少女神ヤタガラスの娘 -2ページ目

箕島神社と表記し、ミシマ神社

箕島(ミシマ)神社

祭神 大山ツミ 

※かつては「元御島大明神」

神紋 「三つ鱗」

地名 滋賀県「安曇川」

読者さんに頂いた現地情報から

画像お借りしました。

😃ありがとうございます✨

 

大山ツミを祀り

「ミシマ」神社と呼んでいるのに

社標には「箕島」と表記したのは?

 

明らかに何か忖度があったのかと思われる。

 

目に見える社会的な公示としては

神名変えに従い表記したものの

 

現代でもそれを「ミシマ」神社と

呼び続けているということは?

 

ここに強いられた事に従えない

三島神を慕い祀る部曲(かきべ=氏族の専門職掌集団)たちが

いたからだったのでは? と思われる。

 

地名が「安曇川」というので、

強いたのは対馬で三島姫神の子イソラを征服し、

三本足で囲んだウロコ石に封じ

今も使役しているアズミだろうと思ったら、

 

読みは「あどがわ」というのだそうで、

 

大和政権傘下となったアズミが

土地に氏族の名を刻印したが、

 

この土地から縁が遠くなり、

住民には疎まれて呼び方を変えられた

 

のかも知れない。

ミシマの呼び方を変えなかったくらいだから、

その本来の御子イソラを征服使役するアズミには

少なからず反感を抱いた住民たちだったに違いない。

 

それでアズミと刻印された地名を嫌がり

「安曇の土地」だけど

「安土(アド)」と全名を口にするのに

 ちょこっとでも抵抗した?

 

大和政権にはもう

表記上逆らえない時代の空気が

出来上がっていたので仕方なく

 

表記は「箕島」「安曇川」と従いはしたが、

しかし口に呼ぶ時にはミシマを慕い、

アズミを忌みアドと呼び変えた。

 

神紋の「三つ鱗」は、

宗像や北条氏の用いる紋。

 

海神の末裔が胸や肩にウロコが残っていた

という神話伝承からそれを象ったともされる紋。

 

三島姫神の庶流となったイソラを鎮魂しつつも

封じ使役するアズミと、

 

一方宗像は、

アマテラスがスサノウの十握剣を噛み砕いて

産んだイチキシマヒメ(狭依姫=狭井神社の

三島姫神タタラヒメらの置き換えであり、ワカヒルメ)

を宗像三神の一柱として祀っている。

 

同じ海神でも、アズミと宗像では

三島姫神に対する態度があからさまに違う。

 

大和側の傘下か、同盟か、

 

立場の強弱も感じられる。

後発渡来であるワダツミ神社のアズミと、

住吉神社の津守氏とでは、

海神の祀り方に違いがあると言われる。

 

アズミは先住の神を従え使役はするが、

その先住の祭祀は引き継ぎ、神名変えも大きくは変えない。

 

一方住吉神社の津守氏は、

先住の神を神名消しして、みな「住吉三神」として祀り変える。

 

アズミも津守氏も

大和の海洋ネットワークを築いた海人と言われている。

 

───。.・* * _ - ─ 、。、・ ` ψ ─────────

 

『高島郡誌』

境内社:結神社・祭神不詳

嘗ては三島神社とも呼ばれていた。

創建詳細不明。

鎭座ノ由來並ニ鎭座後ノ由緒等確証ノ記録ハ

寛文年中村内火災ノタメ焼失ニ付

詳カナラザレドモ、國史所載ノ

古社ニシテ高島郡三十四座ノ内

箕島神社トアリテ

延喜式内神名帳ニ今三尾里村ニアリ

ト記シアリ。

大日本神祇誌、神祇史料ニモ所載アリ。

文徳實録第三仁壽元年正月庚午詔 

天下諸神不論有位無位叙正六上云々トアリ、

當社元「御嶋大明神」ト記シ

(神像天文13年甲辰11月17日ト彫刻)

或ハ「箕島大明神」ト称ス

(社宝御太刀彫刻)

明治初年 「箕島神社」ト改称ス

江戸時代 ✨「元御嶋大明神」

       「箕島大明神」と称していた。

『式内社調査報告』

『滋賀県神社誌』では、大山積命

『平成祭データ』には、事代主命

『神名帳考』三島県主の祖 天神玉命

 

南に鴨川が流れている。

 

イソラのことも、ここに

近くに

◎安閑神社  

祭神:安閑天皇( 継体の長子)

鎮座:滋賀県高島市安曇川町三尾里

旧・安曇川町は、第26代継体天皇の生誕地

“神代文字の石”があるという。

識者によってはこれを【ペトログリフ】であると考える場合も多いとか。

ただ、神代文字が刻まれた石は

元から神社にあったわけではなく、

この周辺にあったものを移動させ置いたもので、以前の出自は不明。

 

神曲 降臨💕✨✨

 

 

 

 

 

 

海道東征 北原白秋

長崎県 伊王島の「すゑい(イエス)」を暗示した歌くらいしか
知らない北原白秋だったが
戦意高揚のための軍事協力に作詞もしてたんだな ...
しかも神武東征をモチーフに

『
青空文庫』から
第一章 高千穗

男聲(獨唱竝に合唱)

