明けましておめでとうございます!いつも、ちゃちょの東京散歩のブログへようこそ!日本一の繁華街・新宿歌舞伎町の静かな寺社から、東へ七福神を巡ります。来週は、東京のパリ・神楽坂(かぐらざか)のグルメご招待。今年もよろしくお願いします。
2005年1月5日(日)の東京・練馬は、最低▲1.6℃、最高10.0℃で、平年通りやや寒い晴天でした。
1月6日(月)の仕事始めは、前線が来て全国的に広く雨になりました。今週末は、この冬一番の寒さで、日本海側は警報級の大雪です。東京も12日降ります。しかし、9日に発表された1ヶ月予報では、2月は、高温で小雪の傾向です。
今回訪れる新宿区は、東京都のうち23区の中央にあり、JR新宿駅からJR飯田橋駅へ歩きます。
新宿区は、面積18,225㎡、人口358,135人(2024年12月1日)、人口密度19.656人/㎢です。
新宿~飯田橋は、直線5.0km、JR中央線以外に、各所でメトロが交差します。実際は、道沿いに遠回りしたり、寄り道もします。
新宿区のマスコットキャラクターは、部門別にいますが、アンパンマンを描いた、やなせたかしさんの「新宿シンちゃん」(防犯部門キャラクター)が、圧倒的に人気です。
新宿山手七福神は、昭和初期に創設され、正月松の内だけでなく、年間を通じて巡拝できます。七福神は、室町時代から興りました。江戸時代には、日本全国に広まりました。
特に関西では、日本古来の恵比寿を「えべっさん」と呼び「商売繁盛で笹もってこい」と9(木)~11(土)、神社で掛け声をかけ、縁日がかかります。女官が衣装を着て乗る宝恵駕籠が出るときもありますね。参拝を終えた人たちが金色のえぼしをかぶった「福娘」に「米俵」や「鯛」などの縁起物を笹に取り付けて貰った「福笹」を買い求め、今年1年の福を授かって、持ち帰るのです。
ミニご尊損@500円(3.5cm,8.5g)、宝船1000円(14cm、18.7g)です。計80.7g。軽量級。
去年行った江戸初期からの目黒・元祖山手七福神(計243g、@5cm23.2g、船板29.5cm)は、同価格で重量級です。 :山手最初七福神を歩く! ご参照。
★太赤字は、各ホームページにリンクしていますから、タップすれば、すぐそこへ飛びます。
七福神は、正確には神様ではなく、仏様です。大黒天・毘沙門天・弁財天がインド密教由来、
恵比寿だけが日本の仏様です。平安以降、恵比寿と大黒天が、それぞれ福徳の神として信仰され、室町に5柱が加わり、江戸に七福神詣でが盛んになったのです(福禄寿と寿老人は同じ仏様だとする説もあります)。
宝船に乗った七福神の絵が吉夢を呼ぶとされ、初夢を見る日は枕の下に敷かれたりもしました。従って、お正月しか七福神巡りができないというところが、多いのです。
ここの七福神巡り用特別色紙は、800円、ご朱印は@400円です(タテ1行・印3つ)。日付印なし。
どこから回ってもよいのですが、今回はJR新宿駅西口からJR飯田橋駅西口を目指します。最後の飯田橋前の外濠通りを超えた「神楽坂下」から大久保通りと交わる「神楽坂上」までの早稲田通りを、「神楽坂」と呼びます。新宿から牛込を通り、神楽坂を抜け、飯田橋駅です。そこから神楽坂を登って、神楽坂老舗&グルメ巡りを、神楽坂1~6丁目内で探検します。
(新宿観光案内所「新宿山手七福神めぐり」マップ部分。日/英。A3版、新宿区観光振興協会)
