ご訪問ありがとうございます。
記事は憶測で書いてますので内容に誤りがありましたらコメント等でご指摘頂けると助かります。
全国のJR駅が見たい時はこちら→ 第三セクター・私鉄駅が見たい時はこちら→

 

皆さま、こんにちは!

 

まずは毎度のご報告から。

一昨日UPしたブログが今日のアメトピに掲載されました。

運営さん、今回もありがとうございます!

長山駅の大学駅名2キロ

 

こちらの記事でした。

一度と言わず二度三度とチェックくださいね。

 

 

今日は飯田線・長山(ながやま)駅の訪問記です。

ブログの表題の通り

ここは戦中に消えた「長山遊園地」の最寄り駅でしたが

その件は後に触れることにしまして…

 

長山駅は飯田線の前身である豊川鉄道の手により明治32年に開業。

決して大きな駅ではないのに

開業より126年の歴史があるというのですからスゴイですよね。

長山駅の現代的な駅舎と駐輪中の自転車・バイク

 

今ある駅舎は国鉄時代から使われていた木造駅舎に代わり、

平成18年に建て替えられたモノでした。

長山駅:青いスクーターと自転車、JR駅舎

駅舎の左側にある密閉されたスペースは

信号機器等を収めた機械室でしたよ。

 

その隣には駅便(駅の便所)が備わります。

長山駅と自転車、バイク

駅便は駅舎と別棟であることから

自治体が設けたモノで間違いないでしょう。

 

建て替えにより消えた駅舎ですけど

上から見下ろすと正八角形をした特異な形状だったようで。

宮脇俊三先生は書籍の中で長山駅の駅舎のカタチを

「スタンプのようになっていてめづらしい」

と表現してました。

そこでどんな駅舎だったのかを知りたくて

国土地理院のサイトをチェックしました。

下は昭和52年に撮影された航空写真です。

飯田線長山駅の航空写真

画像が不鮮明で分かりづらいですけど

モルタル製のエントランスが正八角形を模っていたようです。

その奥に一般的な四角い木造駅舎があるような感じですね。

 

平成18年に竣工した駅舎はコンクリート製で

無機質な雰囲気ですけど

待合所の奥が八角形を模ってました。

これって旧駅舎をモチーフにした形状だったりして?

飯田線長山駅待合室とベンチ

 

お次はホームにイン。

列車の退避が可能な相対式ホーム2面2線構造でした。

長山駅の相対式ホームと線路

 

この配線を利用して

午前中に豊橋駅‐長山駅間を結ぶ区間列車が1往復運行されてるそうです。

飯田線長山駅の構内と架線柱

国鉄時代には設定されてなかった列車なので

区間列車が誕生した経緯が知りたいですね。

 

2本のホームは構内踏切で結ばれてましたよ。

飯田線長山駅の構内、豊橋鉄道時代の架線柱

 

長山駅の構内の(個人的な)見どころが2点ありまして…

ひとつめはこちらです。

中央に鉄製の架線柱が見えますよね。

飯田線長山駅の踏切と架線柱

 

長山駅は昭和18年に国有化されましたが

この架線柱はなんと!

国有化される以前の豊橋鉄道の時代に造られたモノなのです。

銘板に記された昭和14年12月の竣工年に注目ください。

飯田線長山駅の豊橋鉄道時代の架線柱

 

しかも豊橋鉄道時代の架線柱はこれ1本だけではありません。

飯田線長山駅の豊橋鉄道時代の架線柱

 

長山駅の構内にある架線柱のほとんどが

豊橋鉄道時代のモノでしたの。

コレが国鉄時代を飛び越してJRの時代まで生き延びたのって

キセキだと思いますよ。

飯田線長山駅の鉄塔と線路

豊橋鉄道時代の架線柱ですけど

残念ながらその後、コンクリート製のモノに更新された模様。

写真は8年前に撮ったモノであることをお許しくだされ。

 

そしてもうひとつは

昭和37年に廃止された貨物用のホームが残されてたのです。

飯田線長山駅の構内と線路

 

それだけではありません。

この貨物ホームに伸びていた線路やら、分岐器やらの遺構を

数多く見ることが出来ました。

飯田線長山駅の構内、踏切と線路

長山駅を発着する貨物列車が廃止されたのが昭和37年。

既に60年近くが経過するワケでして…

そんな痕跡が残っているのですから長山駅すごすぎ!