神坐ましき、蒼空あをぞらと共に高く、
み身坐ましき、皇祖すめらみおや。
  ※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)はるかなり我が中空なかぞら、
  窮きはみ無し皇すめら産靈むすび、
  いざ仰げ世のことごと、
  天あめなるや崇たかきみ生あれを。

國成なりき、綿津見わたつみの潮しほと稚わかく、
凝こり成なしき、この國土くにつち。
  ※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)はるかなり我が國生くにうみ、
  おぎろなし天あめの瓊鉾ぬぼこ、
  いざ聽けよそのこをろに、
  大八洲おほやしま騰あがるとよみを。

皇統みすまるや、天あま照てらす神の御裔みすゑ、
代々よよ坐ましき、日向ひむかすでに。
  ※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)はるかなり我が高千穗、
  かぎりなし千重ちへの波折なをり、
  いざ祝ほげよ日の直ただ射さす
  海山うみやまのい照る宮居みやゐを。

神坐ましき、千五百秋瑞穗ちいほあきみづほの國、
皇國すめぐにぞ豐葦原。
  ※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)はるかなり我が肇國はつくに
  窮きはみ無し天あまつみ業わざ、
  いざ征たたせ早や東へ、
  光宅みちたらせ王澤みうつくしびを。

第二章 大和思慕

女聲(獨唱竝に合唱)

大和やまとは國のまほろば、
たたなづく青垣山あをがきやま。

東ひむがしや國の中央もなか、
とりよろふ青垣山あをがきやま。

美うるはしと誰たぞ隱こもる、
誰たぞ天降あもるその磐船いはふね。

愛かなしよ鹽土しほつちの老翁をぢ、
きこえさせその大和やまとを。

大和やまとはも聽きき美うるはし、
その雲居くもゐ思もひ遙はるけし。

美うるはしの大和やまとや、
美うるはしの大和やまとや。

第三章 御船出

男聲女聲(獨唱竝に合唱)

その一

日はのぼる、旗雲の豐とよの茜に、
いざ御船みふね出いでませや、うまし美々津みみつを。

海凪ぎぬ、陽炎かぎろひの東ひがしに立つと、
いざ行かせ、照てり美ぐはしその海道うみつぢ。

海凪ぎぬ、朝ぼらけ潮しほもかなひぬ、
艪とも舳へ接つぎ、大御船おほみふね、御船出みふなで今ぞ。
 

その二

あな清明さやけ、神倭磐余彦かむやまといはれひこ、その命みことや、
あな映はゆし、もろもろの皇子みこたちや、その皇兄いろせや。

行いでませや、おほらかに大御軍おほみいくさ、
まだ蒙くらし、遙はるけきは鴻荒あらきに屬あへり。

慶みめぐみを皇祖すめみおやかく積つみましき、
正ただしきを年のむた養やしなひましぬ。

神柄かむがらや、幾萬いくよろづ、年とし經ふりましき、
暉みひかりや、かつ重かさね、代々よよ坐ましましぬ。

和にぎみ靈たま、また和やはせ、ただに安やすらと、
荒あらみ靈たま、まつろはぬいざことむけむ。

大御稜威おほみいつい照てらすと御船出みふなで成りぬ、
日の皇子みこや、御鉾みほことり、かく起たちましぬ。
 

その三

日はのぼる、旗雲の照りの茜あかねを、
いざ御船、出でませや、明あかき日向ひむかを。

海凪ぎぬ、滿潮みちしほのゆたのたゆたに、
いざ行かせ、照り美ぐはしその海道うみつぢ。

海凪ぎぬ、朝ぼらけ潮しほもかなひぬ、
艫とも舳へ接つぎ、大御船おほみふね、御船出みふなで今ぞ。
 

第四章 御船謠

男聲(獨唱竝に合唱)

その一

御船出みふなでぞ、大御船出おほみふなで、
御伴船みともぶね擧こぞりさもらへ、
御伴みともびと擧こぞり仰げや。
搖ゆりとよめ科戸しなどの風と
聲放て、東に向きて。
大御船おほみふね眞棍まかぢ繁しじぬき、
照りわたる御弓みゆみの弭ゆはず、
あな清明さやけ、神にします、
あな眩まばゆ、皇子みこにします。
はろばろや大海原おほうなばら、
涯はてなしや青水沫あをみなわ、
搖ゆりとよめ大き國民くにたみ、
大君おほぎみに、
この神に、
讚たたへ言ごと、
壽詞よごと申せや。
 

その二

荒海の、
荒海の潮の八百道やほぢの、
八潮道やしほぢの、
潮の八百會やほあひに、ハレヤ、
とどろ坐ます速開津姫はやあきつひめに、
朝開あさびらき、朝のみ霧の
遠白とほじろに、
末すゑ鎭しづみ
鎭しづまらせ、
み眼すがすがと笑ゑませとぞ、
きこしめせと申さく
み船謠ふなうた。
 