:新宿を歩く! :牛込を歩く! :神楽坂を歩く! でも、部分的に歩いています。参考まで。
現地を、11:19から15:22まで歩き通しで、26,258歩、903kcal、16.81kmでした。いつも言ってますが、紹介散歩コースは、直線で一歩も迷わず無駄なく歩いた数値で、実際は2~2.5倍歩きます。
さあ、10:45自宅出発です(朝3時まで現地詳細を調べています)。母校早稲田は、箱根駅伝は最近になく4位にまで健闘、来年は優勝を目指します。大学ラグビーは、13日に帝京大と決勝戦です。
地元・練馬区の西武池袋線・石神井公園駅11:02発池袋行き急行に乗ります。ノンストップで池袋11:14着。酔っぱらって、線路に降りた人がいて、余波でダイヤが少し乱れています。
今はいろんなルートができたけど、単純に石神井公園ー池袋、JR山手線で9分で新宿が一番早くて、わかりやすいです。
JR新宿駅南口11:29着。この甲州街道に面した通りは上げ底なので、階段を降りて地上へ。
新宿区新宿3ー37-2に、新宿区観光案内所があります。10:00-19:00無休。休12/29-1/3。インバウンド対策に、ATM、コインロッカー、チケット・お土産まであります。もちろん、詳細地図がお目当て。特に神楽坂は、100軒くらいの店がひしめいており、「神楽坂まち歩きマップ」は必須です。パソコンからでは、ノミのような字に縮小されます。A1版で無料ゲットは、ここだけです。
1月6日の日本経済新聞夕刊に、新宿の再開発構想が載りました!西口を中心に、京王が2028年にホテル&複合施設、小田急が2029年に商業施設を完成、JR東西の回遊性も高まります。
さて、山手線内(東)側の案内所を出て、地下をメトロ丸の内線が通っている新宿通りを600mほど歩くと、新宿三丁目駅を越え、新宿御苑前駅まで行きます。そこを、北に30m裏手の新宿2-9-2に、浄土宗霞関山・太宗寺(たいそうじ)が、あります。1668年開山、本尊阿弥陀如来。内藤新宿を江戸中期に興した内藤家の菩提寺。本堂は鍵が閉まっています。ここは見るものが多いです。
西から東へ七福神を巡る人たちにとって、ここが最初のお詣り場所なので、本堂脇にはきちんと値段表までぶらさがった寺務所があり、いろいろパンフレットやもらったものを入れられる、七福神用の手提げ紙袋まで下さいました。ここ出発で正解!(反対側の善國寺には、同種サービスゼロ)
不動堂。額の上に銀の三日月のある三日月不動明王の前に、布袋さんの小さな像があります。
布袋ご本尊は、正月7日間見られます。分厚い座布団の上に、座っています。
太宗寺には、江戸六地蔵の三番目が、1712年、銅造地蔵菩薩坐像として造立されました。京都の六地蔵に倣い、江戸の出入り口6カ所に造立され、病気平癒が祈願されました。どれも270cm前後。
夏目漱石が『道草』で、幼い頃、この頭によじ登ったと書いてあります。
・第1番 品川寺(品川)真言集醍醐派 1708年 旧東海道 :品川を歩く!
・第2番 東禅寺(浅草)曹洞宗 1710年 奥州街道 :浅草を歩く!
・第3番 太宗寺(新宿)浄土宗 1712年 甲州街道 :新宿を歩く!
・第4番 真性寺(巣鴨)真言宗豊山派 1714年 旧中山道 :染井を歩く!
・第5番 霊巌寺(江東白川)浄土宗 1717年 水戸街道 :深川を歩く!
