スダーン&九響、北村朋幹:ブラームス;ピアノ協奏曲1番, シューベルト;「グレート」(定演) | Wunderbar ! なまいにち

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まだまだひよっこですがクラシック大好きです。知識は浅いがいいたか放題・・・!?

2023. 2. 11 (土・祝) 15 : 00 ~   福岡シンフォニーホールにて

 

<第410回 定期演奏会>

~名匠スダーンが紡ぐドイツ・ロマン派~

 

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 Op.15

(ソリストアンコール)

シューマン:「暁の歌」Op.133 より 第4曲

 

シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調 D944 「グレート」

 

 

ピアノ:北村朋幹

指揮:ユベール・スダーン

九州交響楽団

(コンサートマスター:西本幸弘)

 

  

 

ユベール・スダーンさん、初聴きラブラブ スダーンさん(Hubert Soudant:1946.3.16~)はオランダ出身で来月で77歳になられる。2004年~14年には東京交響楽団の音楽監督も務められた (その次が今のノットさん)。

ほんとは2020年に九響を振る予定だったが、新型コロナウイルスのため来日できず、他も怪我などで (3度目の正直だそう) やっと九響との共演が実現することになった。

 

 

前半はヨハネス・ブラームス (1833-97)のピアノ協奏曲第1番。 ソリストは北村朋幹さん。元々のソリストは三浦謙司さんの予定だったが北村さんへ変更となった。北村さんを聴くのは2度目。前回も九響との共演で、2020年9月にベートーヴェンの「皇帝」を聴いた。その時はSD配置の一席とびの座席だったんだなぁ。

 

 

メモ ブラームスは1854年 (21歳)から作曲を始めたが、この年の2月に恩師のシューマンがライン川に身を投げた。翌3月にブラームスは「2台のピアノのためのソナタ」を書きあげたものの、7月には交響曲に書き直そうとする。だがこの作業にも行き詰まる。翌1855年2月にはピアノ協奏曲に改作しようとして書き始めたのが本作。ただしこれも一筋縄ではいかず、ブラームスはクララ・シューマンや親友のヨーゼフ・ヨアヒムの助言を得ながら改訂を加えた。その間1856年7月には恩師シューマンが46歳で逝去。同年10月1日に完成した第1楽章のスコアをクララに贈り、12月にはフィナーレ、新たに書き出した第2楽章は1857年1月に完成、そして全体は1858年に一旦は完成するが翌年まで改訂を加えた。1859年2月のクララのブラームスへの書簡には『まだ第一楽章に苦しんでいるのですね。・・・全体としては霊感いっぱいなのに、爽快さが足りません。なぜなのか私にはわからないのですが』とあるそうだ。(1859年2月16日)

初演は1859年1月22日にブラームス自身のピアノとヨアヒムの指揮でハノーファで行われ一応の成功は収めたが5日後にライプツィヒで初演が行われたとき、聴衆は退屈のあまり非難の野次飛ばしたそう。ブラームスはヨアヒムへ『僕はただ我が道を行くだけです。』と書き、『それにしても野次の多さよ!』と付け加えている。

 

各楽章の解説などはwikipedia他、こちらのサイトなどが簡潔でわかりやすかったです。

第2楽章だけちょっとエピソードを。第2楽章のピアノ譜の出だしにはミサで用いられる祈祷文「ベネディクトゥス」の一節、『主の名によって来るものに平安あれ』がラテン語で記されている。これは亡きシューマンへの哀悼の意を表している、あるいは夫を失ったクララの哀しみを慰めようとした、とも言われている。ちなみにブラームスはクララに宛てた書簡でこの楽章を新たに書き起こしたことについて、『あなたの穏やかな肖像画を描きたいと思って書いた』と書いているそう。

それから東響の首席ファゴット奏者の福井蔵氏のインタビューによる”ファゴット奏者から見た本作”がとっても興味深かったのでせひ。

 

で、実際の演奏について。

 

ひとことで書くと、予想をはるかに上回るくらいめちゃめちゃ素晴らしかったビックリマークビックリマーク

 

考えてみたら私がこの曲の実演を聴くのは2度目。前回は2016年10月にブッフヒンダーのピアノで聴いてた。下差し もう6年以上前!

