お散歩仲間の毒舌夫人と

愛犬アーシー(黄色大犬)と

山道など歩いていると

行き交う人と立ち話を

することが多くなります。

 

・・・私一人と犬だけだと

元気な挨拶をするだけで

終わりがちなのですが、

毒舌夫人が

社交的でいらっしゃるのと、

あとあの方、今、隙あらば

足を止めて休憩をとりたがるので。

 

それでそういう時に

よく聞かれるのが

「えーと、それでお二人

(私と毒舌夫人)は

どういうご関係で?」

 

この質問に対する答えは

毒舌夫人の中でもう

台本が出来ているも同然で

「私ね、生まれてからこっち

ずっと犬と暮らしていて、

でも最後の犬が去年の夏・・・

いえ、春にね、

死んでしまったんですよ。

気位の高い犬でね、

生涯の唯一の友達がこの

アーシーだったんです。

アーシーとは

本当に仲が良くて・・・

一緒にここら辺もよく歩いて・・・

犬が死んだ後もこうして

アーシーとの散歩に

時々出ているんですよ」

 

そして話はここから

毒舌奥様の飼い犬

(元牧羊犬ちゃん)が

何故そんな

気位の高い犬になったか、

何故アーシーとは

仲良くできたのか、

いえアーシーはこう見えて

元盲導犬候補生なんですよ、

選考からは弾かれたんですけど

でも!それは!健康上の理由で!

アーシーは本当にいい犬でねえ、

みたいな感じに

膨らんでいくのですが

・・・ああ、奥様、

牧羊犬ちゃんが

ある日他所の犬に襲われて

大怪我をした話

もうしなくなったな、と。

 

以前は絶対にしていたんです。

 

素行の悪い超大型犬に

愛犬が腸がはみ出るほど

散々に噛まれて、

以来散歩に出るのが

怖くなっちゃって、

でもそこをアーシーと

アーシーの飼い主(私)に

声をかけられて

再び歩き出すようになって、

みたいな説明を、それはもう必ず。

 

牧羊犬ちゃんが生きている時分は。

 

それが今は、なんというか、

そういうことはもう

あえて思い出さなくてもいいこと、

牧羊犬ちゃんの幸せだった、

楽しかったことだけを

思い出そうとする段階に

入られたんだな、と。

 

 

私は先日近所の犬に

自分の鶏を

噛まれたじゃないですか。

 

やっぱり最終的に一番辛いのは

雌鶏が怖い思いをしたことなんです。

 

そのことを考え出すと

割と本気で心臓のあたりが

痛くなるんです。

 

たぶん毒舌夫人は

自分の記憶の中でさえも

牧羊犬ちゃんにそんな思いを

もうさせたくないんですよ。

 

だからアーシーと歩くようになって

ドブを歩く変な癖がうつったとか

自宅にアーシーが遊びに来た時

牧羊犬ちゃんが家中を案内したとか

そういうことを周囲に話して

幸せに生きた犬として

牧羊犬ちゃんのことを

語りたいんだと思うんです。

 

私はこれ、いいことだと思います。

 

だって牧羊犬ちゃんは

間違いなく幸せな、

飼い主に愛された犬でしたから。

 

死してなお愛される牧羊犬ちゃんです。

 

 

うちのアーシーが

盲導犬候補から外れた理由、

以前の奥様は面白がって

「ほら・・・ご覧になって

わかるでしょ、こういう犬だから!

盲導犬にはなれなかったのよ、

ねえ?」と私に話を振って私が

「いえいえそれは

健康上の理由で!」と

説明するのを楽しんでいたのですが

 

・・・ほらもう、わがアーシーは

完全に毒舌夫人の身内だから・・・

 

あの人、身内に対する

贔屓の引き倒しが凄まじいから・・・

 

まあでも本当にアーシーと

牧羊犬ちゃんは仲良しでしたね

 

奥様のお宅の庭で

あの二頭が身体の横を

ぴったりくっつけて

走り回っていた姿は

私のお気に入りの記憶です

 

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