こんにちは。ちゃちょのブログへようこそ。今回は、正月7ヶ日に、隅田川七福神を巡り、みんなの幸せを願ってお参りしてきました。お揃いの色紙や七福神の乗った宝船もゲットしました!
荒川と23.5km上流(北区・岩淵水門)で1924年に分かれた、隅田川は、荒川区・この墨田区・台東区を通り、そして、中央区と江東区の区境で、東京湾へ注ぎます。従って、隅田川は、俗称として江戸時代から呼ばれてきましたが、1924年まで、(洪水しやすい)荒川が正式名称です。
七福神は、7柱の神様となっていますが、実際は仏様です。1枚の七福神巡り用の色紙に、参拝した神社やお寺で7つのご朱印を集めることで運気がアップします。ご一緒に巡りましょう。七福神は、江戸時代、江戸から庶民の正月の娯楽として全国に広まりまsでぃた。関西では、えべっさんと言って恵比寿だけを10日前後、お参りしたり、商売繁盛に笹を飾ります。
太赤字のところは、各HP,または詳しく書かれたページへ、タップすると、飛びます。
隅田川沿いにほぼ一直線に並んだ5寺社と向島百花園を辿るコースの始まりは、文化年間(1804-1817)、百花園の園主、佐原鞠塢(さわらきくう)が愛蔵した福禄寿像に文人達が、「お正月の楽しみに七福神詣をしたい」と相談し、周辺の寺社とコースを編みました。今では東京スカイツリー・浅草まで足を伸ばせる、お楽しみの多い七福神としては都内随一です。
出かけた1月5日(月)は、地元・練馬区石神井公園では最低▲1.5℃、最高11.4℃と、なかなか午前中は気温が上がらなかったのでしたが、現地墨田では、最低1.7℃、最高12.0℃と都心い近い分、最低気温は3.2℃も、高かったのでした。
15日発表の1か月予報によると、1月下旬から、とても強い寒気が南下してきます。
隅田川七福神の北側から順に東京スカイツリー・浅草へ下りるコースを辿ると、最初は、池袋ー日暮里とJR山手線を回り、JR常磐線へ乗り換え、北千住までいき、各駅停車の東部スカイツリラインで3駅目で降りることになります。
東京23区の墨田区の位置は、東京の中央より東側の下町、河川に囲まれた海抜ゼロメートル地帯です。隅田川の東側一帯(13.77㎢、285,331人2025年12月1日現在)になります。1947年誕生時、隅田区と表記したかったのですが、河川法で正式表記が隅田川になったのは、1965年と後でした。
墨田区公式ゆるキャラは、最も知名度が高く、区を代表する存在として、向島言問姐さんです。墨田区向島の花街文化を背景にし、江戸しぐさをテーマに、思いやりや礼節を昔から伝えています。
墨田区は、向島を代表とする岡地帯と、両国を代表とする田んぼ地帯が合わさった地域です。
暖かくなった午後1番の昼から歩き、夕暮れの浅草まで3時間ちょっと22,676歩、散歩しました。
正月7が日だけ住職がその場で書く寄せ書き色紙は、台紙500円、各ご朱印500円です。
(本ブログの箇所も、寄せ書き色紙やご分体のない2022年11月に、東京スカイツリーを歩くでスタンプだけで巡っています。今回は、お正月に、新鮮な気持ちで降りる駅も変えて、歩きました。)

正月7が日だけ配布する各寺社の七福神は、宝船1500円、各ミニご分体500円です。山手最初七福神や新宿山手七福神のように、天然色ではない黒塗りです。あとご分体を配布するのは、日本橋七福神だけで、寄せ書き色紙と違って、ご分体を配布する所は、とても少ないのです。例えば、亀戸七福神のように(主だった行くべきコースは、本当に詰まってきてしまいました。後は裏道のみ)。
私は、かつて毎週のように、特色ある東京各地の散歩コースをアップしてきましたが、選定、調査確認、執筆などで徹夜することも珍しくなく、運動不足とアンバランスで不規則な食事・生活が、今の脂肪肝を作っています。日本人の2人に1人は、潜在的な脂肪肝だと言われています。