 

 

ブッフヒンダーの演奏は人生の年輪を感じさせる滋味あふれるものだったが、北村さんの演奏は若さ溢れる勢いあるもの。でも力に任せたものではなく繊細な部分はハッハッとするくらい美しかったキラキラ

 

 

ところで前回北村さんを聴いた2020年9月の時の記事上差し(前述)に書いてるんだけど、私的には北村さんの座る椅子に今回注目していた。 北村さん、前回は通常よく使うピアノ用椅子を使わずスタイリッシュな椅子に座ってたんですよね~。 で、今回もやっぱり通常の椅子じゃなかった。遠目に見たら、たぶん団員さんたちが座る椅子だったのかな?

なぜ通常のピアノ椅子に座らないのかなにか理由があるに違いない。それを知りたいな~にやり

 

前回北村さんの「皇帝」を聴いたときは正直言ってあまり印象に残らなかったが、今回私も含め多くの聴衆に強いインパクトを残したに違いない。 北村さん、前回聴いたときよりかなり進化していると思った。私が特にいいなと思ったのが煌びやかなキラキラ高音。とても美しかった!

 

それにしてもこの曲、(ピアノの)トリルが満載ですよね。あれかなり指疲れるだろうな。

特に第1楽章には右手親指と薬指でオクターブ、小指で一つ上の音を続けて演奏する”ブラームスのトリル”と呼ばれるトリルがあってこれはかなりキツいと思うあせる

 

この曲は「ピアノ助奏つきの交響曲」と呼ばれていたようにオケはピアノの単なる伴奏ではなくとてもシンフォニックなのも魅力なのだが、オケがまたすごくよかったビックリマークビックリマークラブ

第1楽章の冒頭からすごい迫力。弦の思い切りのよさがとてもよかった。特にコントラバス。この日コントラバスはいつもより1本少なく6本だったのに、いつもよりもっと響いてきたのがびっくりおーっ!ハッコントラバスほんとすごかった。

盛り上がる第3楽章もさることながら、第2楽章にすごく感動キラキラ 途中オーボエOboeOboeふたりのデュオでグッときてそのあとのフルートなど木管が入って来るところでもう涙腺が~~えーん

”若書きでオーケストレーションが未熟”とも言われているが、私からしたらめっちゃ名作だと思う。胸キュンのメロディーが満載でブラームスはやっぱりすごい!と思った。

 

アンコールはブラームスかもしかしてシューマンかも、と思ってたらシューマン!しかもベタな曲ではなく「暁の歌」!あぁ、最高でしたえーん

北村さんの最弱音が最高に素晴らしくてはるか遠くにいる私のところまでしっかりと響いてきた。北村さんが弱く、さらに弱く弾くほどに客席の静寂度が一層増した。最後の一音のときには全員が聴き入っていて最高の空間だったキラキラ ブラボービックリマーク拍手拍手

 

北村さん熱演中~音譜

 

 

演奏後労をねぎらうマエストロと北村さん音譜

 

 

 

 

 

前半の感動もさめやらぬ中、後半はフランツ・シューベルト (1797-1828) の交響曲第8番「グレート」。

 

メモシューベルトは1824年3月に親友に宛てた手紙の中で『僕は大交響曲 (die große Sinfonie) への道を拓こうとしているのです』という決意を表明しているそうだ。翌1825年の初夏から4か月におよぶザルツブルク方面への演奏旅行を行った。グムンデンには友人のマイケル・ヴォーグるとともに1か月逗留、他バート・ガスタインに滞在、当地の自然に『神々しい』と感動し、”グムンデン・ガスタイン交響曲”なる曲を作曲した。この交響曲は長らくどの交響曲に当たるのかわからず「幻」とされていたが、直筆譜の五線紙の透かし模様が25年頃に用いられていたものと一致することなどからこの「グレート」交響曲が「グムンデン・ガスタイン交響曲」であること、作曲は1825~26年であると考えられている。

