もうずいぶん前におこったこと。
仕事帰りの京浜東北線。
疲れていた私は空席に腰をおろすとすぐに居眠りしてしまった。
けれどもそこは日本人。
降車駅が近づいたところでふと目が覚めた。
「これから東十条か。。。」
と提示版を確認し、目をさまそうとまわりをみまわすと
違和感を覚えた。
三人掛けのてすりに男性が一人もたれかかるように
たっていた。
その人は目をつむっていた。
そしてそのひとは男性器を露出していた。
私は寝起きだったから、
「もしかしたら見間違いかも」とまわりを見回してから
また、その男性を見た。
間違いではなかった。
公共の場でそんなことがあり、
どうしたらいいのかわからずに
思わず席を立って
その車両のはじっこのドアのところに急いで移動した。
「いったいなにがおこっているの?」
「あれは夢?」
呼吸がしずらかったのを覚えている。
すると
「お姉さん、どうしたんですか?
なんかあったんですか?」
とわたしより若い女の子が声をかけてくれた。
「寝ていて、ふとめを覚ましたら、前に立っていただんせいが露出していて。。。」
その後なにがおこったのかよくおぼえていなんだけど、
まわりにいた男性たちも
みんなでその男性が逃げないように協力してくれて、
赤羽駅でその男性を駅員さんに通報してくれた。
まあそれが長い夜のはじまりで、
そこから
警察にその人とは別々のパトカーで連れてかれて
長い時間事情聴取されて、
家に送ってもらったのは深夜過ぎてから。
なんでもその人は過去にも同じことをして捕まっていて、
さらに(当時)高校生の娘さんまでいるということが警察の人からのお話でわかった。
私達女性は多かれ少なかれ性被害にあった経験があるのではないでしょうか?
私はあの日、気が動転してその人に何も言えなかったけど、
私の代わりに立ち上がってくれた人達がいた。
とくに私に最初話しかけてくれた若い女の子に私は救われた。
彼女が話しかけてくれたから
なにが起こったのか話せたし、
性被害に『NO』と言えたし、行動に移すこともできた。
「私が居眠りなんかしてしまったから。。。」
そう自分を責めて自分を悪者にすることは簡単だ。
けれど私はどんなにストレスがたまっていても
欲求不満だったとしても
自分の性器を公共の場で人に見せたり、
どんなに電車で素敵な人がいてもその人を急に触り出したりはしない。
おそらくおおくの人が、私も含めてそうだと思うけど
想像はしてもその想像を行動に移すことはしないと思う。
性被害に私は『NO』と言う!
たとえそれが一瞬のことであっても!
でも、ここで大切なことをもう一つ言わせてほしいの。
性被害にあったとき、
その場で声を上げられなかったからといって
それは決してあなたが弱いからではない、ということ。
人は突然ショックな出来事に遭遇すると
体が固まってしまうことがある。
逃げることもできない。
声も出ない。
何が起きているのか理解するのにも時間がかかる。
それは人間の自然な反応です。
だから
「どうして何も言えなかったんだろう」
「もっと強く言えばよかった」
そんなふうに自分を責める必要はありません。
わたしだって言えなかった。
助けられたから、動けた。
あの日、私はとても怖かった。
でも同時に、
人の優しさにも触れました。
最初に声をかけてくれた若い女性。
逃げないように協力してくれた周りの男性たち。
駅員さんに通報してくれた人たち。
私は一人じゃなかった。
そしてそのことが、
私に大きな勇気をくれた。
私たちは小さいころから
・波風を立てない
・大ごとにしない
・我慢する
そんな教育を受けてきた。
でも
性被害に沈黙する必要はありません。
それは恥ずかしいことではないし、
あなたが悪いわけでもありません。
悪いのは、
その行為をした人です。
自分を守ること。
不快なことに「NO」と言うこと。
それはわがままでも、
大げさでもなく、
自分を大切にする行動です。
もし同じような場面に遭遇したら
その場を離れる
近くの人に声をかける
駅員さんや警察に知らせる
一人で抱え込まないで。
助けてくれる人は必ずいます。
そしてもし過去に似た経験があって、
今も心に残っている人がいたら
どうか覚えていてください。
あなたは悪くない。
そして
あなたには「NO」と言う権利があります。
どんなときでも。
自分を大切にするとは、
不快なことに「NO」と言うこと。
それは自愛のひとつの形なのだと思います。
いっしょに『NO』を言う練習しましょう!
8月22日(土)10時から新橋駅のルノアールでお待ちしています。
詳細はこちらから







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