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東京・横浜物語

西麻布に生まれ育ち、現在は横浜に居住する筆者が、
色々語って行くブログです。

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「登山と言えば団子🍡」


前回もやけに美味い団子🍡だと思っていたが。


炭火の遠火で焼いていたか。


そりゃ美味い訳だ。


(^ν^)

















「壮絶な登山へ(笑)」


本日は登山へ。


それもかなり壮絶な登山(笑)へ。


当初はNIKEのランニングシューズの試し履きにしようと思っていたら、

先週のランが試走となったが、まさかの熱中症の危険により25kmが2.88kmになった。


その時点で感じたのが、NIKEのランニングシューズはランニングにはいいが、

ウォーキングには良くないと言う当たり前の事実。(苦笑)


そこで今回はOnのトレイルランニングシューズ。


AKUのハイカット登山靴は本日はお休み。


装備は、登山用リュックではなくNew Balanceのスポーツ用。


水筒はSIGGではなく、母から借りたプーさんのペットボトルホルダー肩掛け式。


かなり容量の大きなNew Balanceのリュックは温泉セット入りなのでパンパン。


重い。


果たして登頂出来るのかは未知数。


しかしOnのトレランシューズを履いていると、

富士山の吉田、須走、御殿場は超絶嫌なザレ場が連続するため無理感はあるも、

富士山ならガレ場が連続する富士宮ルートや、

おそらく北アルプスならイケそうな気がするほど、

メチャクチャな高性能。


弾みながらもしっかりホールドする感覚が素晴らしい。


多分本日の極めて厳しい登山も難なくこなせると思う。


(^ν^)




どんどん近付いて来る富士登山開幕。


今日は富士スバルラインが開通して、

吉田ルートの五合目まで行けるようになったと、

ニュースでやっていた。


冬にフルマラソンを2回キメて富士登山に臨むのが最近の流れなのだが。


今年は遅れに遅れて1月末に1回のみ。


せめてGWを目標に先週は20〜25kmの調整ランをしたところ、

まさかの夏日。


暑さに極端に弱いため、

最初のアスファルト部分が照り返しで、

間違いなく30度超えになっていて、

2.88km地点で危険と判断。


ラン中止。


危うく昨年と一昨年と同様に熱中症になるところだった。


今回は早めにリタイアしたが、

それでも帰宅後、具合が悪くなった。


明日は22度の予報。


ちょっと怖い。


いずれにしても以前からの用事があり、

ランニングは出来ない。


日曜日はさらに24度の予報。


余計に出来ないか。



「完全無欠の調和とスピードの中で:BWV 552 変ホ長調」

やっぱり聖アンの前奏曲がいい。

動画だと5分33秒から始まるペダル重低音。

最初は揺るぎない四分音符なのだが、
後半、一気に十六分音符まで加速する。

まさかのペダルで。

一見カオス、しかし完全無欠の調和の世界。

しかも極限のスピードの中でそれは展開する。

上昇して行く和音は理性の象徴であり、
スピードは狂気の象徴である。

全く相容れないものが破綻をせずに最後まで崩れない。

理性の極限と狂気の極限の調和。

これぞバッハの長調と言った感じだ。







「明らかにおかしいマスコミの報道」

 

先程、少しテレビを見ていたら、

NHK、日テレ、テレビ朝日、TBS、フジの、

全てが京都の小学生男子の殺害事件を報道していた。

 

昨日の時点ではNHKが容疑者に対して「養父」と言う言葉を初めて使っていた。

 

だが、現時点ではその全ての局が、

(NHKEとテレビ東京はニュース番組ではなかった)

「父親」と言う単語を使っていた。

 

そうしてずっと殺害動機やら遺体を動かした形跡やらと報道していたが、

「父親」と「養父」では意味合いが全然違って来る。

 

酷い違和感がある。

 

5局全てが同じ点において、

逆にマスコミの妙で強い偏向意図があるようにどうしても感じてしまう。


判で押したように変わっているし、

まるで実父が殺害したように受け止められてしまう。

 

この感覚は、今までの事件報道では全く感じた事がない。

 

私的には明らかにマスコミがおかしく感じている。


ちなみにネットではもっと具体的で生々しい情報がアップされている。

(真偽はもちろん定かではないが)


