皆さま、おばんです!
まずは毎度のご報告から。
先日UPしたブログが本日のアメトピに掲載されました。
運営さん、今回もありがとうございます!
こちらの記事でした。
一度と言わず二度三度とチェックくださいね。
今日は昨年11月に訪れた平成筑豊鉄道伊田線から
藤棚(ふじたな)駅の訪問記です。
伊田線が第三セクター化した直後の平成2年に開業した藤棚駅。
「どこにでもありそうな無人駅」
と決めつけながら見てたのですけど
マジで甘かったです。
実は駅前に廃線跡がある超マニア好みな駅でしたの。
それを知ったのは
平成筑豊鉄道の旅を終えてからのことでして…
後悔先に立たずっていうやつです。
平成生まれの駅でも下調べはしっかりとしましょうね。
駅前にある廃線跡については
ブログの最後で触れることにしまして…
まずは藤棚駅の様子からです。
複線区間の伊田線に平成2年に設けられた駅で
相対式ホーム2面2線構造。
2本のホームは伊田線の下を潜る市道を中心に
千鳥配置されてました。
直方駅方面行きホームから見た金田駅方面行きホームです。
上下線のホームはこんな感じで離れてましたっけ。
こちらが直方駅方面行きホームの全景でした。
ここの駅前広場が廃線跡です。
その正体は後ほど。
ホームを出て西に進むと
伊田線を潜る市道が見えてきます。
伊田線の下を潜りますが…
プレートガーター橋を見るとココロオドルのは
自分だけじゃありませんよね?
ガーター橋を支える橋台は昭和33年に整備されたモノです。
そのことを記す銘板が貼られてました。
伊田線の下を潜り西に進むと
金田駅方面行きホームが見えてきましたよ。
ホームに上がって再び構内を眺めます。
対面側にある直方駅方面行きのりばは
こんな感じで見えました。
さてさて
冒頭に書いた「藤棚駅の駅前にある廃線跡」の件です。
藤棚駅は平成2年に開業したことを書きましたが
実はそれ以前にも
現在地とは別の場所に藤棚駅が存在してたのです。
その藤棚駅が営業していたのは
明治31年から昭和20年までの47年間。
中泉駅から日焼(ひやき)駅に伸びる貨物支線上にありました。
下は国土地理院のサイトから転載した昭和22年撮影の航空写真ですが
藤棚駅はこの辺りにあったと思われます。
日焼駅に伸びる貨物支線は昭和20年に廃止され
支線上にあった藤棚駅と日焼駅も同時に廃止されましたが
これはあくまでも書類上での話。
実際のところ、貨物支線は中泉駅の構内に扱いが変わっただけで
日焼駅までの貨物輸送は
昭和30年代半ばまで続いていたみたいですね。
上の写真に現在の藤棚駅のホーム位置を付記しました。
画像の左下辺りが昭和20年に廃止された藤棚駅です。
当時の藤棚駅は石炭積場を持つ貨物駅だったとのこと。
画像を注視するとホッパーらしき構造物が写ってましたよ。
そんなことで「直方駅方面行きのりば」側の駅前広場は
日焼駅まで伸びてた貨物支線の廃線跡。
そんなことも知らずに
ホームからぼんやりと景色を眺めていましたとさ。
画像の左に緩くカーブしている市道が写りますが
これこそが貨物支線の廃線跡なはずです。
それと駅前広場のどの辺りに
支線の線路があったのか疑問でしたが
そのヒントが駅前広場にある神社の祠にありました。
「奥の院藤棚」の祠ですけど
昭和36年撮影の航空写真を見ると
この祠のすぐ前を支線の線路が横切ってましたよ。
そんなことで、現在の藤棚駅は平成生まれの歴史が浅い駅でしたが
駅前は明治時代の廃線跡という
廃線マニア、駅ファンが喜ぶ要素が満載でした。
ブログでは何度も書いてますけど11月に九州を旅する予定です。
藤棚駅に再訪できないか思案していたところでしたよ。
直方駅
藤棚駅(令和7年11月8日)
中泉駅
赤池駅
糒駅
下伊田駅
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