経験上。
人は裏切るけど、努力は裏切らない、とか
仕事は裏切らない、というけれど。
まあ、その通りだと思う。経験上。
努力は裏切らないけれど、
努力をしたからといって
成功が約束されているかというと
そんな甘い話は無い。
オリンピックを見ればわかる。
「俺はあいつより1日当たり
2時間も練習したんだから
金メダルをよこせ」
というバカはいない。
どんなに頑張ったって
ダメなものはダメなんだし、
センスがないものはない。
それに気づく、というのも、
ある種の成長である気がする。
でも、そこまで分かったうえで、
ダメかもしれないけれど
それでもなお
何かを勝ち取るために、
どこかに到達するために、
絶え間ない努力を続けることの
尊さのようなものは、確実に、ある。
「なーんでこんなに頑張んなきゃ
いけないのかな」とぼやきながらも
頑張っている人には、
たぶん、何かの、ギフトが
忘れたころに
ポコンとやってくるのだと思う。
これも、経験上。
仕事は裏切らない、というけれど。
まあ、その通りだと思う。経験上。
努力は裏切らないけれど、
努力をしたからといって
成功が約束されているかというと
そんな甘い話は無い。
オリンピックを見ればわかる。
「俺はあいつより1日当たり
2時間も練習したんだから
金メダルをよこせ」
というバカはいない。
どんなに頑張ったって
ダメなものはダメなんだし、
センスがないものはない。
それに気づく、というのも、
ある種の成長である気がする。
でも、そこまで分かったうえで、
ダメかもしれないけれど
それでもなお
何かを勝ち取るために、
どこかに到達するために、
絶え間ない努力を続けることの
尊さのようなものは、確実に、ある。
「なーんでこんなに頑張んなきゃ
いけないのかな」とぼやきながらも
頑張っている人には、
たぶん、何かの、ギフトが
忘れたころに
ポコンとやってくるのだと思う。
これも、経験上。
富士山
富士山に登った。
何年か前まで、山登りには
まったく興味がなかった。
むしろ、
「なんで登るの?後で降りるのに」と
不思議に思うほどであった。
歳をとればとるほど頑固になっていくこともある。
変えたくない、変える必要もない、と思う分野もある。
自分がコツコツと築いてきたものを
さらに大切にし、磨き上げていく必要も感じる。
でも、何かをダイナミックに変えたいと
切望するジャンルも出てきた。
知らなくても、やらなくても生きていけるけれど、
知ったら、やってみたら、
何と豊かなものだったんだろう、と
振りかえることができるものに
めぐり合いたいと思うようにもなってきた。
明日死んでしまう(かもしれない)前に、
富士山の頂上に立っといてよかった。
立ったからと言って人生変わるわけでは
ないけれど、
「ああ、こういうことなのか」と思えた。
自分の身体、特に二本の足だけを頼りに
日本の一番高いところまで登るというのは
悪いことじゃないな、と
なんとなく気づいた2016年の夏なのである。
何年か前まで、山登りには
まったく興味がなかった。
むしろ、
「なんで登るの?後で降りるのに」と
不思議に思うほどであった。
歳をとればとるほど頑固になっていくこともある。
変えたくない、変える必要もない、と思う分野もある。
自分がコツコツと築いてきたものを
さらに大切にし、磨き上げていく必要も感じる。
でも、何かをダイナミックに変えたいと
切望するジャンルも出てきた。
知らなくても、やらなくても生きていけるけれど、
知ったら、やってみたら、
何と豊かなものだったんだろう、と
振りかえることができるものに
めぐり合いたいと思うようにもなってきた。
明日死んでしまう(かもしれない)前に、
富士山の頂上に立っといてよかった。
立ったからと言って人生変わるわけでは
ないけれど、
「ああ、こういうことなのか」と思えた。
自分の身体、特に二本の足だけを頼りに
日本の一番高いところまで登るというのは
悪いことじゃないな、と
なんとなく気づいた2016年の夏なのである。
チャンスの後ろはハゲ頭
人生というのは、次から次からやってくる
様々な選択肢を
意識的・無意識的に自分で決定しながら
進んでいくものであり。
小さいところではこの2割引のチクワを
買うべきか否か、
ホットコーヒーにするか冷たいウーロン茶か。
この賞味期限切れ3日目のヨーグルト、
そのまま捨てるか味見して大丈夫なら
もう一回冷蔵庫に戻すか(私は戻すけど)
大きいところでは進学や就職どうするか、
この人と結婚するか否か、別れるか否か、
家を買うか否か、などなど。
思いがけない選択肢が目の前に
やってきたとき、人は戸惑う。
でも、選ぶのは常に自分であり、
選んだことに責任を持つのも
常に自分である。
昔、校長先生が毎週の朝礼のときに
言っていた格言で、
唯一ワタシが覚えているのは
チャンスの後ろはハゲ頭
という言葉で。
チャンスの神様は前髪しか生えていないので
(今、横山ノックを思い浮かべた方、
ワタシと同年代かそれ以上ですね)
向こうからやってきたときに
すかさずガッと掴まなければ
通り過ぎた後ろ姿を追っても
ツルッと滑ってしまってもう捕まえられない、
という話。
うん、まあ、きっとそうなんだろう。
様々な選択肢を
意識的・無意識的に自分で決定しながら
進んでいくものであり。
小さいところではこの2割引のチクワを
買うべきか否か、
ホットコーヒーにするか冷たいウーロン茶か。
この賞味期限切れ3日目のヨーグルト、
そのまま捨てるか味見して大丈夫なら
もう一回冷蔵庫に戻すか(私は戻すけど)
大きいところでは進学や就職どうするか、
この人と結婚するか否か、別れるか否か、
家を買うか否か、などなど。
思いがけない選択肢が目の前に
やってきたとき、人は戸惑う。
でも、選ぶのは常に自分であり、
選んだことに責任を持つのも
常に自分である。
昔、校長先生が毎週の朝礼のときに
言っていた格言で、
唯一ワタシが覚えているのは
チャンスの後ろはハゲ頭
という言葉で。
チャンスの神様は前髪しか生えていないので
(今、横山ノックを思い浮かべた方、
ワタシと同年代かそれ以上ですね)
向こうからやってきたときに
すかさずガッと掴まなければ
通り過ぎた後ろ姿を追っても
ツルッと滑ってしまってもう捕まえられない、
という話。
うん、まあ、きっとそうなんだろう。