皆さま、こんにちは!
昨日のことですが、
無事に九州旅から帰ってきました。
それにしても旅中の気温の高さときたら…
殺人的な暑さのために
食欲も沸かず、旅中はファミマのピカチュウフラッペばかり
食べてた気がします。
自分は明日から現場仕事が続くので、
今晩は焼肉でスタミナをつけて乗り切ります!
今日は旅中に訪れた長崎本線から
東諌早(ひがしいさはや)駅の訪問記です。
長崎本線が開通した昭和9年に開業した駅でした。
小高な築堤の上にホームがある東諌早駅。
この様相を見て「本当に戦前に開業した駅なの?」と
疑問を持たれた方は大正解です。
今ある駅は平成2年に設けられたモノで、
交換設備を設置するために
300メートル地点に移設されたんですって。
そんな話を聞かされると
旧駅があった場所の現在の様子が気になりますが、
その件はのちほど触れることにしまして…
ホームには階段を伝って進入出来ます。
さほど距離は離れてませんが反対側にも階段あり。
JR九州の乗客に対するやさしさってヤツか⁉
駅名標に「旅すればすてき…長崎路」の
キャッチフレーズが掲げられてました。
東諌早駅に地元民以外の利用者がいるとは思えませんが、
どんな時でもアピールを忘れないJR九州の心意気…しゅき。
街を見下ろす感が好きな人、自分だけじゃありませんよね?
先述した通り、東諌早駅は列車の行き違いが可能な
相対式ホーム2面2線構造でした。
2本のホームは構内踏切で結ばれてましたが、
築堤上に構内踏切がある駅って
意外に珍しいのではないでしょうか?
築堤の下にトンネルを潜らせ、
2本のホームにそれぞれの専用出入口を設ける構造が
一般的だと思います。
トンネルは自由通路を兼ねることも出来ますからね。
場所柄、構内に心地よい風が吹きつけていて
しばらくぼんやりと過ごしてました。
近くの幼稚園から賑やかな子供たちの声が聞こえてましたよ。
飛行機形の遊具が気になり眺めてましたが、
よく見ると滑り台だったみたい。
座席っぽいモノも見えますけど、あれって何でしょう?
東諌早駅とはまったく関係がない話ですけど。
さてさて、先に書きました
昭和9年~平成2年まで存在していた
初代・東諌早駅の件です。
下は国土地理院のサイトに掲載されてた、
昭和50年撮影の航空写真に写る東諌早駅でした。
有人駅時代の木造駅舎もバッチリ写ってますね。
昭和47年に無人化される以前は、
貨物の取り扱いが行われていた時期もあるとか。
単式ホームの裏側に貨物側線が伸びてるのが
見えるでしょうか?
現在の東諌早駅から東側に見える線路のカーブ辺りに
旧駅のホームがあったはず…
となる気になるのが旧駅跡地の現在の様子です。
痕跡が今でも残ってるかもしれませんからね。
…ということで、
かつて駅前だった場所にやってきました。
右に見える道はバイパスじゃない方の国道207号線で
2本の道路が分岐している辺りに
旧東諌早駅の出入口があったはずです。
あらま、かつての駅前広場に酒屋さん(奥の白い建物)と
民家さん(その手前の建物)が建ってるじゃないですか!
2軒の建物の間に覗く空き地がかつての駅跡でしたが…
こうなっては手も足も出せませんわね。
そこで跡地の線路越しである反対側に来てみました。
どうでしょう?
草木が生い茂る盛土がかつてのホームに見えるのですけど。
…というのは、あくまでも駅跡が大好きな自分が語った
期待をこれでもかっていうほど盛った話です。
画像でもわかる通り、
特急列車の高速化に伴う軌道の強化が施されてるのと、
平成28年に東諌早駅~旧駅間に架かる
中山西川橋梁が造り替えられているので、
線路の位置自体が変えられた可能性もアリ。
真実を知るには雑草が枯れる時期を
待たなければならなさそうです。
次に来れるのは西九州新幹線の開通後かな?
その前に8月に宮崎県内を旅する予定でしたが、
今から暑さが気になってましたよ。
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