 

本作に関するシューベルトの手紙

(画像はwikipediaよりお借りしました)

 

グムンデンの湖水地方(2015年撮影)

月刊誌「九響」の堀朋平氏の曲解説には風景画(ヴァインマン画)が載っています

シューベルトはこのあたりの自然を満喫したのでしょうか。感慨深い・・・

 

1826年に完成した本作はすぐにウィーン楽友協会に献辞を添えて提出され、協会も実演に向けてパート譜も発注した。1827年、この作品は楽友協会で音楽院の「オーケストラの練習」(=音楽院のオーケストラの演奏会のことを指す)で演奏されたと考えられているが、この交響曲の長大さと、様々な難しさから、オーケストラは何度も練習を重ねたが通常の演奏会にこぎつけられなかったそう。1828年にも同協会へ提出されたが演奏されることはなかった(1839年に楽友協会の演奏会で取り上げられたものの、その長さのせいで二つの楽章のみが演奏されたそう)。

 

同年11月にシューベルトは他界。1839年1月1日にシューマンはシューベルトの兄フェルディナントが管理していたシューベルト宅を訪問した。(兄フェルディナントは1836年に終楽章だけの初演を試みたが、それも演奏を拒否されたらしい)シューマンはシューベルトの死後そのままに保管されていた仕事机の上にあった長大な交響曲を発見、その総譜をメンデルスゾーンのもとへ届けて1839年3月21日にメンデルスゾーンの指揮によってようやく全曲が初演された。

 

しかしその後もなかなか全曲通しての演奏は拒否されることが多かったが、シューマンは、『この曲を知らない人はまだ本当にシューベルトを知らないのだ』『(ジャン・パウルの4巻の長編小説のように)長大さ=冗長さこそ天国のようなのだ』『単に美しい歌とか、音楽家がこれまで何百回となく表現してきた単なる苦悩や喜びといったもの以上のものが秘められている』『我々がかつてそこにいたことをどうしても思い出せないような世界へ我々を連れて行く』などこの曲を絶賛し続けた。そうして1849年にスコアの出版へと至ったのだった。

曲の解説は、新交響楽団のサイト、こちらやこちらを参考にしました。


私がこの曲の実演を聴くのは5度目。2016年10月にメータ&VPOで、2017年11月にブロムシュテット&LGOで、2021年11月にムーティ&VPOで2度 (コチラとコチラ)。

考えてみるといずれもいわゆる大巨匠で聴いており、今思い出してもそれぞれがとても素晴らしかった。メータのときは木管8人を自分の周囲に半円状に配置させてて聴覚的にもとても面白かった。ムーティのときはまるでオペラを聴いているかのような歌心が素晴らしかった。


 

でもって今回の演奏なんですけど、これら大巨匠たちの演奏にもまったくひけを取らない、

すんばらしい演奏でしたビックリマークビックリマークビックリマーク笑い泣き笑い泣き

 

いやはやスダーンさん めちゃめちゃすごいビックリマークビックリマーク

そしてそれに応える九響もすごかったビックリマークビックリマーク

 

まず冒頭のホルンHornで一気に惹き込まれた。ホルンの音色がいつもと違う!ふくよかでめっちゃ響いてきた。スダーンさん、元ホルン奏者だそうだが何か九響のホルンの音色を変えるマジックでも使ったんだろうか??と思ったくらい。

 

途中、ここがこうだったと具体的なことを書くのもなんだか野暮な気がする。

とにかくですね、弦、木管、金管が一体となっていてスダーンさんの細やかな手の動き(指揮棒は前半、後半なし)に合わせてうねるうねる~台風

弦は前半と同じくコントラバス、チェロなど低弦がとっても響いて心地いい。時々バラつくこともある弦全体がこの日は一糸乱れず。こんなに鳴らすことができるんだ!とびっくりした。

