「南十字星と渋谷の五島プラネタリウム:カール・ツァイスⅣ型1号機について」
ちょうど今頃の季節になると、
その昔、渋谷にあった五島プラネタリウムを思い出す。
現在のヒカリエが建っている場所にはかつて東急文化会館なるビルがあり、
そこの最上階にはプラネタリウムがあり、
昭和時代においては渋谷の観光名所の1つだったほどだ。
休日になると長い行列が出来ていた。
私は幼稚園児の頃からの筋金入りの天文趣味人だった。
しかし生まれ育ちが渋谷の近くの西麻布だったので、
天体観測と言う趣味には圧倒的なハンディキャップがあった。
だが、そのハンデを埋めてくれたのが五島プラネタリウムだった。
ここは閉館されるまでずっと、
解説員が生で語るプログラムだった。
土曜日の夜7時からの回だけ、
「星と音楽の夕べ」と言う音楽中心のプログラムだったが、
それ以外は基本的に解説員の語りだった。
プログラムは毎月変わっていたが、
基本的な構成は、
先ずは夕方の渋谷の空の様子が映される。
ドームの地平線には当時の渋谷から見たシルエットが描かれていた。
(白黒写真参照)
西の空には太陽があり、星はまだ見えない。
始まると音楽と共に太陽はゆっくりと沈んで行く。
すると徐々に星が姿を現す。
だが解説員によっては直ぐに満天の星空にはしない。
ボンヤリとボヤけた星空で一旦止まる。
ここで解説員はこう切り出す。
「今見えている星空は東京だとせいぜい郊外のものです。
ここ渋谷だとこうなります。」
と、さらに空が明るくなり星はまばらな悲惨な事態になり、
観客からは「あー」だとか「おー」だとか嘆息が聞こえる。
しかし解説員はここでこう語る。
「ここはプラネタリウムです。
こんな星空では面白くないので、
そうですね、信州の八ヶ岳などの遠くの山に行きましょう🎵
するとこうなるんです!!」
と言い放ち、照明を落とすと、
ドイツ製の精密機械、カール・ツァイスⅣ型1号機は一気に見事な満天の星空を投影する。
ドーム内には「うわーっ!!」と言う歓声が上がる。
そうして月々のプログラムが話された後、
夜明けと共に番組は終了する。
幼い頃の私は毎月毎月通っていた。
すると嫌でも星空の感覚が身体に叩き込まれて来る。
リアルな天体観測場面でも通用する見事なシミュレーションだ。
そしてそれが何年も続くと、毎年春になると、
いつもとは全く違うプログラムが用意されているのに気付く。
それが「からす座」が見易くなる季節のプログラムである。
この地味で歪な四角形の星座は、
日本からだと沖縄の南の島以外ではほぼ観測不可能な南十字星への目印となっている。
南十字星・・・正式には「みなみじゅうじ座」
天文趣味人にとって、生涯を通して一度は見たいものの1つだ。
ちなみにそれは、
皆既日食、流星雨、オーロラ、大彗星、南十字星、
一等星全クリア、
と言った感じになっている。
天文趣味人として生きる者にとって、
これらを見るのは最大の喜びであり憧れとなっている。
だがコレらを全て見るのは一生をかけても非常に困難だ。
想像以上にハードルが高い。
南十字星は南半球に行かないと綺麗には見れないからだ。
さて、この季節の五島プラネタリウムでは、
南十字星を見せてくれていたのである。
しかも機械は現在の一球型やさらに最新のデジタル技術のオンパレードとは訳が違う、
旧式の二球型だ。
日本の星空のみを解説する普段の番組では、
南半球はもちろん映さない。
だが、からす座が良く見える季節に、
五島プラネタリウムでは南半球への旅を演出してくれたのである。
解説員は「からす座」の下の、
地平線の下に「みなみじゅうじ座」があると教えてくれる。
そうして、
「これから皆さんと一緒にオーストラリアに行きましょう🎵」
と楽しそうに言う。
カール・ツァイスⅣ型1号機はウィーーーンと言う、
大きな機械音を出しながら反転して行く。
すると北極星の高度がどんどんと下がり、
やがて地平線の下に消えようとする。
解説員はここで、
「今、私達は赤道直下にいます。
もっともっと南に行きましょう🎵」
と説明してくれる。
しばらくすると、
そこにはかなりの天文マニアでも面食らう南半球の星空が展開しているのである。
全く知らない星々の世界だ。
ここでは見かけ上、星の動き方も反転している。
分かり易く言うと、
北半球では東から西に太陽も星も動く。
これは左から右に動いているように見える。
だが南半球での東から西は右から左となる。
ちなみに高性能な天体望遠鏡には、
星の自動追尾装置があり、
南半球用のスイッチがある。
これを入れると追尾装置は逆回転するのである。
それほど南半球の星座はややこしい。
そうして五島プラネタリウムでは南十字星を魅せてくれていたのである。
だが厄介な事に、天文マニアにとって、
南半球は南十字星だけでは済まない。
南十字星とその周辺の星は春の星座だ。
春には秋の星座がほぼ見えない。
南半球の秋にはエリダヌス座のアケルナルと言う厄介な一等星があり、
有名な大マゼラン雲と小マゼラン雲も秋のものだ。
こうして天文趣味人は苦悩するのである。(笑)
しかしプラネタリウムではどれも見せてくれるケースもあり、
ここはシミュレーションの為せる業だ。
もう今の私は天体望遠鏡も断捨離してしまい、
天文趣味からは離れている。
改めて天文趣味人生を振り返ってみると、
前述の夢と憧れをどれだけ見ていたのか?と考える。
皆既日食→1995年10月24日 タイ
流星雨→2001年11月19日未明 草津山中
オーロラ→未達成
大彗星→百武彗星 1996年3月 ヘール・ボップ彗星 1997年3月
南十字星→1994年頃 オーストラリア
一等星全制覇→1996年頃 アケルナルをマレーシアにて
オーロラを除いて見ていたか。
後はその渋谷の五島プラネタリウムで幼い頃に教えてもらい、
何としても見たいと思っていた、
2035年9月2日の北関東皆既日食がある。
小学生の頃、老いた自分が果たしてこの皆既日食が見られるのか?と思っていたが、
今年はもう2026年。
そう遠い将来でもない。
天文趣味における人生の長さとは一瞬なのだ、と思う。
そしてこの感覚はそう悪いものでもない。






