その三

い

ヤァハレ
海原うなばらや青海原。

ヤァハレ
青雲あをぐもやそのそぎ立たち、
その極きはみ、こをば。

我が海と大君おほきみ宣のらす、
我が空そらと皇孫すめみま領しらす。

ろ

ヤァハレ
潮※(「さんずい+區」、第3水準1-87-4)しほなわのとどまるかぎり、
舟の舳への行き行くきはみ。

ヤァハレ
島かけて、八十嶋やそしまかけて、
大海おほうみに舟滿ちつづけて。

見はるかし大君おほきみ宣のらす、
四方よもつ海皇孫すめみま領しらす。

は

ヤァハレ
國土くにつちや、大國土おほくにつち。

ヤァハレ
國の壁かべそのそぎ立たち、
その極み、こをば。

我が國と大君おほきみ宣のらす、
我が土と皇孫すめみま領しらす。

に

ヤァハレ
青雲あをぐものそぎ立つきはみ、
白雲しらくもの向伏むかふすかぎり。

ヤァハレ
谷蟆たにぐくのさわたるきはみ、
馬の爪とどまるかぎり。

見はるかし、大君おほきみ宣のらす、
四方よもつ國皇孫すめみま領しらす。

ほ

ヤ
狹さの國は廣くと、
ヤ
嶮けはし國平たひらけくや。
ヤ
遠き國は綱つなうち掛け、
もそろよと、
もそろと、
國引くと、引き寄すと。

あなおほら、大君おほきみ宣のらす、
あなをかし目翳まかげしおはす。

善えしや、善えしや、彌榮いやさか。
とどろとどろ、彌榮いやさか。
 

第五章 速吸と菟狹

その一

男聲獨唱

海原うなばらや青海原、
海道うみつぢの導みちびきや、早や槁根津日子さをねつひこ、
速吸はやすひの水門みとになも、その珍彦うづひこ。

童聲或は女聲合唱(童ぶり)
 

龜の甲に搖られて、
潮しほの瀬に搖られて、
かぶりかうぶり海あまの子こ、
棹さをやらな、附ついまゐれ、
波かぶりかぶるに、
み船へと移らせ、
名をのれ早や早や、
み船へまゐ出づるは
臣やつこぞとそれまをす。
國つ神と這はひこごむ。
潮みづく國つ神、
海豚いるかの眼ま見みよな、
遠眼とほめ、鋭眼とめ、慧さかしな、
羽はぶり羽はぶりおもしろ。

 

その二

男聲女聲(交互に唱和竝に合唱)

菟狹うさはよ、さす潮しほの水上みなかみ、
豐國とよくにの行宮かりみや。
ああはれ足一騰宮あしひとつあがりのみやとよ、行宮かりみや。

足一騰宮あしひとつあがりのみやは、行宮かりみやと
青の岩根に一柱ひとはしら坐ます。

足一騰宮あしひとつあがりのみやに參出まゐづると、
大わたの龜や、川のぼり來くる。

足一騰宮あしひとつあがりのみやの大御饗おほみあへ、
誰たが獻たてまつる、はるか雲居に。

足一騰宮あしひとつあがりのみやは菟狹津彦うさつひこ、
朝あしたさもらふ、夕ゆふべさもらふ。

足一騰宮あしひとつあがりのみやは湍たぎの上へや、
足一つ騰あがり、雲の邊べに坐ます。

 ええしや、をしや、
 ええしや、をしや。
 

第六章 海道囘顧

その一

男聲女聲(交互に唱和竝に合唱)

かがなべて、日を夜よるを、海原うなばら渡り、
かがなべて、將はた歳を、宮遷うつらしき。
  ああはれ、その幾歳いくとせ、
  ああはれ、その行き行き。

年ごとに、御伴船みともぶね、いや數かず殖ふえぬ、
つぎつぎに、御從みつきびと、またいや増しぬ。
  ああはれ、また春秋はるあき、
  ああはれ、そが海山うみやま。
 

その二

月の端はや、足一騰宮あしひとつあがりのみや、
一年ひととせや、筑紫つくしの崗田をかだの宮。

多祁理たけりとも、阿岐あきの埃えの宮、
たづたづや、七年ななとせや。あはれ。

吉備きびにして、また八年やとせ、高嶋の宮、
大和はも遠しとよ、高千穗よ遙けしと。
 

その三

かがなべて、日を夜よるを、海原うなばら渡り、
かがなべて、將はた歳としを、宮遷らしき。
  ああはれ、その幾歳いくとせ、
  ああはれ、その行き行き。

滿ち滿つや、み蓄たくはへ、早やかく成りぬ、
天あめの下したことむけむ、秋とき今成りぬ。
  ああはれ、えしや、
  ああはれ、今ぞ秋ときや。
 

第七章 白肩の津上陸

その一

男聲(獨唱竝に合唱)

青雲あをぐもの白肩しらかたの津つ、その津に、
雄をたけびぞ今あがる、御船みふね泊はてぬ。
  いざのぼれ大御軍おほみいくさ、
  いざ奮へ丈夫ますらをの伴とも。

浪速なみはやの邊へに騷ぐ味鳧あぢがもや、その渚すを、
追ひ押しに押しのぼり、み楯たて竝なめぬ。
  いざのぼれ大御軍おほみいくさ、
  いざ奮へ丈夫ますらをの伴とも。
 

その二

日下江くさかえの蓼津たでつ、その津に、
雄たけびぞ今あがる、大御軍おほみいくさ。
  いざのぼれ、大和は近し、
  いざ奮へ丈夫ますらをの伴とも。

浪速なみはやの潮うしほなし遡さかのぼると、
我が行かば何はばむ、長髓彦ながすねひこ。
  いざのぼれ、大和は近し、
  いざ奮へ丈夫ますらをの伴とも。
 

第八章 天業恢弘

男聲女聲(獨唱齊唱竝に合唱)

