伊王島のイエスと北原白秋 | 少女神ヤタガラスの娘

伊王島のイエスと北原白秋

われは思ふ、末世の邪宗
切支丹でうすの魔法(まはふ)
黒船の加比丹を、
紅毛の不思可議国を、
色赤き びいどろを、
匂ひ鋭(と)き あんじやべいいる、
南蛮の桟留縞を、
はた、阿刺吉(あらき)、
珍酡(ちんた)の酒を。 

『邪宗門秘曲』北原白秋

1935年、伊王島を訪れた北原白秋が

詠んだ歌の歌碑が、今も遺されている。

いにしへの 流され人も 
かくありて すゑいきどほり
海を睨(にら)みき

これは平安時代、

平家打倒を企てたものの密告され、

鬼界ヶ島へ流罪となった俊寛僧都の

無念を想い白秋が詠ったものだ。

 

鬼界ヶ島とは、今で言う

鹿児島県 三島村の硫黄島、

同県 喜界島。

そして長崎県の伊王島説がある。

上の句へ白秋は「すゑい」と

「邪宗=キリスト教」の「いゑす=イエス」を

逆さまに詠み組み込んでいる。

初めての詩集タイトルを『邪宗門』と名付けたほど

白秋は切支丹文化への好奇心を強く抱いていた。

 

禁教とされた約250年の政策が解禁されたのは1873年

それから60数年経った当時でも

未だ伊王島には「隠れ切支丹」と後ろ指を指され、

陰に身を潜めた島民たちが居た。

白秋自身は熊本生まれで、

日魯戦争、第1次世界大戦の戦時を通し福岡で育ち、

伊王島を訪れたその4年後には、

皇室だけが主張し史実的根拠は何も無い

「皇紀2600年」などという疑わしい年度の祝賀を

皇室へ諂(へつら)い阿(おもね)り、

神武を美化した『海道東征』などと歌う全8章にも及ぶ

長々とした軍歌まで作詞し、

 

また真珠湾攻撃を賛美した

これまた『布哇(ハワイ)大海戦』などと題した

戦意高揚の心理操作に手を貸す

軍事協力の作詞まで多くを手掛けている。

いけ好かない体制御用詩人だ。

しかし神話をモチーフとして作詞するため、

白秋も少しは研究したのだろう。

 

作詞のイメージを練り

言葉選びの収拾を古伝に求め

東征の起源を考察するうち、

海道の本質たる神格を見極め伊王島に気がついた。

 

それで日本神話と

白秋の好きな邪宗の交わる

「祝う=伊王(いはふ)島」の噂を確かめに、

この伊王島へ訪れた。

家の祖母も父も亡くなり、
申請手続きのため訪れた長崎市役所で

実家の戸籍を遡れるだけ遡って調べた時、

 

曽祖父より以前は徳川幕府が崩壊した徳川慶喜の4代前の治世、

少なくとも寛政(1789〜1801年 徳川幕府11代将軍家斉。

光格天皇)の時代、凡そ200年ほど前にはもう、

三島家は伊王島へ隠れ潜んでいた事実がわかった。

 

この時、三島の祖母へ沙沙貴タケルとして

ムコ養子に入った祖父にあたる人物が〝生死不肖〟で

どこの戸籍の記録にも属さず、煙のように消えていたことも知った。

現代の市役所窓口から、

徳川幕府の時代の戸籍まで

系譜を辿れる優れた仕組みを

 

破壊しようとする帰化人スパイの国会議員が潜入工作を企て、

浅ましくも堂々と日本国民の税金から禄を食んでいる現状は

嘆かわしく腹立たしい。

輩どもは自身らが紛れ込んだ偽りの素性を隠したいがために、

日本の優れた戸籍制度を破壊し有耶無耶にしようとしている。

明らかな侵略工作だ。絶対に許してはならない。

【邪宗門秘曲:注釈】
*邪宗(じゃしゅう)=キリスト教のこと
*でうす=ラテン語で神の意
*加比丹(カピタン)=江戸時代オランダ東インド会社が日本に置いた商館の最高責任者「商館長」のこと
*不思可議国=今で言う不可思議。北原白秋独特の言い回し
*びいどろ=長崎のガラス工芸品
*あんじやべいいる=阿蘭陀石竹(カーネーション)のこと
*桟留縞(さんとめじま)=江戸時代、インドから渡来した木綿の縞織物
*阿刺吉(あらき)=中近東の蒸留酒
*珍酡(ちんた)=葡萄牙(ポルトガル)から輸入された赤ワイン

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