お絵描き漂流記 抽象画との出会い -308ページ目

オールウェイズ 本町5丁目

私や兄が中、高校生になるまで、




実家は、タバコ屋をしてました。

わたし、小学校の頃から、結構店番しました。

よく、おつりをまちがえてましたが。。。



これでも、タバコ屋の看板ムスメって

よばれて・・・・








・・・・なかったみたいです。


私が中学校へ行く頃か、もっと早かったのか

覚えていませんが、タバコの自動販売機ができてからは

すごく便利になり、いつの間にか、お店番も 

必要なくなってきましたけどね。








でも、私がまだ小さい頃は、家はタバコだけでなく、お菓子や飲み物も売っていて、

こういう販売用の冷蔵庫があって、

のどが渇いたら、ジュースやなんやら飲み放題。

お菓子だって、毎日明治の板チョコ、グリコのカプリコ、

ブルボンのホワイトロール、食べ放題。

卸売りに仕入れに行くとき、親についていって

自分の好きなもの選んでました。


ま、言わば、ヘンデルとグレーテルの「お菓子の家」実写版です。







これこれ↓。 ラムネです。 



(絵が上手くかけなくて、・・・目玉親父みたい)

しばらく姿をお見かけしませんでしたが

最近、レトロブームに乗って、よく見かけるようになりました。


でもね、あの頃、ラムネが全盛期で、子供の「あこがれ」っていうか・・・・他にたいした飲み物もなかったからでしょうけど。








そんなラムネも、私たち兄弟にとっては、「いつでも手に届く」

存在でしたわ。 飲み放題。














 


 その頃私の悩み事。  それは、

 

 「ラムネの中のビー球って

 どうやったら取れるんだろう」


 ってことでした。 

 

 兄は、ビー球をとろうとして、
 指が抜けなくなったことも・・・。

 (あったような、なかったような・・・)




そんな私たちに頭を悩ましていた人が若干一名。


父です。(この絵、全然似てません。)



子供たちが、店の商品をタダ食いするので、

利益が上がらないどころか、赤字状態。


そこで、父も策を練りました。














「おじいちゃんは、

ラムネの飲みすぎで死んだんや。」


 。。。もちろん、うそうそ。

 おじいちゃんは、私が生まれる前に

 他界しましたが、

 第一、そのころラムネなかったでしょ?








でも、子供には、十分ショッキングな告白でした。



 











私と兄は、悩みに悩んで。。。





 こんどは、三ツ矢サイダーを

 飲むことにしたのでした・・・・・。

















あとがき:

実は、三ツ矢サイダーは、ラムネの全盛期より、少し後だったかもしれません。

ほんとのところ、私より兄の炭酸飲料好きは異常なほどでしたね。 ラムネの代わりに

牛乳飲んでたら、私も兄も、もう少し背がたかくなってたかも(笑)


子供って、「死」って言葉を すごく恐れますよね。 長男の夢も「長生きすること」。

私も子供の頃、死ぬってことが、怖くて怖くて、毎日、家族の誰も死にませんようにって

お祈りしていました。











母の日

わたし、いつも思うんです。世の中のお母さんって私みたいに、「鬼ママ」なのかなって。


わたし、ほぼ毎日、こういう感じなんです。


あるドラマで、「人を叱るってエネルギーがいるんだよ」

って言ってましたけど、ええ、ええ!本当にカロリー消費していますわ。

やせませんけど・・・。血圧もついでに上がってそうです。








で、先週の母の日、子供たちに、

って半分冗談、半分本気で、言ってみたら、




って、即、却下されました。 

長男の最近の口ぐせは、「ノーと言う勇気」です。










いや、べつに期待してたわけではないですが、そんなに大きな声で、即答されると、ちょっと考えますよね。



やっぱり、日頃、どなりちらしてるから、嫌われてるのかしら。

ま、いいけど・・・・・。






でもね、自宅にもどってから、こんなことがありました。





下の子が、恥ずかしそうに、

「まま~。これ・・・。」って、

学校で描いた絵をみせてくれたんです・・・・。









わたし、その絵をみて、涙がでそうなくらい、うれしかった。 







そう、その絵は私の顔なんですけどね・・・・・。

全然似てないんですけどね・・・・。













その絵のわたし・・・・


笑ってるんですもん!