それと比較しても、

今回の報道のこの“揃い方”はやはり不自然に映る。


偶然なのか、整理なのか、

あるいは別の理由があるのかは分からない。


だが少なくとも、

この違和感だけはどうしても拭えない。


少なくとも私は、

コロナ禍以降、日本のマスコミに対する強い不信感があり、

それは今回の事件でますます強まっている。

「意外に分かっていない素朴な疑問:どうしてシャワーは瞬間的に温かくなるのか???」

 

お風呂を沸かす時と、お風呂に入っている時、

大きな疑問を抱く。

 

旧式の沸かすタイプだと水からだとかなり時間がかかる。

 

ところがシャワーだと同じ水からなのに瞬間的に温められたお湯が出て来る。

 

もう1つある。

 

ヤカンで湯を沸かすとこれまた時間がかかるが、

電気式のポットだと意外に早い。

 

何故だろうか???

 

瞬間湯沸かし器だから、とか、

電気式は電気を異常に使うから、とか、

分かってるようで全然分かってない考えで満足してないだろうか?

 

ここは改めてAIに聞いてみた。

 

するとやはり丁寧に答えてくれた。


非常にシンプルな理由であり、

まさに知りたい情報だった。

 

先ず、風呂の場合、水の量が全然違う。

 

一方シャワーは少量の水を大火力で一気に温めるイメージだと言う。


つまりこういう事だった。


風呂は「巨大な鍋を弱火で温めている」状態。


シャワーは「細い水をバーナーで炙っている」状態。


要するに、

「同じ水でも、一度に温める量が少ないほど早く感じる」

と言う単純な話だった。


さらにヤカンと電気ポットの違いは、

ヤカンは外から温めるのに対して、

電気ポットは中から温める。


つまり効率がいいし、早い。

 

単純な回答は目が覚めたような爽快さと、

悔しさが同居して何とも釈然としない。(笑)

 

(^。^;



「流れ星の夏 1995:プラネタリウム満天(池袋サンシャインシティ)」

 

東京のプラネタリウムと言えば、

昭和32年に開館した渋谷の五島プラネタリウムが原点になる。

 

以後、各地でプラネタリウムが出来て行った。

 

中でも生解説を中心にした五島プラネタリウムとは対照的に、

池袋のサンシャインシティに出来た、

サンシャインプラネタリウム(現在のプラネタリウム満天)は、

映画型とでも言うべき全天に映像を映すタイプを確立して行った。

 

私は1995年の夏に「流れ星の夏」と言う番組を見て、

五島型とは違うが大変感動的な内容だったのでよく覚えている。

 

ドラマの内容自体は、

東京で暮らし始めた女性が久しぶりに故郷の田舎に帰って来て癒される、

と言うシンプルなものだったと記憶しているが、

全天型の映像と圧倒的な星空の前に大感動した。

 

この感覚。

 

つまり都会と田舎の対比構造。

 

実はこれは私が天体観測にハマって行く原点であり、

そこを見事に突かれたので衝撃を受けたのだと今は思える。

 

私自身は都心の西麻布の生まれ育ちなので、

満天の星空とは無縁の生活だった。

 

その後は渋谷の五島プラネタリウムの影響で天文趣味が確定して行くのだが、

その前に決定的な出来事があったのである。

 

それはおそらく私がまだ幼稚園にも行っていない3~4歳頃だった。

 

母は都心の家系の亡き父とは真逆で東北地方の農家出身だ。

 

その母の実家に連れられて夏に行った時の事だった。

 

夜になると近所の人達と大勢連れだって田んぼに出掛けて行ったのである。

 

そこでは大人も子供も「蛍と天の川の鑑賞」をしていたのだ。

 

今でもその時の近くにいた大人達の会話を覚えている。

 

「こんな沢山の蛍なんて久しぶりに見た」

 

「農薬を使わなくなったかららしい」

 

「天の川、綺麗」等々。

 

それを母に負んぶされながら見たのである。

 

私の天文趣味における原風景は、

間違いなく無数の蛍と田んぼで見上げた天の川だ。

 

その後、大人になってから、

天体観測のため山に行き、

夏の天の川が見事に立ち上がったところを、

ペルセウス座流星群の速い流れ星が駆け抜ける時。

 

