皆さま、こんにちは!
まずは毎度のご報告です。
先日UPしたブログが本日のアメトピに掲載されました。
運営さん、今回もありがとうございます!
こちらの記事でした。
一度と言わず二度三度とチェックくださいね。
先々月の出来事です。
自分が属している向山駅愛好会のイベントに参加するため
友人と一緒にクルマで青森に向かいました。
金田一温泉付近を通過する際、
でっかな歓迎ゲートが珍しくて写真を撮りましたが
先月末、老朽化を理由に撤去されたそうで…
すごいタイミングで通過したと思いましたよ。
今後は新たな歓迎ゲートが設置されるとのこと。
新設されたゲートも見たいし
次回は温泉にゆっくり浸かりに来ますぜ☆
本来なら、出発地の仙台から青森県まで
東北自動車道でひとっ飛びするところですが
どうしても見たい駅があり
途中のインターで降りましたの。
その駅とは…
IGRいわて銀河鉄道線・一戸(いちのへ)駅でした。
一戸駅を見たかった理由ですけど
ここは今から10年前に立ち寄ったことがある駅でした。
天気が良く、駅舎のステキな写真が撮れると
意気込んで来たのですが
養生ネットで囲まれてやんの。
電車を降りてこの駅舎を見た途端に
落胆したのは今でも忘れません。
そこで駅舎の外観を再確認するために立ち寄った次第でした。
一戸駅の駅舎ですが
10年前と今とでは大きく変わっているので
今回は10年前の様子をUPします。
この日は電車に乗って一戸駅に来ました。
ねっ、最高の天気でしょ?
ホームで電車を見送りましたよ。
一戸駅は明治26年に開業した駅です。
一戸駅の南側には急勾配区間の十三本木峠(奥中山峠)があり
蒸気機関車の時代は沼宮内駅(現在のいわて沼宮内駅)‐一戸駅間で
補助機関車が連結されてました。
その補助機関車の塒(ねぐら)が一戸機関区で
一戸駅の構内北側にあったのですよ。
構内の西側が広く空いているのは
一戸機関区に繋がる留置線があった名残です。
今は保線車両の留置線に変わってましたっけ。
昭和56年出版された航空写真集「伸びゆく岩手」が手元にありましたが
そこに掲載された一戸駅です。
赤い矢印の先に写るのが一戸駅の駅舎でしたよ。
中央右側に一戸町役場の建物が写ってますけど
ここに機関区がありました。
一番大きな建物は市の体育館でしたが
この付近に扇状庫と転車台があったみたいですね。
この後は一戸機関区跡も見てきましたが
長くなりそうなので後日のブログにUPします。
改めて駅舎を眺めましょう。
ちなみにこの日の養生ネットは
外壁の塗り替えのために張られていた模様。
隙間から中を覗いてみました。
駅舎内も養生だらけです。
「一戸駅は写真を撮りに再訪しよう」となった自分の気持ち、
理解してもらえますよね?
この頃は駅舎内にコンビニ(ミニストップ)がありましたが
令和3年に閉店してしまったようで。
おにぎり全品100円のポスターに時代の変化を感じますな。
一戸駅は職員配置駅で出札窓口できっぷが買えました。
今回はフリーきっぷで回遊していたので
職員さんにきっぷをチェックしてもらいホームに入ります。
構内は駅舎よりも高い場所にあるので
ホームには地下通路を伝って進入出来ますよ。
一戸駅は島式ホーム1面2線構造の駅でした。
ホーム中央には木造の待合室があります。
この待合室、戦前からあるモノかと思いますが
ホームが嵩上げされると床面も嵩上げされ
ベンチの高さも上げられたからか、
側窓がベンチに対して低い位置に感じました。
それとホームの東側に木造の上屋がありましたが
現在は撤去されたみたいですね。
IGRの電車は2両編成が主体です。
木造上屋の辺りは電車が停まらないのでしょう。
趣がある上屋だったので撤去されたことは残念です。
さてさて、毎度のように古い航空写真をチェックしてたら
気になる点がありまして…
下は国土地理院のサイトから転載した昭和23年撮影の航空写真ですが
駅舎の位置が現在と違っているっぽいのです。
だとすると、
先代駅舎は駅前広場の北側にあったことになるのですが…
旧駅舎の位置の検証と現在の様子は長くなりましたので
次回のブログに続きます。
続きもチェックくださいませ。
一戸駅(平成28年8月12日) ・令和8年夏編(令和8年7月25日)
↓(目時駅方面)
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