地元・練馬区の西武池袋線・石神井公園駅を12:12発のFライナー急行で出発します。練馬で準急池袋行きに乗り変え(12:16-12:17)、池袋でJR山手線へ乗り換え(12:24-12:29)、日暮里駅でJR常磐線へ乗り換え(12:42-12:45)、北千住で東武スカイツリーライン各駅停車へ乗り換え(12:52-13:04)。
東武スカイツリーライン・鐘ヶ淵駅13:09着。
隣は、2025年6月14日に、堀切菖蒲園を歩く!で乗った堀切駅なんだね。
平屋の鐘ヶ淵駅西口です。
この方は、東大出で公募第1号なんだけど、3年前、この前を通ったときは、疲れ切ったしょぼくれた感じだったけど、女性総理になって、補佐官として随分、生き生きしたポスターが印象的です。
総理は、通常国会1月23日の早期に、新しい体制で解散総選挙に打って出ることになりましたね。
最初のお寺の前に、北側の墨田区墨田5-17を訪ねました。小さな荒れた公園に鐘紡発祥地という石があるだけです。しかし、ここは、1889年に、従業員2000名で、鐘紡が創業した土地の一角です。当時、敷地は約3万坪、紡績機3万 錘という当時の日本でも最大級の近代工場でした。
1933年、売上高では日本企業で1位でした。この東京工場は1969年に巣業停止、移転しました。 隅田川沿いには、巨大な工場群が立ひ並び、世界有数の紡績会社でした。工場群は、今は後で通る都営の白鬚東アパート群になっています(全長1.2㎞、高さ40m、18棟、墨田川の防波拠点です)。
鐘紡は1936年化粧品事業が成長、1971年鐘紡、2006年カネボウ化粧品となり、経営再建で2014年、花王に売却されました。カネボウの本体は、クラシエとして再出発しています。
2003年まで、カネボウは、資生堂に次ぐ化粧品会社でした。
花王に吸収された後は、平均給与は花王804万円、資生堂740万円、経常利益でも花王は資生堂を抜いています。花王の東京工場は3.7km南の墨田区文化2-2-13にあります。
鐘紡跡地を後にして、さっそく、隅田川七福神参拝経路の看板を発見!
墨田区墨田5-31-13に、創建天徳年間(957-960)、真言宗智山派隅田山吉祥院多聞寺があります。参道半分は、駐車場になっています。
およそ430年前にこの地に移り、夢告により毘沙門天を祀るようになりました。威光を示しています。北方の守護に当たります。
本堂にある毘沙門天は、焼く50㎝の木造立像です。
境内にあるタヌキ塚には、狸の化身である妖怪を、毘沙門天に仕える童子が懲らしめた伝説が残ります。別名「たのき寺」とも呼ばれます。映画人の墓もあります。
境内に、墨田区の観光プロモーションカーが停まっていました。墨田区内の各観光エリアマップ(鐘ヶ淵・向島、吾妻橋・押上、八広・京島、両国、錦糸町)やスポーツ報知の「すみだ報知」11号までなど、無料で取り放題。聞けば、有料の墨田区全図や向島文学散歩があったかも知れない。正月は、この「墨田区七福神」に力を入れているんですね。
さっそく、七福神めぐり順路案内図が張り付けてありました。朝から南から北上して巡ってきた人が多く、これからの南下に、焦りを感じました。心配して聞くと「ちょろい、ちょろい」でした。
これからは、全て隅田川に寄り添う形で、墨堤通り(都道461号線)に沿って南下するので、まず墨田川まで出て見ます。最初はこの、墨堤(ぼくてい)通り。
次に墨田川防波堤=向島2丁目と5丁目が花街でした。下流の桜橋まで、延々と桜が植えられていました。最盛期は、料理屋100~200軒、芸妓1000名以上でした。2009年時点では、料亭18件、芸妓120名でした。
向島には、幸田露伴児童遊園、吉川英治旧居後、正岡子規仮寓の地、森鴎外旧居後、佐田稲子旧居後、堀辰雄旧居後など、他にも多くの文人の旧居後があります。
隅田川です。これから浅草へ降りていきます。