無上の悦楽を感じていた。

 

余談:流れ星の音

何度か私は流れ星の音を聞いた事がある。

巨大な流れ星が現れた時、

「シューーーーーーーッ」と言う音が確かに聞こえた。

だが、これは科学的には説明がかなり難しい現象であり、

錯覚と言うか幻聴の類では?と言われる事もある。

理由はこうだ。

流れ星が流れる場所は一般的に、

上空100~120kmだ。

その輝き(光)はほぼ瞬間的に観測者に見える。

だが音速は対して約340m/s。

その瞬間の音が聞こえるならば約4分53秒後となる。

しかし間違いなく同時に聞こえた。

ある科学者の説明では、

おそらく流れ星の発する電磁波が近くの木の葉などに共鳴して、

それでほぼ同時に聞こえるのでは?としていた。

まあ、その理屈はどうあれ。

流れ星の音を実際に聞くとド迫力ものである。

 

 

 

 

 

 

 






「京都の小学生殺人事件について異常な点:マスコミの偏向とネットの正確さ」

 

今回の、当初は京都における小学生男子の行方不明事件として捜査されていたが、

現在は死体遺棄だが、

ほぼ殺人事件として「養父」が逮捕されて取り調べを受けている。

 

この事件、途中からテレビにおけるマスコミの異常さに気付き始めていた。

 

何かが決定的におかしい、と。

 

それは被害者の少年の名前も顔写真も公開されているが、

家族関係が一切報道されていなかった点にある。

 

テレビでは「父親」が自動車で送ってから以降行方不明としか言わないでいた。

 

これはほぼ確実だが一応推測として、

行方不明者の実名が報道された以上、

間違いなくマスコミは当初からその家族関係を知っていたはずだ。

 

報道関係者が調べない訳がない。

 

もしそうなら報道失格レベルだ。

 

だが決して肝心要な事を知らせないでいた。

 

従って、ほぼテレビでしか情報を取っていない私の母は、

「何かおかしい」と言う漠然とした感覚しか持っていなかった。

 

一方、今やネット情報を先に取る私の娘は、

かなり早い段階から、

家族構成は、

・実の父親ではなく再婚した継父である

・父親の国籍は日本人ではなく帰化した某国人らしい

・母親は日本人女性らしい

・母親の実家は金持ちらしい

と言う情報を掴んでいた。

 

この種の情報に対して当初マスコミは、

酷いデマが流れている、と報道していた。

 

娘に対して私は、

「その情報のソースはどこか?」

「一体誰がどう言う調査をベースに言っているのか?」

と聞くとどうもはっきりしない。

 

当初私は、ネットの世界は言いたい放題だから、

情報源をきちんと精査しないと危ないから、

この種の情報だけはマスコミ発表を優先していると言っていた。

 

だが、どうもおかしい。

 

私は、今回の事件においても途中から、

コロナ禍におけるマスコミの異様な偏向について感じ始めていた。

 

今回の「養父逮捕」の報道を受けて、

改めて考えたら、

そもそも当初から被害者の少年の顔写真も実名も報道されていたから、

周囲の人達(学校の同級生とその家族、近所の人、親戚)から、

簡単に家族構成が分かると思った次第。

 

つまり、マスコミは早い段階から知っていたはずだし、

知らなかったらマスコミ失格レベルの話となる。

 

しかし報道は常に「父親」と言う単語が使われていたので、

テレビしか見ていない人達は普通の家族構成だと思っていたはずだ。

 

このテレビとネットの情報格差は非常に大きかった。

 

ネット情報はソースがはっきりしないケースも多く、

またデマが多いのも事実としてある。

 

だが今回に限ってはネット情報の方が今のところ正しい。

 

むしろマスコミには強い偏向がある、と感じざるを得ない。

 

もしも、養父の国籍が元は違った帰化人だとしたら。

 

今回のマスコミ発表は明らかな偏向報道だと確定する。

 

もちろん今の時点で断定は出来ない。

 

だが、現時点ではネット情報の方が正しく推移している状況は見逃せない。

 

今後、デマだとされたネット情報が果たしてどうなるのか。

 

非常に興味深い。

 

そしてマスコミに対する不信感は増強されている。

 

何故、最初からずっと逮捕されるまで「父親」として報道し、

今になってから「養父」としたのか???