神坐ましき、蒼雲あをぐもの上うへに高く、
高千穗や※(「木+患」、第3水準1-86-5)觸峯くじふるたけ。
  ※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)はるかなりその肇國はつくに、
  窮きはみなし天あまつみ業わざ、
  いざ仰げ大御言おほみことを、
  畏かしこきや清さやの御鏡みかがみ。

國くにありき、綿津見の潮しほと稚わかく、
光宅みちたらし、四方よもの中央もなか。
  ※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)はるかなりその國生くにうみ、
  かぎりなし天つ日嗣ひつぎ、
  いざ繼がせ言こと依よさすもの、
  勾玉まがたまとにほひ綴つづらせ。

道みちありき、古いにしへもかくぞ響きて、
つらぬくや、この天地あめつち。
  ※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)はるかなりその神性かむさが、
  おぎろなしみ劍つるぎよ太刀たち、
  いざ討たせまつろはぬもの、
  ひたに討うち、しかも和やはせや。

雲蒼し、神かみさぶと彌いやとこしへ、
照り美ぐはし我が山河やまかは。
  ※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)はるかなりその國柄くにがら、
  動ゆるぎなし底つ磐根いはね、
  いざ起たせ天皇すめらみこと、
  神倭磐余彦命かむやまといはれひこのみこと。

神と坐ます大稜威おほみいつ高領たかしらせば、
八紘あめのした一ひとつ宇いへとぞ。
  ※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)はるかなりその肇國はつくに
  涯はても無し天あまつみ業わざ、
  いざ領しらせ大和やまとここに、
  雄たけびぞ、彌榮いやさかを我等。

伊王島のイエスと北原白秋

われは思ふ、末世の邪宗
切支丹でうすの魔法(まはふ)
黒船の加比丹を、
紅毛の不思可議国を、
色赤き びいどろを、
匂ひ鋭(と)き あんじやべいいる、
南蛮の桟留縞を、
はた、阿刺吉(あらき)、
珍酡(ちんた)の酒を。 

『邪宗門秘曲』北原白秋

1935年、伊王島を訪れた北原白秋が

詠んだ歌の歌碑が、今も遺されている。

いにしへの 流され人も 
かくありて すゑいきどほり
海を睨(にら)みき

これは平安時代、

平家打倒を企てたものの密告され、

鬼界ヶ島へ流罪となった俊寛僧都の

無念を想い白秋が詠ったものだ。

 

鬼界ヶ島とは、今で言う

鹿児島県 三島村の硫黄島、

同県 喜界島。

そして長崎県の伊王島説がある。

上の句へ白秋は「すゑい」と

「邪宗=キリスト教」の「いゑす=イエス」を

逆さまに詠み組み込んでいる。

初めての詩集タイトルを『邪宗門』と名付けたほど

白秋は切支丹文化への好奇心を強く抱いていた。

 

禁教とされた約250年の政策が解禁されたのは1873年

それから60数年経った当時でも

未だ伊王島には「隠れ切支丹」と後ろ指を指され、

陰に身を潜めた島民たちが居た。

白秋自身は熊本生まれで、

日魯戦争、第1次世界大戦の戦時を通し福岡で育ち、

伊王島を訪れたその4年後には、

皇室だけが主張し史実的根拠は何も無い

「皇紀2600年」などという疑わしい年度の祝賀を

皇室へ諂(へつら)い阿(おもね)り、

神武を美化した『海道東征』などと歌う全8章にも及ぶ

長々とした軍歌まで作詞し、

 

また真珠湾攻撃を賛美した

これまた『布哇(ハワイ)大海戦』などと題した

戦意高揚の心理操作に手を貸す

軍事協力の作詞まで多くを手掛けている。

いけ好かない体制御用詩人だ。

しかし神話をモチーフとして作詞するため、

白秋も少しは研究したのだろう。

 

作詞のイメージを練り

言葉選びの収拾を古伝に求め

東征の起源を考察するうち、

海道の本質たる神格を見極め伊王島に気がついた。

 

それで日本神話と

白秋の好きな邪宗の交わる

「祝う=伊王(いはふ)島」の噂を確かめに、

この伊王島へ訪れた。

家の祖母も父も亡くなり、
申請手続きのため訪れた長崎市役所で

実家の戸籍を遡れるだけ遡って調べた時、

 

曽祖父より以前は徳川幕府が崩壊した徳川慶喜の4代前の治世、

少なくとも寛政(1789〜1801年 徳川幕府11代将軍家斉。

光格天皇)の時代、凡そ200年ほど前にはもう、

三島家は伊王島へ隠れ潜んでいた事実がわかった。

 

この時、三島の祖母へ沙沙貴タケルとして

ムコ養子に入った祖父にあたる人物が〝生死不肖〟で

どこの戸籍の記録にも属さず、煙のように消えていたことも知った。

現代の市役所窓口から、

徳川幕府の時代の戸籍まで

系譜を辿れる優れた仕組みを

 

