皆さま、こんにちは!
ようやく仕事の繁忙期から脱出できました!
そんなことを喜んでいちゃいけないのですが、
とりあえず規則正しい生活に戻れそうで
ホッとしていたところです。
4月は大好きな駅巡りも再開出来そうで良かった。
今日は5年前に訪れた飯田線から
東上(とうじょう)駅の訪問記です。
ここは明治31年に豊川鉄道の手により開通、
昭和18年に国有化した区間ですが、
構内に私鉄時代のアレが残る駅でしたっけ。
そのブツについては後ほど触れることにしまして…
東上駅も路線同様に明治31年に開業。
今ある駅舎は国鉄時代の木造駅舎に代わって
平成19年に建て替えられたモノでした。
飯田線にはコンクリート打ちっぱなしのこんな駅舎が
各地に散在してますわね。
新しめな駅名標が掲げられてますが、
旧駅舎から移設したモノらしい。
東上駅は国鉄時代末期に無人化されているので
駅舎も出札窓口を持たない無人駅仕様でした。
待合所はこんな感じです。
無塗装のままだと寒々しちゃうので
暖色系でペイントしました…的な印象かな?
続いてはホームにイン。
東上駅は列車の行き違いが可能な相対式ホーム2面2線構造でした。
さてさて、冒頭に書いた「私鉄時代のアレ」の件ですけど、
画像の中にも写ってましたがわかりますかね?
ヒントはコレです。
よ~くご覧くださいませ。
わかりましたか?
正解はこちら!
赤い矢印の先に見える鉄製架線柱でした。
どうしてコレが私鉄時代のモノなのかって?
貼り付けられてるシートをご覧ください。
昭和14年の竣工年が記されてましたよ。
ここで気になったのは
東上駅にとって、鉄製架線柱が建てられた昭和14年は
どんな年だったかということです。
豊川鉄道は大正14年に電化されているので
東上駅も大正時代に既に電化済み。
しかし昭和14年製の架線柱があることに違和感を感じまして…
以下はあくまでも個人的な憶測ですが、
それまで単なる「停留場」だった東上駅に
昭和14年、列車の交換施設が設けられたことから
架線柱が増設されたのではないでしょうか?
その理由ですが2本のホームを見比べてください。
駅舎側の手前、野田城駅寄りにのみ
古い石積みホームがあることがわかりますよね。
元々は棒線構造だった東上駅を
昭和14年に構内の複線化を施したことから
この架線柱が設けられたのではないかと。
だとすると、建て替えされた旧駅舎も
その頃に竣工したのかもしれませんね。
残念ながら飯田線では国有化以前の架線柱の撤去工事が進み、
東上駅のソレも現在は姿を消してしまったっぽく。
なお上の画像の左側に見える側線は
国鉄時代の貨物ホームに繋がっていた線路の遺構です。
現在は保線車両の留置線として使われている模様。
下は国土地理院のサイトから転載した
昭和23年撮影の航空写真ですが、
駅舎の西側に2両の有蓋車が留置されてる姿が写ってました。
こんな時代の飯田線を眺めてみたかった…
いやいや、旧型国電が現役だった昭和58頃でもいいです。
流電に合いの子にクモハユニ…
当時の飯田線は珍車の博物館状態でしたからね。
最後は東上駅に到着した列車の画像で〆ます。
普通列車と特急列車の行き違いでした。
自分の中では
飯田線の優等列車は今でも急行「天竜」なのですけど、
さすがにそれは時代錯誤過ぎかな?
「飯田線で特急列車が運行されてる」
ことに違和感を感じる自分は、
昭和時代に脳みそを落っこどしてきちゃった可能性大です。
仕事も落ち着いたところで
ブログの更新にも励みますのでお付き合いくださいませ。
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