鐘紡が1899年から1969年まで、紡績機3万 錘という当時の日本でも最大級の近代工場が並んでいた跡地が、今は都営の白鬚東アパート群になっています(全長1.2㎞、高さ40m、18棟、墨田川の防波拠点です)。北の方の今も空地の所も鐘紡工場でした。
ここkらもスカイツリーが見えます。
墨田区東向島3-5-2に白髭神社があります。、創建は951年、近江国の白鬚(しらひげ)大明神(創建675年=近江最古)の分霊を祀ったのが起源です。ご祭神は、猿田彦大神(さるたひこおおかみ)で、旧寺島村の氏神として、商売繁盛、放災除け、厄除けとして崇敬を受けています。
本堂です。
白い髭の老人から、寿老人に見立てられました。
ここでは、寿老人は、白鬚大「神」となっています。

ミニご文体の乗る宝船は、最初の多門寺か最後の三囲(めぐり)神社でしか売ってないというのを思い出し、「しまった」と言ったら「ここでも売っていますよ」と親切な巫女さんが言ってくれました。そこで、ここで、200円で今年初のおみくじを引くと「大吉」。多くの人や物が集まってくるが、人の世話を忘れるなと書いてあります。一人前を忘れると全部パーだそうです。
多聞寺の巫女のおばさんは、寄せ書き色紙の出だしとミニご分体を求めたのだから、「宝船はどうしますか?」と聞くべきだったと思います。
岩瀬忠震(いわせただなり、1818-1861、)像があります。江戸時代後期の幕臣、外交官です。列強との折衝に尽力し、水野忠徳、小栗忠順と共に「幕末三俊」と顕彰されました。維新後に正五位を贈られました。島崎藤村の『夜明け前』にも岩瀬肥後の名で登場します。
墨田区東向島3-18-3に、都立庭園・向島百花園があります。9:00-17:00、無休。150円。都会の真ん中で江戸情緒を感じる庭園です。国の名勝・史跡。5月4日、10月1日は無料。東武東向島歩8分、京成曳舟歩13分。冒頭に帰した通り、かつての園主愛蔵の福禄寿像に文人たちが七福神巡りをできるよう、コースを編んだものです。
2025年12月20日から2026年1月7日まで、例年通にの皇室献上した春の七草が入口に飾られています。梅まつりは、2月7日(土)~3月1日(日)です。俳句・和歌が詠めます。
陶製の福禄寿像は、短身50smのうち、頭が40cmと言われますが、暗くて良く見えませんでした。こういう時は、カメラを突っ込んででも撮るべきだったと反省しています。
不老長寿の薬が入った瓢箪を携え、人望があります。普通、鶴か亀を連れています。
文化・文政期(1804-1830)に造られた庭園です。骨とう商を営んでいた佐原鞠塢(さはらきくう)が開園しました。当初は360本の梅が主体でしたが、ハギやススキなど詩経や万葉集に詠まれている植物を四季を通じて花が咲くように集めました。地元に住む文人も協力しました。1938年、東京都に寄贈されました。8718.5㎡。秋の七草、夏の七草もあります。9月のハギのトンネルが名物。
梅の花。
紅白の万両。
水仙。
墨堤通りに戻り、堤通り1-5-9に、1869年創業、1月2日より営業の志”満ん草餅があります(志に点々)。9:00-17:00、売り切れ次第終了。水休。私の前の人は10個包みを、10袋買っていました。賞味期限は当日のみですから、近所用?4人の女性が、必死に拍子木に包んでいました。来るのは4回目で、やっとゲット(水曜とか夏休みでした)です。HPには、七福神も紹介。03-3611-6831。
餡入りと餡なしとも、1個190円です。高い箱入りもありますが、バラで包んでくれます。数年前は140円でした。去年末は175円でした。餡なしは、付属のきな粉と白蜜をかけて食べます。緑色がとてもきれいで、生のヨモギをふんだんに使っています。さらっとのど越しがよく、後に全く残らないおいしさです。江ノ電極楽寺坂下の力餅(10個850円、賞味当日)を思い出してしまいました。
墨堤通り反対側の、鳩の街通り商店街、向島5-43-25に、羽子板資料館があります。10:00-17:00、木・金・土開館。