破壊しようとする帰化人スパイの国会議員が潜入工作を企て、

浅ましくも堂々と日本国民の税金から禄を食んでいる現状は

嘆かわしく腹立たしい。

輩どもは自身らが紛れ込んだ偽りの素性を隠したいがために、

日本の優れた戸籍制度を破壊し有耶無耶にしようとしている。

明らかな侵略工作だ。絶対に許してはならない。

【邪宗門秘曲:注釈】
*邪宗(じゃしゅう)=キリスト教のこと
*でうす=ラテン語で神の意
*加比丹(カピタン)=江戸時代オランダ東インド会社が日本に置いた商館の最高責任者「商館長」のこと
*不思可議国=今で言う不可思議。北原白秋独特の言い回し
*びいどろ=長崎のガラス工芸品
*あんじやべいいる=阿蘭陀石竹(カーネーション)のこと
*桟留縞(さんとめじま)=江戸時代、インドから渡来した木綿の縞織物
*阿刺吉(あらき)=中近東の蒸留酒
*珍酡(ちんた)=葡萄牙(ポルトガル)から輸入された赤ワイン

ダ・ヴィンチコード以上の衝撃‼️
長崎に亡命した? 秘められた聖母マリアの真実
『神話の子 4 / ヤタガラスの血脈 魂喰の姫 マリア・マリア・マリア 《上》』

解禁!! 神曲 2nd Single サグメ・ザ・リベリオン 全編公開

神話の秘密を楽曲に

神曲o2-B:Remix サグメ・ザ・リベリオン

 

 

神曲o2-A:サグメ・ザ・リベリオン

 

 

 

神曲o1-A:Say! yah! セヤダタラヒメ Remix

 

神曲o1-B:Remix Say! yah! セヤダタラヒメ Remix

忍者の使う「直刀」ならではの抜刀術とは?

忍者が使う「忍者刀」は

武士の日本刀とは異なり

「反りがなく直線的(直刀)」で

「刃渡りが短い(小太刀サイズ)」

 

この直刀ならではの特性や、

情報を持ち帰るため

名誉よりも「生還・逃走」を

最優先する忍者の思想から、

その抜刀術には極めて合理的

かつ独自の技法が存在する。

 

1. 「逆手抜刀(さかてばっとう)」

直刀・短刀だからこそできる

忍者の抜刀術として最も象徴的なのが、

白土三平先生の『カムイ』などに見られる

柄を逆手(小指側が鍔に来る持ち方)で

握って引き抜く逆手抜刀。

 

『カムイ』では、逆手持ちでの抜刀術にヒントを得て

「変異抜刀”かすみ切り”」という抜刀術を完成させている

 

 

なぜ直刀なのか?

通常の日本刀は湾曲しているため、

逆手で抜こうとすると、刃の反りが

鞘に引っかかり抜けない。

 

しかし真っ直ぐな直刀であれば

引っかかることなく、どの角度からでも

摩擦を最小限に抑え瞬時に引き抜ける。

 

【メリット】

敵とすれ違いざまに不意を突いて

下から斬り上げたり、

狭い屋内や密林などの空間でも、

自分の体に刃をぶつけることなく

最小限のモーションで抜刀・攻撃に移行できる。

 

2. 「正中線抜刀(縦抜き)」

狭所を生き抜く。

武士の居合(抜刀術)は、一般的に

刀を横や斜め斜線に引き抜くことが多いが、

 

忍者は、真上に向かって垂直に抜く

「縦抜き」を多用したとされる。

 

反りがある刀を真上に抜くと、

刃先がブレやすい。

 

しかし軌道が直線的な忍者刀なら

銃をホルスターから引き抜くように、

真っ直ぐ最短距離で抜刀可能。

 

【メリット】

天井が低い場所や、

左右が壁に囲まれた狭い床下、

藪の中などでも、周囲の障害物に

刀をぶつけることなく抜刀できる。

 

抜いた勢いのまま、

正中線(体の中心線)に沿ってまっすぐ突き刺す、

あるいは脳天から叩き落とす動きへと繋げられる。

 

3. 「斬る」のでなく「刺す・突く」

日本刀の「反り」は、

引くことで物を滑らかに「斬る(切断する)」ための構造。

 

反りのない直刀は、構造上

「斬る」能力は打刀に劣るが、

「刺す(突く)」能力には非常に優れている。

 

抜刀即刺(ばっとうそくし)

 

鞘から抜く動作そのものを

「相手へ突き刺す」エネルギーに変換する。

 

間合いが詰まった至近距離の泥仕合において、

刀を引き抜きながら相手のみぞおちや喉元へ直線的に刃先を突き出す技法。

 

4. 「背負い流し」

背負った状態からの抜刀。

忍者は壁を登る、這うなどの隠密行動の

邪魔にならないよう、刀を背中に背負うことがあった。

 

長い日本刀を背中から抜こうとすると、

人間の腕の長さが足りず、完全に刀身を鞘から抜くことは困難。

 

しかし、「刃渡りが短く(約40〜50cm)」

「真っ直ぐな」直刀であれば、

肩口から上へ向かって一瞬で引き抜くことが可能になる。

 

5. 道具としての鞘(さや)の利用

忍者の抜刀術は、刀を抜いて終わりではなく、

残された「鞘」も同時に武器や道具として活用する。

 

直刀の鞘は刀身と同じく真っ直ぐで頑丈に作られていることが多く、

抜刀した瞬間に左手に持った鞘で敵の攻撃を受け流す(盾にする)、

あるいは鞘の先端で敵の顔面を突く

といった、両手をフルに使った変則的な攻防を行う。

 

忍者の直刀による抜刀術は、

武士のような美しさや一撃必殺の威力を競うものではなく、

 

「暗闇や狭い場所でも絶対に失敗せず、

 一瞬の隙を作ってその場から生きて逃げ延びる」

 