・第6番 永代寺(江東富岡)高野山真言宗 1720年千葉街道 明治の廃仏毀釈により現存せず
閻魔堂の金網に「ボタンを押せば1分間だけ電気が付きます」と書いてあり、1657年造立で、高さ2.7mもある閻魔さんが、金網の奥にいて、網目からカメラを突っ込みました。恐ろしい形相と波動を感じます。話を聞いてもらえそうで、あちらの世界の故人のことをお願いするといいです。
閻魔さんの左に、1870年造立で、高さ2.4mの脱衣婆像も浮かび上がり、ぎょっとしました。三途の川の向こうで、閻魔大王を手伝います。衣服を無理やり、はぎ取って、重さから罪の重さを調べます。生前の業で自動的に、橋を渡るか、浅瀬を歩くか、深い所を泳ぐか決まります。濡れた衣服は当然、重いですね。東京で、脱衣婆像は珍しく、閻魔さんより恐い迫力です。
ここには、内藤新宿という甲州街道にあった宿場に場所を提供した高遠藩内藤家の菩提寺になっています。歴代一族の墓があります。日本橋から2里以内の最も近い江戸四宿(えどししゅく)の1つで、江戸の出入り口として重要な役割を担っていました。飯盛女の数は上限が決められていました。地元有力者が、新たな繁華街を狙い、上納金5600両で幕府に願い出て、審査されました。
・千住宿 奥州街道・日光街道・水戸街道 飯盛女150人
・板橋宿 中山道・川越街道 150人
・品川宿 東海道・品川湊(みなと・目黒川河口) 500人
・内藤新宿 甲州街道・青梅街道 150人 既に今の歌舞伎町の元はあったのです
江戸六地蔵と同時に1712年に造立された塩かけ地蔵です。参拝者が持参した塩を持って願いをかけ、願いがかなったときは、倍の塩を返す習慣があります。これだけ真っ白なのは、強力なパワースポットですね。
さて、太宗寺からジグザグに1.2km北へ、新宿三丁目、オアシス的な花園神社、歌舞伎町のはずれの区役所通りに並ぶホストバーを通り抜けて、恵比寿のいる稲荷鬼王神社を目指します。伊勢丹の中でも最大級の新宿店(新宿3-14-1,三丁目十字路)は、旗艦店であり、つぶれる気配ゼロです。
新宿5-17-3にある、新宿総鎮守の花園神社の境内を裏へ抜けます。5日なのに、すごい行列です。関東だけの行事・11月の酉の市が、人出が多く有名です。混沌とした新宿のオアシス的存在です。
試しに、100円のおみくじをエイヤっで引くと、今年は大吉のようです。よく気をつけないと後になって、損をすると書いてあります。上り切った運勢だからね。凶から始めれば恐いものなし。今回の七福神のある寺社では、新太郎君とちゃちょのことばかりでなく、ブログを読んで下さっている皆さんのご多幸も祈願いたしました!
花園神社の裏手(JR新宿駅寄り)は、新宿ゴールデン街が一番街から五番街まであり、300軒くらいのバーやクラブが、夜になると賑いを見せます。わざわざ「あかるい花街」と書いてあります。
斜め西北方面に新宿区役所(歌舞伎町1-4-1)があり,在留外国人に無料日本語教室があります。
但し、ここも歌舞伎町の一角で、ホストバー・ラブホテルが並び、ご覧のように昨日の売り上げNo.2のホストがたまたま映し出されています。魔界です。この区役所前通りを500m北上します。
さあ、歌舞伎町2-17-5に、日本で唯一、鬼王権現を祀る稲荷鬼王神社があります。1653年創建の稲荷神社に、1832年、百姓が熊野から勧進した鬼王権現を合祀したものです。繁華街は善悪が入り乱れ、犯罪がらみの「気」から守る、ダークな力に強い、ご祭神が黒っぽいお稲荷さんです。
毎晩、水鉢から水浴びの音が聞こえ、刀で切りつけたところ、却って災難に見舞われたため、1833年、手水鉢を背負う鬼が、寄進されたと区の掲示板には出ています。この種のランクはみな、新宿区指定有形文化財です。高さ1m安山岩です。ちょうど出てきていたお坊さんに聞くと、相撲の力士が、四股を踏んで邪気を追い払っている姿だそうです。う~む、人によって違う。
ここはご開帳がなく、代わりに、小さな恵比寿神社の鳥居の上に、ガラス張りの恵比寿の宝船があります。