明治初期から昭和式までの押絵羽子板を、各地の郷土羽子板も取り寄せて50余点、展示しています。館長の西山鴻月さんは、墨田区認定のマイスターです。墨田区では、区が認定した名職人(マイスター)が、作業場を時間を区切って一般公開しています。
10分ほど南へ下った向島5-4-4に、創建は平安時代の円仁とされる、天台宗寶樹山遍照院・長命寺があります。寛永年間(1624-1644)、三代将軍家光が鷹狩りの途中で腹痛を起こし、この寺で休憩。境内の井戸水で薬を飲むと快癒し、長命水と命名。以来、寺の名前も長命寺になりました。
長命水の井戸です。
ここの弁財天は、有名な琵琶湖の弁財天の分身で、通称、老女弁天と呼ばれています。
長命寺裏手、向島5-1-14に、1717年創業の関東風桜餅の元祖、山本やがあります。土手の桜の葉を樽に所漬けにして考案してから11代目です。
特長は、3枚のしょっぱい桜葉ですっぽり包んであることです。桜葉の味と香りを添える他に、防腐・防乾の知恵も入っています。江戸における桜餅の始まりで、これだけ1年中、売っています。8:30-18:00、月・火休。1月1日~7日は営業。葉は充分に発酵しており、食べられます。「長命寺桜餅」は登録商標です。1個300円。小豆は北海道産、葉は西伊豆・松崎産オオシマザクラ。
江戸時代の浮世絵にも、へ山 さくらもちと、出ています。長命寺の名も桜もちがあるために知られたと言っていいほどです。
東大予備門にいた正岡子規が、山本やの2階を月光楼と名付けて3か月下宿していたのも、明治20年頃、お陸さんという美人娘が売り子だったためで、子規とお陸さんとの恋物語もありました。子規は、「桜の香を若葉にこめて かぐわしき 桜の餅 家のとにせよ」とか「鐘の音に 夢さめはてて 浅草や 朝の別れのつらくもあるかな」という意味深な句をいくつも残しています。
向島には、志”満ん饅頭と山本や桜もちと並んで、江戸末期創業の言問団子(ことといだんご)があります。向島5-5-2、山本やの道をはさんだ斜めです。1月1日~7日営業。火休。
小豆・白・味噌餡入り3種箱入り820円。こぼれやすいので、箱入りしか売っていません。都内の11店舗で販売。薄い皮の中はぼそぼそした餡で、団子は小さく、味は薄く、これが11店舗展開しているとは思えませんでした。応対もつっけんどんでした。店内でお茶と3個食べても820円です。
ここら辺は、餅屋、団子屋と寺社が入り組んでいます。地図は狭い所に詰めて書いてあるので、道行く人に聞くしかありませんでした。向島5-3-2に、黄檗宗(禅宗)牛頭山弘福寺があります。1673年、鉄牛道機が葛飾に開山、その後江戸時代、稲葉美濃守正則が現在地に開基しました。唐風建築様式で風格があります。
七福神の中で唯一実在した中国の禅僧で、弥勒の化身と言われる布袋尊が祀られています。
境内の祠には、江戸時代制作の50~60cmで石造りの「咳の爺婆尊」が祀られており、コロナ封じ・風邪封じ(インフルエンザ)の際には、祈願する参拝者が多く訪れました。
また、社務所では、せき止飴1袋300円が売られています。20粒くらい入っています。
最後に、向島2-5-17に、三囲神社(みめぐりじんじゃ)があります。三井家の江戸の氏神として知られるこの神社は、文和年間(1352-1356)、近江国三井寺の僧が弘法大師が創建したという祠を修復にかかると、白狐にまたがった神像が出土、どこからともなく現れた白狐が、神像の周りを3回まわって消え去ったという故事から名前が付きました。ご祭神は宇迦御魂之命(うがのみたまのみこと)です。
日本橋の越後屋(現在の三越)から贈られた恵比寿神と大黒神が、本殿の左手前の社に並んで祀られています。室町時代から商業が盛んになると、二神一体で商家に祀られることが多かった2つの神からから、商売繁盛のご利益をたっぷり受けられます。