そのための、徹底した実用主義から生まれた。

 

忍者刀の主な特徴

 · 直刀に近い形状(反りが少ない)

 · 日本刀よりも短い(60~70cm程度)

 · 四角い鍔(つば)

 · 鞘(さや)に仕掛けがあることが多い


↑ 原画 手描き     

↓ AIでポーズ変えした画像

1. 天下鳴弦(てんがめいげん)
この世界全体、世の中。弓の弦を引いて音を鳴らし魔除け、祓う。

古来、日本では「鳴弦の儀」という儀式があり、

弓の音によって邪気や悪霊を祓う(魔除け)効果があるとされていた。

雲上帰命頂礼
雲の上。転じて、天上界、神仏の住む世界

帰命頂礼
仏教「帰命」は、神仏を深く信じて自分の命を捧げ、従うこと。
「頂礼」は、頭を大地の底(または仏の足)につけて、最高敬意を表す礼拝

雲上天下この世界
邪気を魔除けの弓の音で祓い清め、

雲の上の大いなる存在(神仏)に

心からの祈りと敬意を捧げ奉る、

強力な退魔・祈祷の呪文の意

 

君が代の旋律は、雅楽の壱越調

奥 好義 作曲『君が代』

なぜ、意気消沈するメロディなのか?

 

「君が代」を聴いたとき

「意気消沈する」

「暗い」と感じる理由は、

 

実質的な作曲者である奥好義が、

 

西洋の「長調(明るい)」でも

「短調(暗い)」でもない、

 

日本古来の雅楽の音階

(律旋法・壱越調)を用いて

メロディを作ったため

 

西洋の国歌に多い

「明るく堂々としたマーチ(長調)」に

慣れている現代人の耳には、

 

この独特な和の響きが

「沈んでいる」ように聴こえる。

 

なぜこのメロディなのか?

 

理由は主に3つ

 

1. 雅楽の音階「律旋(りつせん)」で作られている

 

奥好義は宮内省の雅楽の専門家(伶人)で、

彼は「君が代」のメロディを、雅楽の

「#壱越調(いちこつちょう)」という音階

(レ・ミ・ソ・ラ・ド・レ)をベースに作曲した。

 

この音階は西洋音楽のドミソ(長和音)のような

「分かりやすい明るさ」を持たず、

お寺の鐘の響きや、

古来の儀式のような

「厳かで静寂な響き」を持つ。

 

これが現代において

「暗さ」や「物悲しさ」として

受け取られる最大の原因。

 

2. 西洋の「ドレミ」に無理やり当てはめた違和感

 

奥好義が作った日本固有のメロディに対し、

後からドイツ人の音楽家フランツ・エッケルトが

西洋風の伴奏(和声)を付けた。

 

これが悪影響?

 

本来、雅楽の旋律は

西洋のコード進行(和音)と相性が良くない。

 

そのため、エッケルトは

「千代に八千代に」の部分など

無理やり西洋風の和音に落とし込んだ。

 

それに、曲の最初と最後は和音をつけず

「メロディ単体」で演奏させるという改悪を施した。

 

この「和のメロディ」と

「洋の伴奏」のミスマッチが、

独特の浮遊感や、

どっちつかずの

未完成な不和を生み出し

現在に至っている。

 

と、AIの回答で輪郭を見てみたが...

裏づけは未だとっていない

 

以下もAI

 

「戦意高揚」ではなく

「永続の祈り」を歌っている

 

多くの外国の国歌は、

革命や戦争(例:フランスのラ・マルセイエーズやアメリカの星条旗)の

歴史から生まれたため、気分を高揚させる行進曲(マーチ)が主流。

 

しかし「君が代」の歌詞は

平安時代の和歌がルーツで、内容は

 

「小さな石が大きな岩になり、

 それに苔が生えるまで、

 この平穏な世がずっと続いてほしい」

 

という、非常に静的で内省的な

「祈り」の歌。

 

奥好義は、

この歌詞にふさわしい

「何千年も続くような重みと静けさ」を

表現しようとしたため、

あえてイケイケで元気なメロディにはしなかった。
 

出雲侵略:ワカヒコの逆心と粛清

『イワフネのこと』を掘り下げる
【無断転載 内容パクり禁止】💢
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久方乃 天之探女之 石船乃
泊師高津者 淺尓家留香裳
角麻呂


詠人の「角麻呂」という

謎の人物が残したこの歌

アマノサグメは、

ワカヒコの共を強要された国津神で

この時点でのイワフネの持ち主

国譲りの名目で

豊葦原五百秋瑞穂国

(とよあしはらいおあきのみずほのくに)へ
侵略に来た自称天孫
自称 皇孫のくせに
皇祖設定のアマテラスの神鏡にタタラれる

として2000年も八咫鏡に触れるどころか、

近づくことも見ることすら忌んでいる矛盾した子孫

その先方が大国主の国を奪いに来た

アマノホヒ 3年
アマノワカヒコ 8年


なんの年数かというと
侵略に降りたってから

だらだら何も進展しなかった年月

合わせて 11年

催促の使者 雉(鳴女)が送られて来たのを

「奇(く)しき鳥が門にいる」
と告げたアマノサグメ
(阿麻能左愚謎、天之探女)

