章(1883年2月に逝去したワーグナーのための葬送音楽といわれる)が繰り返し登場する。 

 

 

”テ・デウム”は三位一体の神をたたえる中世由来の古い賛歌。アンブロシウスとアウグスティヌスが霊感を受けて作詞したと伝えられている。 詞は、父なる神への賛美、キリストについての語り (あなた=Tu)と呼びかける部分)、救いを求める祈り、の3部分よりなる。第1曲では最初の2部分が歌われ、第2曲以降が信仰の祈りに費やされる。ブルックナーは初版に”すべては神のおおいなる栄光のために”という語句を添え、本作を神への捧げものとした。

 

shokopon 第1曲:ド・ミ・ソの和音のミを欠いた始まり方は、ベートヴェンの第九冒頭 (レ・ファ・ラのファを欠いた和音で始まる)を思い起こさせる。

第2曲:全パートがユニゾンで歌い始める第1曲とは対照的に独唱の祈りが始まり、天使を象徴するヴァイオリン・ソロがこれを装飾する。

第3曲:「栄光のうちに in gloria」という語に不協和音をあててしつこく下行させ、最後は合唱が唐突に終わる。

第4曲:第1曲の力強い賛美の様式がハ長調で戻ってくる。しかし「お守りください custodire」「憐れんでください  miserere」と懇願の祈りに移ると声は抑えられ、第3曲と同じく和音が解決しないまま終曲へ。

第5曲:「永遠にまどうことはない  non confundar in aeternum」のモチーフ (上記の譜例)のあとフーガとなる。音域が上昇して限界点へ至ると、合唱の力強い信仰告白によって作品の最初と最後がハ長調で結ばれる。

 

 

もう最初っから、あぁ~~ブルックナーぽいぽいぷっ

ソリストたちもさることながら、合唱団がとても素晴らしかった。それからコンマス西本さんの独奏も美しかった!キラキラ

福岡では滅多に聴くことができない(と思われる)この作品、歌詞は何言ってるかわからんけどw かみしめるように聴いていた。

演奏終了後はスダーンさんが合唱指揮の横田さんを譲り合うようにカーテンコールに立たせていた。

 

 

ブルックナー:テ・デウム(22分59秒)(日本語訳入り)

/ オイゲン・ヨッフム&ベルリン・フィル

 

 

最後はモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。

 

以下西田紘子氏の解説より:

shokopon アヴェ・ヴェルム・コルプス=”めでたし、まことのお体”は、毎年5月末~6月に行われるキリスト教カトリックの聖体祭でイエス・キリストの聖体を賛美する歌。モーツァルトは、オーストリアの温泉地バーデンで療養していた妻コンスタンツェを世話してくれた合唱指揮者アントン・シュトル (1748-1805)への感謝として本作を作曲した。この半年後にモーツァルトはこの世を去る。

shokopon 46小節たらずのこの作品はたった4行の歌詞で、マリアからの誕生、受難、死、十字架上で貫かれた脇腹に触れ、最後にキリストに呼びかける。短い曲ながら1行ごと、あるいは1行歌うあいだにも次々と転調し、和声の色合いを変えてゆく。「十字架 cruce」という語のところ下差しでは、一瞬だけ他のパートを休止させてソプラノ (レの音)を際立たせたあと、不協和音を鳴らす。このソプラノは次の小節に入ってほかのパートの和音が変わったあとも不協和音な音を引き延ばしているのだが、これは掛留音 (suspension)と呼ばれる手法で、「つるす」「留めておく」(suspend)という意味をかけているのかもしれない(十字架に磔となるイエスをまるで音で描くかのよう)。

 

スダーンさんは恐らく「テ・デウム」からそのままこれを演奏したかったのではないだろうか(あくまで勝手な推測)。テ・デウムが終わったあと拍手が始まってしまったので、それに応えざるを得なかったが、見ていてなんとなくそんな感じがした。

 

ほんの4分程度の短い曲ながら、とても美しくて天上の音楽を聴いているかのよう。素晴らしかった泣く 思わず涙がでた。

ブルックナーを2曲聴いたあとにこれを聴くとモーツァルトのすごさが際立つ気がした。ブルックナーが劣ると言いたいわけでは決してないが、こんな短い曲でも聴いている者をどっぷりと魅了するモーツァルトはやはり天才だ(一緒に聴いていたオットもまったくおんなじ感想だったw)。

 

 

モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス(2分59秒)

/ ロンネフェルト&ウィーン響、ウィーン・アカデミー室内合唱団

 

 

スダーンさんの公演での私の楽しみのひとつがカーテンコール。

スダーンさんはいつも各奏者を立たせる際の労のねぎらい方が見ていてほっこりする。

儀礼的にルーチンで立たせてるように見える指揮者は多いが、スダーンさんの讃え方はお人柄がよく出ている気がする。奏者に対するリスペクトがにじみ出ているように思う。

こういうのを見ていても真摯なお人柄が感じられてスダーンさん大好きだなぁpri

 

次回はどんな曲を振ってくださるかな~わくわく また早い登壇を願っていますshokopon

 

ソリストの歌手の方々

(鈴木玲奈さんのツイッターよりお借りしました)

 

 

九響の公式ツイッターより