だって、今までね、この子が書くママの絵って、顔がなかったり、とにかく表情がどころか、

人間なのかも疑わしく・・・。でも、そんなことはいいんです!!

何よりも、笑っているママだったのが、

うれしかった~。

みてくださいよ↓長男が7歳のとき描いた私の絵、



・・・でしょ? でも、確かにこの頃は、今以上にピリピリしてましたかも。。。ママ友達が家に遊びに来たとき、この絵を見つけて、

「そっくり~」と大うけでした。


子供ってちゃんと見てるんですね。







ちなみに、同じ頃、長男が書いたパパは・・・・。





パパ・・・。「はげちゃビン」はちょっと可哀相ですが、

・・・ね? 笑っているでしょ?

主人は怒りませんからね。 









ま、とにかく、絵のなかの私が笑ってて、ちょっとうれしい母の日でした♪



あとがき:

母の日、日本の実家の母親に電話しました。 母が私と同じ年だった頃、私は高校生、兄は大学生でした。

母は今のわたしの年齢のころ、子育ては卒業。大学生の娘とお買い物を楽しんだりしていた。。。。それに比べて私は、子育て真っ最中・・・この調子でいくと孫を抱くこともないのかもしれません。

でも、母の20代、30代は、姑の世話、お店番、(タバコ屋だったので)、家事、子育てに終わったんですよね。

そう思うと、昔の人は、たいへんだったなあ。

















のびのび育ったけれど・・・。

これ、↓ウチの次男です。 今年8歳です。

ブログ書いてるんだよって言ったら、

「ぼくのこと、書いて!」

っていうもんで・・・。


台湾の現地の小学校で、中国語で勉強しています。

日本語も忘れてほしくないので、毎週、土曜日

日本語の補習学校に通っています。








その学校では、毎週宿題がだされるのですが・・・・。







この子、字が非常に汚くて、連絡帳が読めない。









その日本語学校で、詩の暗唱が宿題になったときも・・・。









偉大なる詩人金子みすずのことを、「金子のすずめ」と

呼び・・・、

(すずめが書いた詩とおもっていたのか・・・)













その日本語の学校の

終業式でいただいた修了証書は・・・・。



















折り紙と思って八つ折にしてポイッ・・・・。

(賞状と無縁の人生なので・・・)













日本語学校では、毎週、漢字の小テストがあり、

少しずつ、毎日復習させているのですが・・・・。


 



 「東西南北」ってひとつ覚えるのに、

 結構時間がかかる。

 (ま、外国人ですからね。しかたないけど。)
































一つ覚えたら、(in) 一つ忘れるらしい・・・(out)。


それでも、毎週土曜日 日本語の勉強には

楽しそうに通っています。











そうそう、毎年、夏休みには、私の故郷、和歌山の小学校に2週間、

授業体験させていただいてます。もう今年で3回目になります。

一年目は、まだ一年生で、今以上に日本語が怪しくて・・。


初めて学校に登校した日。

校長室で、先生がきたら、おはようございます、って言ってね、って

何度も何度も練習させたんだけど・・・。 

いざとなったら、↓こんなに緊張しちゃって。。。    

                         




うんともすんとも言わないので、「ごあいさつは?」って催促したら・・・







   と、頭をさげました。 ちゃんちゃん♪













あとがき; 

 台湾の現地校の成績表には、いつもいつも

 「とても礼儀正しい。」と一言書かれていますが、私には、

  先生、余りにもほめるところが見つからなくて、 この言葉を??と思ってしまう。

 長男のとき、神経質に成りすぎたので、二人目はのびのびとと。。。

 そしたらこんなになっちゃった?!