成功体験を重ねること③(パニック障害) | 介護と私とColosseo(ヒーリングと石鹸の家)

介護と私とColosseo(ヒーリングと石鹸の家)

子ども二人。孫三人。
夫は5年半の闘病の末2024年4月に他界。
色々大変なこともあるけど
地球を大切に、自然と共に、大地を癒し、穏やかに生きていけるように。
日々の記録を残してます。

このシリーズ最初①


このシリーズ②



⛄ ⛄ ⛄ ⛄ ⛄ ⛄ ⛄ ⛄


「未来の私はできる状態にある」


なんで急にこんな風に思えるようになったんやろ……

と思うけど、たぶん急にではなくて、ほんまに一歩…いや半歩くらいずつ回復して、発症前の心身にかなり近づいたんかなと思ってます。




発症当時1年くらいは、

1人が不安で恐怖で、立ち上がれば目の前が真っ暗になり、手先は冷たくなってしびれ、どうやっても足が前にでない日も。

食べることも難しかった頃




それでも生きてるので生活はしないといけません。


徒歩2分のスーパーに行くために、水・薬・お薬手帳・アメ・アロマをカバンに入れて、玄関で何度も何度も「大丈夫」と言い聞かせ、最低限の物を買って倒れ込むように家に戻ってました。



車で5分のコンビニも、行こうとしても玄関を出ることが無理で、行けるまでに数日必要なこともありました。



ネットで済む用事はたくさんあるので、使ったこともありますが、外に出るのは怖いけど、それ以上に

「こんなに動かないでいると体が弱っていく😥」という恐怖。

50代後半にもなれば筋力なんてあっという間に落ちていきます。

自分のことが自分でできなくなったら、もう施設に入るしかなく、まだそれだけは許せない。



行きたい所に行きたいという気持ちもあるし、

「新しいあのお店行きたい!」とか

「あそこのあれ見たい!」という楽しみは諦めたくないとずーっと思ってました。



どう負荷をかけて自律神経の耐久性を高めるか。

高めるゆうか元に戻したい。



2年くらいは外出時、誰かに同行をお願いすることが多かったけど、3年目くらいから、気候が良く調子も良さそうな時は、1人でちょっと無理をするようにしてました。



最初は車でトンネル通ることやったかなー……

1回目は頓服ありで。

2回目は頓服なしで。

頓服無しだとなかなかの緊張感で、ヒクヒクしながら帰ってきました。

「行けた!なんとか行けた!大丈夫やった!」と、お恥ずかしい話やけど、何度も自分をほめましたよ。


その後も


電車で大阪市内まで出る。


映画を観る。


1つ1つやっては「できたできた!行けた!」とほめながらも、疲労が酷くて玄関で座りこむくらい。



修行?(笑)


たいしたことでないのに、これまで何も考えずにやってたのにね😅



昨年の、1泊外泊はかなり自信になりました。

1人でホテル1泊



堺バルーン(気球)に乗るのもだいぶ悩みました。「気球上がって発作になったらどうしよう😰」って。

アクシデントがあったので、頓服使ってますが無事に行って帰ってこれました。

気球初体験




これらの成功体験は脳神経から不安や緊張を減らしてくれます。



もともと思考型なんで、今も色々考えますが、内容が楽しみなことや好きなことが多く緩い思考です。



調子良くない日もあるやろうけど、このまま、ゆっくり成功体験重ねていきます。 



⛄ ⛄ ⛄ ⛄ ⛄ ⛄ ⛄ ⛄


旦那との5年4ヶ月、このブログのまとめ本です。

大動脈解離・大動脈瘤手術・脳梗塞・リハビリ・介護施設・介護

あと、アスペルガー夫・カサンドラ妻の話も少し。

興味のある方に読んでいただけると嬉しいです。