1902年奉納の狛犬は、お腹に子供の狛犬を抱え、さらに子供が毬(まり)を咥えています。狛犬は神社を守っていますが、子供も守り育てています。子供が毬を咥えているのは、魔除けや幸運を象徴しています。
参道をはさんで1930年富士塚が建立されました。どこの富士塚とも同じに、富士山の溶岩・玄武岩で作られており、富士山の神聖さや象徴性を高めています。
本殿賽銭箱脇に、東京神社庁の一月の生命の言葉が置いてありました。「ふりつもる み雪にたへて いろかえぬ 松ぞををしき 人もかくあれ」。激動を耐えに耐え、自らマッカーサーに首を差し出し、高度経済成長への国民のやる気を引き出してくれた、昭和天皇のわかりやすい和歌です。
ここからは、抜け弁天通り&大久保通りを、東の飯田橋へ、ひたすら歩きます。地下を都営メトロ大江戸線が通っています。

都営大江戸線・東新宿駅(2000年開業)に直結する、新宿6-27-30にある新宿イーストサイドスクエアです。2012年開業。1700坪、地上20階、地下2階です。緑化40%、地域と一体化した遊歩道などの回遊性を持っています。1フロアの床面積は1789坪で都内最大級です。オフィスビルです。
台町坂通りとÝの字に交わる手前に、ぱっと見、人の家に入っていくような塀の入口に、永福寺の門札・福禄寿尊という柱が建っています。幅が狭いので、見落とすところでした。
奥の新宿7-11-2に、1648年開山の曹洞宗大久保山・永福寺があります。右奥の木陰に、家屋玄関を兼ねた寺務所があります。新宿区のパンフレット類が充実していました。インバウンドのふくよかな体形の中年女性グループが、2組、来ていました。それぞれ背が低い日本人女性ガイドつきです。
小さな福禄寿堂があり、ご開帳で、福禄寿像が安置されていました。照れたような喜びの顔です。
新宿区には珍しい露座の銅造地蔵菩薩半跏像の半跏趺坐(はんかふざ/座禅の坐法で一方の足先を他方の大腿部の上にのせて組む座り方)が、右側にあります。像高1.08m、1853年鋳造。
その左には、銅造大日如来坐像の金銅仏があります。像高1.7m、1709年鋳造。
ここは、道が何方向にも分かれており、3つの巡り先が信号をまたいで集中しています。西向天神社というのは、初7日以外に訪れた際、狭いすき間の小さな弁財天の社務所を代行しています。今、永福寺・福禄寿を巡りました。従って、厳島神社・弁財天へ向かいたいと思います。
ちゃちょは、ここで、初7日を過ぎると西向天神社へ行ってご朱印をもらい、厳島神社には寄らない不届き者が案外、多いのではないか、と勘繰りました。ちゃんと7か所で手を合わせ、めぐらないと、七福神は、結願(けちがん)しません。
抜け弁天通りと、Ýの字に接する台町通りの三角形の狭いすき間、余丁町8-5に、厳島神社があります。由緒があり、1086年、源義家が、富士山を望みながら、日本三大弁財天の安芸の厳島神社へ勝利を祈願したのが創建です。北から南へ抜けられる境内です。本堂は左の狭い三角形の中です。
抜け弁天は、苦難を切り抜けられるのと、掛け言葉になっています。
狭い三角州にある厳島神社三角州にある厳島神社・抜弁天本堂です。右脇社務所で初7日だけ戸を開けて出張してきた神官がお手伝いの若い女性陣と共に、ご朱印とミニご本尊の受け渡しをしてくださいました。この先は、今来た西側の抜け弁天通りです。
ここは、江戸六弁天の1つです。仏教の弁財天と神道の市杵島姫命(いづきしまひめのみこと)が、習合しています。あとは、リンクしたページにある墨田・上野・木場・深川・王子滝野川です。江戸の人たちは、太宗寺で見た、江戸六地蔵などとセットで寺社巡りを楽しんでいたのです。
本堂の逆の左脇には、手水に怖い顔をした龍と、池の草の陰に隠れていますが、30cm近い、大きな金魚が3匹以上、隠れています。白赤と、金色のしっぽが少し見えますね。縁起がいいです。 牛込を歩く!で去年の2月に来た時も、誰もいない境内で、近所付き合いのない東京でも、池は、寺社同士できちんと協力し合い、管理されていました。
反対側の信号を渡ると、新宿6-20-16に、江戸前期創建の日蓮宗春時山・法善寺があります。