その言葉を不吉と感じ、

ワカヒコは味方であるはずの

高天原の雉を射殺してしまう

そこから還矢(かえしや)の神話が語られる

血の付いた矢が鳴女を貫き、高天原まで届く

血の付いた矢を見た タカミムスビ(高木神)が、

この血が悪神のものなら、

ワカヒコは正しく使命をまっとうしているから

還矢を放っても当たるまい
 

しかし、

この血が使者(鳴女)を傷つけた

邪な心を持った証なら「まかれ(=死ね)」

と言って還矢を

タカミムスビがワカヒコへ放つ

かくして

朝、胸にその矢を突き立てたワカヒコの

遺体が発見される

サグメは

ウソをついたイメージを着せられ

後に天邪鬼の原像となるのだが

これは

天孫側の「美化」したお話

ワカヒコが還矢で

さも自主粛清されたように記されてあるが


実は、8年も懐柔され
下照姫を后とするムコ入りまでして

実は
大国主やサグメたちの防衛によって

侵略にしくじり葬られたのだとしたら?

天孫を気取る高天原は

面目丸潰れでそんな記録残せないよね

すました顔で
いや、見抜いておった
ゆえに自主的に粛清した

と、カッコつけたい気持ちもよくわかる

瑞穂国では、

侵略者を懐柔し

8年も何も侵攻させずに葬ったサグメに大喝采✨

サグメの人気が高まれば高まるほど、

同時にヤマト天孫の面目は地に落ちる

それで、瑞穂国の女傑サグメの評価、人気を

示す記録を全消去。

 

変わりに嘘つき、あべこべの裏切者など

貶めるイメージを大キャンペーンで流布し、広報戦略を広める

結果、このワカヒコの場面でのみしか

サグメの名は見られなくなり、

後は貶められた天邪鬼の噂にすり替えられる

しかし
高天原から瑞穂国へ降臨(大袈裟にカッコつけてら)するには

「船」が必要で

三度目の正直

あの雷神⚡タケミカヅチも

 

「トリフネ」でやって来る

ここ 『少女神 ヤタガラスの娘』読者様ならご存知

トリフネ=イワフネ ですよ

サグメや同じ系統の海神の船を頼るしかなかった?

つまり記録は消しても

実効力はまだ海神に頼らざるを得ない

それで三度目の国譲り名義の

侵略を行うが

読者様ならご承知

⚡タケミカヅチとは?
神皇正統記などにあると

書籍でも、YouTubeでも以前紹介した通り


その実態
鹿嶋明神タケミカヅチとは?
春日明神とは?

実は、深海神 イソラでしたね?

三島神の水先案内人です

これをイワフネに乗せ瑞穂国へやって来た

大国主に面会すると
大国主は「タケミナカタ」と

「コトシロヌシ」が決めると答える

コトシロヌシは何をしたか?

逆手を打って船を沈める

この時、ワカヒコを葬ったサグメと

イワフネ(トリフネ)も記録が消える

つまり、コトシロヌシが

ムコ入りしたセヤダタラヒメと娘イスズヒメを

 

サグメに託しイワフネで逃がす

タケミカヅチ=イソラ深海神も

表向きは高天原の侵略者先鋒(三度目)⚡だが、

裏では三島湟咋耳神の水先案内神だから

共謀し侵略者から逃がした

だからコトシロヌシとセヤダタラヒメの神子 

五十鈴ちゃんが生き残り、

また、ヤマトの初代皇后として担がれている

この国譲りの侵略者から逃がすのに

サグメとイワフネが活躍し、消えた

🈲㊙️ イワフネとはさ
深海船さ
岩=沈むし
鳥=浮かぶ


それでコトシロヌシが

逆手で船をひっくり返して沈め、

サグメがイワフネと共に記録から消える

言ってしまえば
古代の巨大オーパーツ
ロストテクノロジー 潜水艦です

冒頭の歌
その詠人 角麻呂(ツノマロ)

角(ツノ、串、杭)=建角身(タケツノミ)

=八咫烏

=セヤダタラヒメの御祖 三島湟咋耳神

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神曲降臨! Say! Yah! セヤダタラヒメ


全編公開💕最強⚡️電弦⚡️魔祓い:神曲✨ 魔神Ver.
Say! Yah! セヤダタラヒメ〜少女神 ヤタガラスの娘 〜
https://www.youtube.com/watch?v=wBT7Esmq9LQ

『神話の子』
長姉 月夜美が爆走💕
Spotify,Apple Music 等から音源DLできます

#神曲 #神話の子 #少女神ヤタガラスの娘 #バイク #爆走 #魔祓い #セヤダタラヒメ #タタラ #製鉄 #護身

 

全編公開💕最強⚡️電弦⚡️魔祓い:神曲✨ 不死鳥 Remix Ver.