そしてグレートの主役ともいえる木管群が最高でしたラブラブ 

個人的に意外だったのが、ここはオーボエOboeが活躍する(目立つ)部分だ~と思ってたところを意外にも抑え気味に吹かせてたところがあったこと。例えば私が一番好きな終楽章。この中でも最も私が大好きなのが、オーボエOboeがソロを吹く中、ヴァイオリンはじめ弦がシャカシャカッ、シャカシャカッ(専門用語が分からずすみませんw)と弾いてるとこ。ここ結構オーボエの聴かせどころではないかと思うんだけど、スダーンさんはここのオーボエを抑えて吹かせていた。他にも随所にオーボエの音量が意外にも抑えられていてすごく新鮮に思えた。 

 

とにかくどの楽章も宝石のようにキラキラしていてこの長い曲があっという間だった。

第3楽章が終わったときはスダーンさん、思わず左手で拳を突き上げてガッツポーズ頑張る それにつられたか、演奏が終わったかと思って拍手した人が数名いた指差し

終楽章の最初あたりはびっくりするくらいの早いテンポだったが、弦がスダーンさんの指揮にビターッとついていっていた。オケ全体がゾーンに入ったかのように熱い演奏!メラメラ

いやぁ、終わってしまうのがほんとに惜しいくらいでした。

 

シューベルト熱演中~音譜

マエストロは指揮台なし!

 

カーテンコールに応えてスダーンさん自ら真っ先にオーボエ首席の佐藤太一さんのもとへ。がっちりと熱い握手らぶを交わしていた(それを見た私は再度ウルウル泣)次いでフルートの大村さんとも握手らぶ、弦はそれぞれのパートの第1プルトのおふたりと握手らぶ(コントラバスのところにもわざわざ行って握手していた)・・というようにスダーンさんのお人柄がにじむような温かいカーテンコールでしたキラキラキラキラ

 

各奏者のところへ行って労をねぎらうマエストロ音譜

(ここまで丁寧にされる方もなかなかおられないと思う)

 

スダーンさんは前半~後半通じて指揮棒は使わず、両手を使って振っていたが、その振り様がまたなんともいえずいいんですよね~。両肩をちょい、ちょいとあげながら左右対称に振ったり、指を細やかに使って柔らかく振ったり、左右の空を切るかのように勢いよくバーッとやったり、各々の楽器にキューを出すとき、ちょい、ちょい!とやったり、などなど。それに対してオケが自由自在に反応してくるのがほんとに面白かった。

譜面台に小さな楽譜(ポケットスコア?)は置いてあるもののほとんど暗譜していると思われる。そして、、、前半も後半も指揮台なし(ゲルギエフやポリャンスキーを思い出した)。

指揮台がないから、時々このままオケの中まで入っていくんじゃないかというくらい左右や前方にずん、ずんと自在に動いていた。

 

マエストロの熱い指揮音譜

 

 

スダーンさんは九響には初登場だったが、このたった一回の登場で私たち聴衆の心をわしづかみにしただけでなく、リハ~本番を通じて団員さん方の心もわしづかみにしてしまったようだラブ

「九響はスダーンさんのような指揮者を待っていた!」とツイートしている方もいらしたくらい。 4月からの新シーズンにスダーンさんのお名前はないが、できるだけ早くの再登場を心から願っています ayaaya  

とにかくスダーンさんのご健康とご多幸をお祈りしていますshokopon 福岡まで来てくださってありがとうございましたビックリマークハートハート

 

オーボエ首席の佐藤太一さんのツイート:

 

 

ホルン奏者の木村睦美さんのツイート:

 

 

ヴィオラ首席の細川泉さんのツイート:

 

 

チェロ首席の山本直輝さんのツイート:

 

 

第1ヴァイオリンの斎藤羽奈子さんのツイート:

 

ティンパニ(打楽器首席)の森洋太さんのツイート:

 

 

コンサートマスターの西本幸弘さんのツイート:

 

 

♪ おまけ ♪ :シューベルトの「グレート」のすごいところ。

一度聴くと色んなフレーズがしばらくずうっと頭の中でリフレインするところ。

いつもそうなんですよね。洗脳効果があるんじゃないかと思っている・・・ふふっ

 

*記事内の本番中の写真はすべて九響の公式facebookよりお借りしました。