本堂には、保存がよい七面明神像があります。山梨身延山の北にそびえる七面山に住む女神です。唐風の衣装に宝冠をかぶり、左手に、仏に献上して成仏を約束された火炎如意宝珠、右手に、正法を開いて人々を救う鍵を持ちます。万治年間(1658-1661)に駿河から移されました。
ご本尊は、仏・法・僧の三宝尊です。
本堂の右側に、寿老人と書いてあり、奥の棚に小さく安置されていたのを、ズームしました。
日蓮宗の今月の聖語です。心も身体も疲労と休息を繰り返し成長します。人生は思い通りにならないことの繰り返し。自分と違った意見や考えがあるのは当然です。自分の方から心の器を広げようと言っているのです。1280年、59歳のときの日蓮聖人が、手紙に書かれた言葉です。
抜け弁天通りの都営大江戸線・若松河田駅(真北600mに早稲田大学)を超えて、大久保通りへ名を変えて1.6km、牛込柳町駅前の原町1-14に、1598年開山、日蓮宗大乗山・経王寺があります。参道階段、即境内というくらい狭いのですが、とても活発に活動され、工夫されています。回り中にもっと広いお寺がいっぱいあるのに、ここの方が繁盛?しています。
ここは、ご本尊自体が大黒です。登り切った右側に石像があります。
反対側の登り切ったところにも、小槌を振りかざした大黒です。
階段右側の社務所には、左に、3回振る小槌と、右に、なで大黒があります。
リンクしたHPから分かるように、法話・写経・講話・ヨガと5種類、絶え間なく住職一人が八面六臂で、活躍しています。2分のYouTube紹介のように、絶えずスキンシップを図っています。HPに、各種スケジュールが載っています。やるのが好きな地元出の住職・互井観章さん(65)です。
・この日、1月5日は、上の張紙のように毎月1回の日曜3時~4時半の心灯会。イス使用(以下も)。
・写経体験は毎日、9~16、21字500円15分、般若心境他90分1500円。定員6名。
・法華経講話、毎月1回15時~17時。2000円。
・ヨガ 毎月土2回15時~、19時~。定員8名2500円(女性インストラクター、着替え水マット)・
・Friday night法話 毎月1回金19時~20時半。定員30名。2000円。年後半はアニメでナイト。
大久保通りと交わる坂上から、早稲田通りは、坂下まで神楽坂と呼ばれます。平時12~13時と、日曜祝日の正午~20時は、歩行者天国です。
坂途中の神楽坂6丁目に、漫画家・植田まさしさんの4コマ漫画の主人公・コボちゃんのブロンズ像が、暖かい服を着せてもらっていました。上田さんは1982年の連載当時から神楽坂の住人です。
大久後通りを通り、神楽坂上で神楽坂下に曲がる1.6km先、神楽坂5-36に、徳川家康が1595年開山の日蓮宗鎮護山・善國寺があります。ご本尊は三宝尊(法善寺で紹介)。このお寺は、神楽坂のシンボル的な存在です。さまざまなイベントが、HPに紹介されているように、あります。
・節分豆まき2月2日 ・花祭り4月8日 ・まちめぐり5月18・19土日 ・ほおずき市7月23・24水木 ・阿波踊り7月26・27金土 ・まち飛びフェスタ10月12~11月3(坂にお絵描き・落語・アート展示・店舗レース・キャンドル作り・組み紐作り・茶会)
7月夏祭りの後半の26.27土日は、全国から30もの連が集結します。
毘沙門天です。毘沙門講話を毎月5日14時から1000円で1959年から開いています。
江戸3毘沙門天の随一として尊崇され、愛され続けています。あとは、港区の正伝寺、浅草正法寺です。
境内の石虎は、毘沙門天の化身と言われています。
神仏研究家・文筆家の桜井識子さん(63)は、七福神巡りを何回もするごとに運気がアップすると、述べています。2024年12月出版の「七福神めぐりのすごいひみつ」を読みましたが、素人っぽさが文章の売りでおもしろいです。個人の感想文のようですが、30冊以上書いていて、プロの方です。
引き続き、周りのおしゃれな神楽坂を、一旦、坂下まで下りて、まず神楽坂の特徴、そして順にジャンル別に神楽坂1~6丁目のお店に絞ってご紹介していこうと思いましたが、字数制限(HTML換算6万字)近くまで来ましたので、ここまで。17日0時「神楽坂を食べる」として、アップします!
