皆さま、こんにちは!
ここ最近は四国や九州ばかりを旅していた自分。
そんなことをしている間に
本州にある古い木造駅舎が次々と姿を消してました。
そろそろ本気で本州にある駅を旅する予定を組まなくちゃ。
今日は8年目に訪れた飯田線から
牛久保(うしくぼ)駅の訪問記です。
ひと目見て巨大とわかる木造駅舎がある牛久保駅。
飯田線の前身である豊川鉄道の手により
明治30年に開業した駅でした。
てっきり豊川鉄道時代に造られた駅舎かと思いきや
昭和18年に国有化された際に建て替えられたモノだそうです。
この駅舎も2年前の令和5年に解体。
現在は簡易駅舎に代わってしまったんですって。
マジっすか…
駅舎に昭和18年の竣工年を記した建物財産標が貼られてました。
そんな牛久保駅の駅舎が巨大なのには理由がありまして…
牛久保駅の西部一帯において、
昭和14年より兵器工場である豊川海軍工廠が操業を開始。
6万人弱の工員(学徒動員を含む)が従事していたそうです。
それまでの小さな駅舎ではこの数の工員を捌ききれず
国鉄駅に変わったのを機に建て替えられたとのことでした。
ホームに入るとやたら広い上屋が現れますが
そんな時代の名残りみたいですね。
貴重な戦時中に建てられた駅舎があった牛久保駅…
もっと撮っておくべきだったと
今になって後悔してましたよ。
そんな牛久保駅が変わったのは駅舎だけではありませんでして…
トクトクきっぷのステッカーが懐かし~
自分が訪れた時は
駅員さんがきっぷを販売する出札窓口が営業をしてましたが、
駅舎が建て替えられたのを機に無人化されてしまいました。
いや無人化されたから駅舎が変わったのかな?
この待合室も今は見ることが出来ません。
牛久保駅を含む飯田線の豊橋駅‐豊川駅間は
飯田線内では数少ない複線区間で区間列車が多く運行。
最短8分ヘッドで列車が運行されています。
待たずとも電車が来るので
待合室が不要なのは理解出来ますけど…
ちなみに令和5年に完成した新駅舎は
旧駅舎があるこの位置に造られたワケではなく
上屋があった場所に納まっているそうです。
駅舎は随分と小さくなってしまったみたいですね。
それでは構内を覗いてみましょう。
牛久保駅は複線上に設けられた
相対式&島式ホームによる複合2面3線構造です。
南側にある3番線ホーム、
国鉄時代から営業列車の発着には用いられず
主に区間列車のヒルネ用に使われてました。
最近は柵で閉ざされたみたいですね。
その3番線ですが奥に見える架線柱に注目ください。
アパートの右に見える架線柱ですが、
幅がやたら広いのがわかりますかね?
ここに昔は線路があったと思った方は大正解です。
飯田線は朝夕と昼間の列車の運行頻度が極端に変わるため、
主に昼間に電車を留置させるための線路が
3番線ホームを含めて合わせて3本並んでました。
下は国土地理院尾サイトから転載した
昭和52年撮影の航空写真ですが
留置線に停まる電車が見えますでしょうか?
自分の目利きが確かなら写真に写る電車、
先頭車両が流線型なので
両端がクモハ52(流電)の編成ではないかと。
こんなところで飯田線の名物編成に出会えて
感動してましたよ。
2本のホームを結ぶ跨線橋です。
壁面上部に謎の出っ張りが並びますが
屋根を架けるアップデートが可能な造りでしょうか?
その跨線橋から駅舎を眺めました。
最後は牛久保駅を発車する列車の画像で〆ます。
戦時中は豊川海軍工廠の玄関口として栄えた牛久保駅。
こんな話を聞かされると
消えた駅舎も戦争遺構じゃないの?とか思いますが…
それなのに駅舎はあっさりと解体されてしまったそうです。
牛久保駅のような貴重なエピソードを持つ駅舎は
数を減らしながらも全国中に残されてます。
改めて言いますけど
そんな駅舎が消える前に早いとこ周らなくちゃ!
↑(豊橋駅方面)
牛久保駅(平成29年12月29日)
豊川駅
三河一宮駅
長山駅
東上駅
野田城駅
新城駅
本長篠駅
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