Say! Yah! セヤダタラヒメ〜少女神 ヤタガラスの娘 〜

https://www.youtube.com/watch?v=f9dwt__3G38

『神話の子』

長姉 月夜美が電弦をかき鳴らし歌う神曲

 

 

因幡の白兎

『因幡の白兎』は、意外と

医療の理に適っているという。

ワニ(サメ)に剥かれた白兎が

「蒲の穂」で治癒する話だが、

蒲の穂の花粉は「蒲黄」と呼ばれる生薬だし

「蒲綿」は包帯の役に適う。

 

さらに、白兎を助けた大国主が

全身大火傷に見舞われる神話では、 

𧏛貝比賣(きさがいひめ)

蛤貝比賣(うむがいひめ)という

二人の女神が現れ、

「赤貝の削り粉」と

「人乳(ないし蛤の汁)」で治療する。

 

貝殻粉の「カルシウム」は

止血における血液凝固に重要で、

強い止血作用から重用されるようになった

昆布由来のアルギン酸ナトリウム・カルシウム塩の

創傷被覆材に通じるのだそうな。

 

そして、因幡の白兎🐰という比喩は、

 

🐰ウサギ=耳

🐰穴を掘る=鉱脈掘削

 

製鉄氏族であった三島湟咋耳神の娘を、

共に海遊渡来したナムジ=大国主が

海神同士として出雲で助けた話

(ナムジも兄=先住者たちから迫害されていた)

 

それで、出雲では大国主の子とされるコトシロヌシと

三島湟咋耳神の娘セヤダタラヒメに縁ができ、

コトシロヌシが三島湟咋耳神の娘へ婿入りする

 

白兎が踏みつけたワニとは?

和邇氏 出雲の海人と決裂があったと考えられる

 

三島湟咋耳神

ナムジ(大国主)

セヤダタラヒメ

トミノスクナヒコ(事代主)

タタラ五十鈴姫

トミノナガスネヒコ

ニギハヤヒ

イソラ

息長足姫...

 

このグループ辺りで

海人連合が連帯していたのではなかったか

それで、やがて大和侵略の手が迫ると

「三島湟咋耳神が神津島に神々を集めた」

「三島神に尾いて大国主も事代主も

 三宅(御焼,宮家)島に逃げ延びて来た」

と伝承が語り継がれているように、

出雲を出(い)でて、

神無月とされるように

出雲にはもう「居ず(不在)」となり、

逃げ延びた地もここには「伊豆(居ず)」と隠れ潜んだ

 

なでてー🐱 と

背中を向け

ちょっとずつ

匍匐前進し🐾

ドアへ誘導して🐾

遊び部屋へ🐾

連れて行こうとする

式神🐱💕

 

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瀬織津姫さま祀る月の神社

瀬織津姫さまを祀る
月(地名)のツキ(槻)神社を尋ねた時、

気になっていたことを宮司さんより

直接お教え頂きました(^∇^)


👂️Q. 

タケミナカタを宝大明神と呼称

されているのは、タケミナカタの

父コトシロヌシの姓「富氏=宝筋」

という系譜からでしょうか?

⛩️A(お答え).
まずタケミナカタ様は

本殿に祀られております。
本殿の神殿には扉が3つございまして

中央が瀬織津姫命、
向かって右側が建御名方命
左側が伊邪那岐命

が鎮座されております。

宝大明神に関しては

大変不明な点が多く、

明確なご回答が出来ない状況です。
祭祀においては

稲荷明神の祭式となっております。

そのため稲荷宝大明神ということで

解釈をしておりますが、

古い文献を読みますと

宝大明神ではなく宝神社と

綴られておりまして、先人の方の

一部の方は、宝大明神の社を

建御名方命と呼ばれる方もいました。

また県の無形文化遺産に

登録されている「鹿討ち神事」は

古くより宝大明神のお社の前で

行われております。

この鹿討ち神事は諏訪信仰の流れと

解釈しております。

敷地内において

わざわざ宝大明神の前で催すということは、

やはり建御名方命ではないかとも考えられます。

 

しかしなぜ祭式では

稲荷の祝詞を献上?

するのかが謎なのであります。

このように宝大明神に関しては

合致する情報が少なく、現在も追求しております。


ヤタガラスの娘さんのような研究者様の御声や

情報をいただけることは

私たちにとっても貴重であり嬉しく思います。

👂️Q. 

みな南向きの拝殿なのに、

なぜツキ神社では大山祇の祠だけ

「東」向きなのでしょう?

⛩️A(お答え).
東側の大山祇神社に関してですが、

こちらは槻神社の管理ではないのです。

神社近くは「月地区寺甫」という集落になります。

その寺甫の方たちの管理の下で

「山の神」としてお祭りされております。
槻神社の敷地から外れたすぐの地で、

神社に遠慮をしながらお祭りするために

向きを東側にされたのではないかと考えます。

👂️Q. 

大山祇に瀬織津姫が祀られていることから、

月は鉱脈の地でしたでしょうか?

⛩️A(お答え).
鉱脈に関しては槻神社が鎮座する御殿山では

調査をしておりませんのでわかりませんが、

すぐ北側では三信鉱工株式会社が、

日本では珍しい絹雲母(セリサイト)の

産出をされており、

希少な化粧品原料鉱石として世界に供給しております。

ご参考にしていただけたら幸いです。

快く詳細お教え下さいました。

誠にありがたい✨深く感謝申し上げます😃💕

愛知県 北設楽郡 東栄町 月 寺甫7

『ヒミコ殺し ❗少女神 ヤタガラスの娘と日蝕の暗殺』


「ヒミコを○○した?!」まさかの歴史的自供を

大阪の古社でその末裔が掲げていた❗ 

皇室の建国神話を揺るがす大問題作❗

ますます禁忌(タブー)へ踏み込み

明かされた㊙️秘神の真名、

ヤタガラスの娘ノンフィクション第三弾‼️


神社の🈲禁忌(タブー)を明かす

聖地巡礼ウラの旅路
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