この光景を眺めながら

貨車を入れ替えてる景色を妄想しちゃってましたわ。

 

ところで上の写真ですが

長山駅の東側にある「電力前踏切」から撮影してました。

飯田線長山駅の遮断機と構内踏切

電力前踏切 止まれ!! 飯田線

踏切の名前は一般的に

駅名や地域名、付近にある施設名から由来してますけど、

電力前踏切の由来は何でしょう?

近くを流れる豊川に水力発電所があった形跡はありませんし、

飯田線の変電所があった話も聞きません。

でも踏切名には必ず由来があるはずです。

ご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。

 

さてさて、ブログの表題にも書いた「長山遊園地」の件です。

昭和6年から太平洋戦争の戦況が悪化するまでの期間、

豊川鉄道が経営する「長山遊園地」が

長山駅の南側にあったそうです。

「遊園地」と言ってもジェットコースターや観覧車といった

大掛かりな遊具があるわけではなく、

運動場や動物小屋、花壇、そしてちょっとした公園を備える

今で言う「自然公園」的な広場でした。

Wikipediaによれば

長山駅までお座敷車両を用いたアクセス列車も運行されてたそうで。

そして鉄道ファンの関心ネタですけど

豊川駅の初代駅舎が休憩場として使われていたそうです。

マジすか…

 

様子を確かめるべく、

今度は昭和23年撮影の航空写真をチェックしました。

上に見えるのが長山駅。

その下に広がる土地が長山遊園地の跡地でしたが…

長山駅と運動場跡の航空写真

長山遊園地の用地は終戦間際に

食料を自給するための農耕地に転用されましたが

運動場は戦後もカタチを留めていたみたいですね。

下にそれとわかる形状の土地が見えました。

 

ここをズームアップすると建物が写ってます。

これがおそらくは

豊橋駅の初代駅舎を転用した休憩場ではないかと。

昭和52年撮影の長山駅周辺航空写真

だとすると初代駅舎は戦後も残されていたことになります。

ここで言う「初代駅舎」は

明治30年に竣工し豊川鉄道の駅舎のことでしたが…

後継の2代目駅舎は昭和20年の空襲で全焼してしまいました。

移転されることにより後継の駅舎よりも長生きした初代駅舎、

運命を感じずにはいられません。

 

「長山遊園地」の跡地は住宅地に変わり

現在は痕跡すら見ることが出来ません。

でもこんな話を聞かされたら

興味が湧かない理由はないでしょうよ。

飯田線長山駅の構内と架線柱

名称の由来が不明な電力前踏切な件もありますので

遠くない時期に再訪したい駅でした。

 

 

 

 

 

訪問駅リスト(JR線)

飯田線(豊橋駅-本長篠駅)

 

↑(豊橋駅方面)

船町駅(平成29年12月29日)

下地駅(平成29年12月29日)

小坂井駅(平成29年12月29日)

牛久保駅(平成29年12月29日)

豊川駅

三河一宮駅

長山駅(平成29年12月29日)

江島駅(平成29年12月29日)

東上駅(平成29年12月29日)

野田城駅

新城駅(平成29年12月29日)

東新町駅(平成29年12月29日)

茶臼山駅(平成29年12月29日)

三河東郷駅(平成29年12月29日)

大海駅(平成29年12月29日)

鳥居駅(平成29年12月29日)

長篠城駅(平成29年12月29日)

本長篠駅

↓(三河川合駅・天竜峡駅方面)

 

駅探訪記、旅情報を不定期に更新中。

新着情報がすぐ受け取れるフォロワー登録をお願いします!

日豊本線日代駅の駅舎外観とスロープ

 

トレインビューなホテル、旅に便利なグッズ等々を紹介中です。

日豊本線日代駅の駅舎とホーム風景

 

過去にブログで紹介した美味しいもの、便利グッズ、こだわりの逸品を

楽天ROOMにまとめました。

こちらもぜひチェックください。