皆さま、こんにちは!
今日も全国的に強い雨が降り続いてますね。
地元の東北は晴れ間が見え
高校野球の地区予選は予定通りに催されるみたいですが、
時折雷雨に見舞われるそうですので
東北を旅中の方はお気を付けくださいませ。
駅の歴史に興味津々な自分。
中でも移転歴がある駅は気になって仕方がありませんでした。
こんな木造駅舎がある駅にも
実は移転歴があったとはねぇ…
開業当時の駅は300メートル北側の位置にあったそうです。
愛媛県大洲市内にあるこちらの駅でした。
予讃線・伊予白滝(いよしらたき)駅です!
国鉄時代に建てられた駅舎が現役の駅でしたよ。
自分はJRの駅(第三セクター化された駅も含めて)を訪れた時に、
必ず、駅舎の竣工年が記されてる建物財産標をチェックしてました。
これを見ると、駅舎がどのくらい古いモノかが一目瞭然なのですよね。
ところが伊予白滝駅の駅舎にはそれらしいモノは見当たらず…
そこで伊予白滝駅の歴史をネットを調べてると、
・大正7年に愛媛鉄道の加屋(かや)停留場として開業
・昭和3年に加屋駅に昇格
・昭和8年に国有化され現在の伊予白滝駅に改称
・昭和10年に改軌(672ミリ→1067ミリ)
であることがわかりました。
昭和3年に駅に昇格してますが、
この時に駅が移転されたみたいですね。
下は国土地理院のサイトから転載した
昭和22年撮影の航空写真です。
北側の肱川付近に停留場らしきモノが写っているのが
見えるでしょうか?
旧駅跡付近をズームアップ。
戦後間もない頃までは、旧駅のホームが残されてたっぽいです。
予讃線の前身である愛媛鉄道が開通する以前の大洲市は、
物流のメインは肱川を利用した水運。
加屋停留場が肱川付近に設けられてたのは
それが理由だったのではないでしょうかね?
その肱川がたびたび氾濫してたこと、
駅の構内に列車を行き違いさせる交換設備を設けることから
駅が移転されたと推測しましたけど、どうでしょう?
こんな経緯から、
駅舎は駅が移転した昭和3年に建てられたのではないかと。
もし駅が移転された理由をご存知の方がいれば
ぜひ教えてください。
駅舎を覗きます。
ラッチ付近に観光列車
「伊予灘ものがたり」の暖簾が掛けられてますが、
列車は停まらないみたい。
付近では住民の皆様による
お見送り(手振り)が行われてるようです。
駅自体は無人駅でしたよ。
待合室に飾られてる写真の数がすごいですね。
駅の近くの白滝公園では
毎年秋に「るり姫まつり」が催されてるらしく。
その日の写真が多く飾られてましたっけ。
ここで言う「るり姫」は
戦国時代に地元の米津城を治めた城主の奥方のこと。
長宗我部氏の攻めに遭い落城すると、
2歳の世継ぎと共に白滝に身投げされたそうです。
「白滝るり姫まつり」はその伝説にちなんだお祭りでした。
肱川の河川名も、大洲城の石垣の人柱になった
「おひじ」からちなんでるって言うし、
付近は悲話伝説だらけですね。
最近は全国各地に様々な動物駅長が誕生してますが、
伊予白滝駅にはここだけと思われる陶器の駅長ががいます。
その名は「夢わらべ駅長」。
地元の陶芸家・善めいさんの作品だそうですよ。
善めいさんの作品は
「伊予灘ものがたり」の車内にも飾られているらしい。
大洲市には「夢わらべロード」もあるらしい。
次回、四国を周るときは見てみよう。
池には沢山のデカい金魚が泳いでましたが、
伊予白滝駅はホントに無人駅なのでしょうかね?
続いてはホームにイン。
伊予白滝駅は列車の行き違いが可能な
相対式ホーム2面2線構造でした。
構内踏切に向かう通路の脇に
使われなくなった貨物ホームがありましたよ。
対面のホームに待合所が2か所ありましたが、
構内踏切を構内南端に移した際に
待合所を踏切近くに増設したからかな?
…以上、駅が移転した理由を中心に探ってみた伊予白滝駅でした。
ところで、白滝公園内にある「白滝」を
「日本一、駅から近い滝」と紹介してますけど、
もっと近くに滝がある駅が他にありませんでしたっけ?
豊後竹田駅の裏にある「落門の滝」を見た自分は
余計なことばかり言いたくなります。
豊肥本線・豊後竹田駅のホームから見える落門の滝
伊予白滝駅(平成28年10月12日)
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