これで七福神全て回り、色紙寄せ書きも、宝船に並べるミニご分体も揃いました。ちょうど16:00でした。今までは9:00-16:00だったのが、17:00と上から張り紙してありました。16:42の日没に近く、夕暮れぎりぎりでした。
恵比寿です。
大黒天です。
池袋の三越が2009年閉店の際、店頭にあったライオンが奉納されていました。
まだ日没まで40分あり、せっかくここまで来たので、東洋スカイツリーの真下まで行き、隅田川のリバーサイドウオークも歩いて、浅草駅から帰りたいと思います。文鳥の新太郎君には、日没後1時間ぐらい寂しい思いをさせちゃうけど、テレビはつけてあるので、エイヤッです。

三囲神社のある、通称、見番(けんばん)通りを最後まで行くと、向島2-3-5に、すみだ郷土文化資料館があります。9:00-17:00、月休、100円。見番は、向島芸者衆を監督手配する人のことです。
第二次世界大戦時の空襲画が多くあります。隅田川から東の下町は、1929年の関東大震災の時もそうでしたけど、東京では、火災による被害を集中的に多く出している地域です。3月31日まで、墨田の昔のくらしと道具展を開いていました。
墨田区でも、赤い所が空襲焼失地です。アメリカのB29 はサイパンが陥落して以来、毎日のように、東京に集中砲火を浴びせていました。
外に出てみると、ここは、海抜0メートル地帯なんだとつくづく思い知らされます。
東京スカイツリーが見えてきました。
スカイツリーの3階は、すみだ水族館です。10:00-20:00,希望日時に入館できるWEBチケットの事前購入がおすすめです。2500円。当日券は長時間、並びます。スカイツリー展望台も同じ。展望デッキ350m2100円。+展望回廊450m平日3100円、土日3400円。
展望台からの今日来た、隅田川の流れ(写真はお借りしました)。
展望台からのダイヤモンド富士。立春と立冬に沈んでいきます(写真はお借りしました)。

鹿島神宮から高千穂神社まで、古代の遺跡や神社が地図上で一直線に並ぶレイライン上に、東京スカイツリーや富士山はあります。
さて、スカイツリー周辺のソラマチは、後にして、浅草寺の方のミズマチ方面へ歩きます。
東武線浅草行きの真下のミズマチの動物シャンプー屋さん。墨田区観光協会とコラボして、おもしろい質問を張り付けています。あちこちに質問があり、町と対話できます。
道北側の墨田公園も、コラボして、色々な質問が立っています。

向島1.2.5丁目にわたる82,025㎡の隅田公園は、1931年にオープンしました。老朽化対策で、2025年3月まで、中央の瓢箪池をかいぼりし、循環型に池を拡張して便利にリニューアルしました。東京ミズマチの前の広場になります。質問もいっぱい立てました。
北側の墨田公園少年野球場には、王貞治の1本足打法のレリーフもあります。巨人軍コーチ荒川博が王選手を偶然見かけたのも、ここでした。プロ野球史を大きく変える運命的出逢いです。
2023年訪れてみたいアニメ聖地として、リコイル・リコリスが選ばれ、隅田川水上バス乗船特典がつきました。日本の治安の良さを裏で支えていた少女ちゃん部隊です。アニメは2022年TokyoMXなどで放映されました。隅田川の東京水辺ラインの吾妻橋船着き場は、このすぐ先です。
2020年、すみだリバーウオークが、東武線沿いに1.4kmできたおかげで、わざわざ言問橋や吾妻橋に回らなくて、隅田川の真ん中を、一本です。7:00~22:00。
すみだリバーウオークも、夕暮れてきました。
隅田川の夕焼けがきれいです。
伝法院通りに出ました。中央の十字路で折れ曲がれば、仲見世を浅草寺まで一直線です。
628年創建の聖観音宗金龍山・浅草寺宝蔵門です。
浅草寺本堂には、100m手前から、たくさんお願いをして波動砲を発射しておきました。
みんなに、いいことがありますように!