 

知らなかった???

 

絶対におかしい。

 

明らかに報道したくなかったから、と考えないと辻褄が合わない。

 

マスコミには報道したくない特定の領域がある。

 

それが何なのか。

 

「某国関連」にあるとコロナ禍から非常に強く感じている。

 

そうやって見ると今回の事件の見え方が随分と違って来る。

 

被害者は何で殺されたのか。

 

今は実の父親ではなく「養父に殺されたらしい」のが判明しつつある。

 

この違いは非常に大きい。

 

ちなみに酷なようだが、

各国でもデータがあり、

必ずしもどの国でも当てはまるとは限らないが、

AI調査だと、

オランダの1.3万件の大規模調査では、

優位に継父による児童虐待リスクが高いとの結果だった。

 

ブラジルでは2~2.7倍のリスクがあるとされた。

 

よくネットで言われる100倍までは行かないが、

それでも2~3倍の危険があるのが判明しているため、

「父親」なのか「継父」なのかの違いは非常に大きいのであるが、

ここを隠していたのが今回のマスコミだ。

 

何故「隠した」のか。

 

何故「出さなかったのか」と言いたいが、

残念ながら隠していたと受け取られてもおかしくない報道姿勢だった。

 

・捜査配慮?

・誤報リスク回避?

・プライバシー?

・編集判断?

・某国関連?

 

色々と疑惑が持ち上がる事態ではある。

 

今後の発表が待たれる。

「サラダ、つまり生野菜について」

 

かなり昔からサラダは健康にいいとされて来た。

 

実際にビタミンや食物繊維たっぷりなのでそうだとは思う。

 

ダイエットの世界ではサラダの地位は非常に高い。

 

特に女性は飲食店でやたらとサラダを頼みたがる。

 

私的に5年ほど前に医師の指示で医療ダイエットを開始した時も、

医師は事も無げに、

「あ~、サラダはいくら食べてもいいですからね~♪♪」

と言い放って来た。

 

だが、昔、マンガ「美味しんぼ」では見事にサラダの本質を突いた回があった。

 

つまり「生野菜は不味い」だ。

 

もっと言うと「そもそも人間は生野菜を食べるようには出来ていない」と言うもの。

 

だからスーパーの売り場には大量の種類のドレッシングが売られている、と。

 

とてもではないが、生野菜とはドレッシング無しで食べられるような代物ではない。

 

実際、医療ダイエット中だった当時の私は、

大量のサラダを前にウンザリしていた。

 

こんなの食える訳ないじゃないか、と。

 

だが昨今は目先で騙そうと言うダイエット信仰を持った連中が余りにも多い。

 

温野菜なるクソ不味い物を「美味しいわ~」と言い放ち、

嘘を平気で撒き散らしている。

 

さて、この5年、毎朝私はサラダを食べている。

 

しかも大量に。

 

美味しいと思っているからでは決してない。

 

むしろ不味いと思っている。

 

それを好みのドレッシングで誤魔化しながら無理やり食べている。

 

しかもドレッシングの掛け過ぎは良くないと、

母には即座に指摘されながら。

 

野菜はいくらでも食べていいですよ~♪♪と言った時の医師のニヤけた顔。

 

絶対に忘れない。(爆)

 

何とかならんのか、生野菜。

 

1粒食べたらOKみたいなのないかな???

 

医師が、

「はい、これで万事OKですよ♪♪」

と言って処方してくれる生野菜不要薬。

 

開発されたらノーベル賞ものだと思う。
 

と言いながらも腹立たしく、

今日も今日とて内心激怒しながらサラダをかっ込んでいる。

 

(>0<;

 

余談:医療ダイエットとサラダ

医療ダイエットとは美容ダイエットの生温い世界とは全く違う。

医師が厳格に食べ物を指定して来るし、

飲酒なんかもってのほかだ。

ご飯の量は1回80gに制限されていた。

1ヶ月で簡単に10kg痩せた。

制限の対象外だった野菜をボール一杯にして食べていたのだが。

極少量のドレッシングだけでサラダを食べる行為。

これはこれで立派な拷問だった。(苦笑)