増田最古の江戸時代の蔵座敷が残り現在でも蔵内で生活

場所・ 秋田県横手市増田町増田字中町63

電話・ 0182−45−3150 

竣工・ 主屋 明治4年 内蔵・文庫蔵 江戸時代 明治前期

構造・ 木造一部2階建て 切妻造り妻入り 土蔵造り2階建て 切妻造り妻入り 

見学・ 9〜16時 不定休 300円 *当時

人物・ 現在の天皇様が皇太子時代に見学に来られた

最終訪問・ 2024.10 

*国・重要文化財 

*国・重要伝統的建造物群保存地区内 

増田の町並みの中心部に位置し、増田では2軒だけの国の重文のうち、公開されている貴重な家ですおねがい
佐藤家は、北隣にあった佐藤又十郎家から分家したと伝わり、現在まで代々「又六」を襲名しており、現在の当主で12代を数えますキラキラ

玄関 代々の主人の肖像画や写真 


資料によれば、宝暦2年(1752)には現在地に居住していたと確認できますキラキラ
明治25年(1892)頃には荒物商を営んでいた他、味噌・醤油も販売しており、翌年には
増田一の販売高を有していましたグッ

明治28年(1895)の増田銀行創立にあたっては、9代目又六(1842〜1898)が
取締役に就任おじいちゃん
10代又六(1868〜1915)は真人公園の開園に当たり、桜600本を植栽し、「桜の名所」真人公園の礎を築きました桜

1階 居間 すでにここが内蔵の中


建物の概要

敷地は、横手市増田伝統的建造物群保存地区を南北に貫く旧子安街道にあり、間口8・7m、奥行き111mの東西に長い敷地の南側を下夕堰が西流します波
佐藤家住宅は、この敷地に東面し、土蔵造りの主体部と附属室からなる主屋と外蔵となる文庫蔵で構成されます本

 

1階 居間 



主屋は主体部と附属室で構成します乙女のトキメキ
通りに面する前側の主体部を切妻造り、妻入りの土蔵造りとして鞍で覆い、1階前面には奥行き1間半の下屋を張り出します上矢印

主体部後方には、木造一部2階建ての附属屋を伸ばし、背後に立つ文庫蔵と接続しますびっくり
主屋の主体部は南側の一間を通り土間とし、これが主体部の西奥で屈折し、附属屋部分では中央部を通しており、当地区でも異例の形式をとっていますキラキラ

1階 神棚のある間 箱階段も良い 


間取りは、主体部の1階は正面から店の間、仏間と納戸、オエ、居間を並べるという当地区の典型を示しますラブラブ
通り土間側の仏間上部を吹き抜けとし、仏間北面の中央上方に神棚を祀ります神社

 

2階は、店の間と通り東端部の上部を20畳大の座敷とし、北に床の間を設け、東の土戸両開きの開口からは下屋上部への緑への出入りを可能としていますグッ
附属室は、北側に台所のほか、南側に通り土間と10畳の部屋を配しますキラキラ

 

1階 居間はこのように蔵の中 

 

2階には8畳と10畳の部屋を配しますキラキラ
文庫蔵は出入り口のある両妻面に蔵前を付します本
内部は板敷を基本とし、1階の南西隅に8畳の座敷を設けますウインク

1階 こちらが増田最古の江戸時代の蔵


店の間のほか、居間、オエになどの居室部によって構成される主体部を長大な妻入りの土蔵に収めて覆うという類まれな構成の住宅であり、
明治初期までに建てられた主屋と文庫蔵がともに残るという意味では、横手市増田伝統的建造物群保存地区の中でも最古の例となっていますまじかるクラウン



また、内部の間取り構成においても当地方の形式を保持しつつ、主屋の装飾化など、経済的な発展と当時の住宅改修の傾向を示しており、高い価値が認められていますキラキラ

 

主屋および文庫蔵については平成17年2月9日、国の登録有形文化財に登録されていましたが、平成29年2月23日、国の重要文化財に指定されました拍手

 

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増田の公開内蔵