JR飯田橋駅西口まで来ました。駅舎の2階には、「史跡眺望テラス」があり、江戸城の外濠や牛込見附跡を眺めることができるスポットです。2021年7月オープンです。デリ・マーケットとゴディバのカフェが入っています。
牛込御門の門跡です。
江戸時代の牛込御門です。
牛込御門は、上州道に通じる交通の要所で、敵の親友を防ぐ見張り所でした。皇居外濠の「の」の字形外濠は、水流に徳川家を守る気が、慈眼和尚によって封じ込められました。
飯田橋は、渋谷・新宿・池袋というJR・私鉄・メトロのターミナル御三家、メトロ・ターミナルの大手町に次いで、東京中心部分の一種のターミナル駅だとも言えます。
さて、新宿(区)山手(地域)七福神めぐりも終わりましたので、メトロ有楽町線で池袋へ出ます。
メトロは4路線走っていますが、有楽町線は、ちょうど西口の下にあり、15:22発に乗ります。9分で池袋15:31着。西武池袋線池袋15:40発準急、石神井公園着15:53、自宅着16:03。
ちゃちょの年越しそばは、イオン傘下の近所のビッグエーの茹で1分の茹で蕎麦38円です。あとは、かき揚げ・海老天はスーパーで買って冷凍しておいたものを戻し、海苔とわかめ、ゆずを乗せて完成です。ゆずは自宅に生えてます。独り者に相応しく、分相応に食べてます。
おせち料理も、300~500円の焼き豚、黒豆、湿昆布、子エビの鬼殻焼きだけパックで少量買いました。あとは、紀文の適量セット1458円税込みだけです(半分のかまぼこ・伊達巻・卵焼き、細いなると巻き)。お餅と三つ葉、青のりを乗せて、38円の冷凍鳥ガラから汁をとりました。
イオンのトップバリュベストプライス・ノンアルコールビールテイスト350ml,95円。3口で充分。3が日の朝食。あとは、普通にサラダ切り刻みと、フルーツのみ。
文鳥の新太郎君は、今年も元気です。カメラはいやがりますが、引き出しにしまうと、手の平にスポッと入ってきます。背中にキスをすると、うっとり目を閉じて、体が丸く小さく固まります。
今年も文鳥さんが人生の相棒だね、よろしくね!
ここまで読んでいただき、お疲れさまでした。
うまく休みを取った人は9~10連休取って、仕事明けは、まだ慣れないから、しっかり休んでね。
今年も、よいことがいっぱいありますように。
今年も、仲良く、よろしくお願い申し上げます。
来週(1月17日0時)は、引き続き、周りのおしゃれな神楽坂を、一旦、坂下まで下りて、まず神楽坂の特徴、そして順に、ジャンル別に神楽坂1~6丁目プラスαのお店に絞ってご紹介していこうと思います。題して「神楽坂を食べる!」をアップです!
このブログは、JUNさんと、ウエンツ夫人と、たまからのママさんのご厚意によって、リブログされました!「コメントが盛り上がっています」になりました!
★東京散歩で行ったところ全部の索引ページもあります。3年間の軌跡を、いろいろ見て参考にしてね!
まだ寒くても、実は、春はそこまで来てるよ!
ほら、ちょっと手を伸ばせば、すぐそこに、幸せがあるよっ!人生OKオールライト!
(去年の元旦は、能登地震だったことも、静かに胸に受け止めています。一歩でも前へ)
都内の主だった、ほとんどのコースは歩いてしまいました。どんな東京散歩コースの本も、今まで歩いた所ばかりです。しかたないので、運動不足解消はしたいので、今回みたいに、既に歩いたコースの部分部分をつなぎ合わせて、別方向からや新しい切り口で歩いて見たり、軽く触れただけの部分をおもしろく深堀りしていって、しのぎたいと思います。
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★どこか、東京・近郊で、他に行って見てほしいところ、
★もっと、ここのこういうところを、深堀りしてほしい、
★思い出の穴場コースの今を知りたいとか、思いついたら、コメント欄やおしゃべりで、自由に教えてくださいね。
(活動費としては、あくまで、よくて週一で、交通費とランチ代ぐらいしか出せないのですが)
それまで、みんな元気でね。じゃ、またね。





















































































