この時間は、福岡県の駅をぐるりします。
本日の駅は、鹿児島本線の福工大前駅です。
写真は,平成10〜20年代撮影のものが多くあります。現在の状況とは変わっていることがありますので、参考にする際はご注意ください。
また、当ブログをご利用される際は、必ずこちらの記事「免責事項について」をお読みの上、ご覧くださいね。
では,最後までごゆっくり!
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本日やってきたのは福工大前駅です。
こちらの駅、平成に入ってから色々と変化をした駅となっています。
まず歴史をたどってみましょう。
筑前新宮駅は、大正4年信号場として開業しました。
その信号場は、現在の糟屋郡新宮町にあったので新宮信号場という名称だったそうです。
大正9年に、福岡市側に寄った場所に駅舎ができて、筑前新宮駅となりました。
このときからJRになるまでは駅舎は福岡市にあり、構内は福岡市と新宮町にまたがっていました。
まだ「新宮」と名乗っていてもわずかながら何も問題がなかったということになります。
平成15年頃に新駅舎が完成し、その際、構内の改良工事が行われ、2面2線の構内が2面4線に拡張されると、構内部分が全部福岡市内に収まることになります。
この時点で、駅名と所在地が全く合致しない駅となってしまいました。
そして平成20年に駅裏にある福岡工業大学の最寄駅として、現在の「福工大前」という名称になって完全に「新宮」の名残は消えてしまいました。
という沿革なのですが、その上、駅名標は、前後に新駅が誕生して国鉄当時とは全く違ったものになってしまいました。
私が撮影している最初の駅名標はこちら。
すでに香椎駅との間に九産大前駅は平成元年に開業しています。
平成14年の撮影です。
この駅名標のイラスト、前回見たぞって思った方はビンゴ!
このイラストは新宮町のマークで、現在は新宮中央駅の駅名標に使用されています。
平成20年に現在の駅名になったときの駅名標です。
イラストは大学のマークなんでしょうか?もしそうだとしたら駅名変更の費用を負担したくらいじゃあなさそうなので、駅舎の改築にかなり大学がお金を出してくれたのかも?
さらに2年後の平成22年、新宮中央駅が開業したときの駅名標です。
駅舎は商業施設とコミュニティセンター併設の大きな駅舎となっています。
別アングルから。
旧駅舎は小さな木造駅舎だったのでこの変化にはびっくりです。
駅名は、まだ筑前新宮駅だった頃の写真です。
同じようなアングルで駅名改称後。
どっちにしてもビルの最上部が切れちゃってるんですよねえ、なんでちゃんと全体を撮影しなかったんだろう?
駅名の文字数だけは筑前新宮駅当時と変わらないので付け替えの手間はあまりかからなかったかもしれませんね。
駅前です。
マンションだらけの駅前です。
では駅舎に入ります。
改札、左奥にウォークインの出札窓口が見えます。
北口への改札です。
こちらは福工大口への改札です。
ただ、出入口別改札になっているわけではないので、どちらの改札を出ても大丈夫です。
福工大口の駅出口。
この先は大学の敷地となっているので一般の方は通ることができません。
手前に階段があってそこから地表に降りることになります。
地表に降りたところから振り返って階段を撮影したところです。
大学の敷地は、法面の上にある感じです。
一般用の通路は、そのまま公道に出ることができます。
ここからは旧駅舎だった頃の写真です。
駅看板、もちろん筑前新宮駅。
狭い敷地に木造の改築駅舎がありました。
現在の駅舎と比べると何分の1になるのでしょうか?
駅前です。
駅周辺にはマンションもありましたが、基本的に古い民家や商店が並ぶ雑然とした駅前でした。
なんだか平成、いえ昭和って風景(^_^)
当時の構内、バックに新駅舎の工事が進んでいるほかマンションの建設ラッシュが起こっていました。
構内は相対式の2面2線で、中央に通過線がありました。
奥が、博多・八代方面。
こちら小倉・門司港方面。
ホームの奥の方が新宮町にかかっていたということなんでしょうか?
最後に当時のモノクロ駅名標です。
JR九州は幹線でも、平成の頃は、こんなモノクロ駅名標が各駅に残っていて、新駅が開業しても同じタイプに更新されていました。
(平成14年11月、平成20年3月、平成22年3月訪問)
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