さあ、仲見世を雷門へ帰ります。空も夕焼け空で、お客さんも真剣に買うよりも、お正月の雰囲気を楽しんでいるみたいです。
雷門は、日暮れても参拝客が絶えません。
人力車のお兄さんが客待ちしている脇から、東京メトロ銀座線上野行きの入口へ降ります。浅草17:01発ーJR上野乗換(17:08-17:18)ー西武池袋線池袋乗換(17:35=17:40)ー石神井公園着17:51ー自宅着18:01。
文鳥の新太郎君は、首を長くして、待っていました。暗くなっちゃって、ごめんね。
もう、外は暗いぞと、文鳥の新太郎君から一言、注意です。
自宅では、八手の花が、白い粉を散らせて満開です。
ここまで読んで下さり、お疲れさまでした。皆と七福神を回って、福のおすそ分けができました。
ゆっくり休んでくださいね。
4年間にわたる東京散歩は、「東京散歩&健康情報・総索引(第3版)からご覧いただけます。もし、よかったら、フォローもお願いします。
このブログは、JUNさんとウエンツ夫人とみてうなさんのご厚意によって、リブログされました。
今年の朝ランも、脂肪肝を振り落とすべく、再開しました。人生に、上下や勝ち負けはありません。自分との戦いが待っているだけです。月一の朝ラン報告も変わり映えのしないものです。
私が20年前、早大院で調査した埼玉県三芳町が1月13日のNHK首都圏ネットワークで放送されました。江戸から360年、落ち葉を2年かけて堆肥にして土壌改良技術でおいしく、環境にもやさしい野菜を育てる農法が、2023年7月、武蔵野の落ち葉堆肥農法として関東地方で初めて世界農業遺産に認定されていました。落ち葉掃きを手伝うとサツマイモ入りのけんちん汁が振舞われます。地道な努力が、長い時間をかけて、大きな実を結ぶこともあるんだなあ。
今まで長い間、応援・励まし・癒し、本当にどうもありがとうございました。社会的孤立の独り者にとり、認知症の前に、終身サービス(公正証書遺言・身元保証・任意後見・財産管理・死後事務委任先)を選び、費用は虎の子の200坪を売って捻出し、施設に住み替えが必要です。
当面は、確定申告や新しい植木屋との応対が、始まります。どれも手を抜けません。
みんなが、これからも、幸せになるよう心から願いつつ、一休みさせていただきます(グッピグ返し、コーデ返し、グッピグ広場などで1日2時間近く取られます)。
もう3年前から、主だった散歩コースは底をついている旨、みんなに悩みを打ち明けてきました。今回は、アップ上限ぎりぎりまで書いているわけではありません。ただ、積もり積もった疲労と、結局、脂肪肝になってしまったことを考えた上での措置です。
みんなは、もう歳だからという年齢呪縛を振りほどき、これからも、若々しく生き生きと過ごしてくださいね。最後は気力!とりあえず、お元気で、さようなら。


































































































