これも三島とミワ
これもミワと三島
藝/筆名 美輪明宏 三島由紀夫
本 名 丸山明宏 平岡公威
美輪明宏は、長崎出身
三島由紀夫(平岡公威/きみたけ)
平岡がわざわざ「三島」を名乗り、
三島湟咋耳神の娘(出雲最期の妃)と
孫姫(大和最初の妃)祀られる狭井神社へ
石碑を寄贈した心境は何だったのか?
「由紀」も「大嘗祭」からの曰(いわく)と、、、
これだけ神話と神事に詳しい作家が
上塗りされ隠された建国神話、
国譲りにまたがる三島姫神の三輪山へ参拝し、
自らのペンネームにその姓を冠し
石碑を贈り、作品を執筆し、
そして「自決」した絶望 . . .
塗り込められた組織的な仕組みの大きさと
1500年以上も続く膨大な年月の隠蔽政策と
隠す側に関わる人間の
膨大な人数にも絶望したのかも知れない。
ヤタガラスの娘の祀られる双つの山に
陽巫女の通る光道が渡る。
夏至の日、三輪山の頂から朝陽を待つと
畝傍(うねび)山から陽が昇る。
三輪山には
異名ヤタガラス=三島湟咋耳(ミゾクイミミ)命の娘
セヤダタラヒメの狭井神社があり、
婿入した出雲のコトシロヌシが祀られる。
そのムコ入しただけの
他家コトシロヌシを「三島明神」とし
置き換え全国に喧伝させたのが平田篤胤
捏造の片棒を担いだ御用国学者。
畝傍山には、
セヤダタラヒメと
そのまた娘
ホトタタライススキヒメの居す宮があったとされる。
その畝傍山橿原神宮の警備員は
胸にヤタガラス(=三島湟咋耳神の異称)の
デザインをつけていたが . . .

『少女神 ヤタガラスの娘』幻冬舎
紹介後に警備服は処分
警備会社も変えたとの回答
橿原神宮の社務所には
これが置かれてあったと
奈良の読者さまが知らせてくれました
急な変更はナニを意味する?
神奈備(ご神体)三輪山
☀️山頂から日の出を見ると
春分・秋分の日に田原本町の「多神社」
冬至の日に田原本町の「鏡作神社」
夏至 畝傍山から日が昇る。
畝傍と三輪を結ぶ線=夏至の日
太陽の昇る方向伊勢湾の東端に加佐登神社
国分町の菅原神社がある。
いわゆる「北緯34度32分」
服部半三の祖までもが... 派生するニギハヤヒのコピー
派生するニギハヤヒのコピー
ニギハヤヒ、
ヒノハヤヒ、
アヤノハヤヒ...
あの皇室神祇官が
八咫烏の王子とした ヒノハヤヒ
伊賀の服部半三
(半"蔵"は二代目以降)が
祖とした アヤノハヤヒ
実存したカリスマに
あやかろうと
「速日」を模倣した名が各所に見える。
平安初期『新撰姓氏録』には、
「呉服造(くれはのみやつこ)、百済国人阿漏史より出ず。
服部連(むらじ)漢速日命(アヤノハヤヒノミコト)
12世の孫、麻羅の宿(すくね)の後なり」とあり
室町末期『永閑伊賀名所記』には
「應神の御代に呉国、漢国から来朝し機織りなど伝えた。
呉国を呉服(くれは)、
漢国を漢服(あやは)と呼ぶ」とあり、
呉服の方が伊賀国阿拝郡に領地を得て
そこを服部と称した、とある。
伊賀二宮である小宮神社では呉服明神を祀っている。
また鎌倉時代『吾妻鏡』には伊賀国鞆田荘、
阿佐小田荘に居住した服部一族が見られ、
枝分かれした末裔にはあの世阿弥がいる。
戦国期になると服部家は
上服部、中服部、下服部の3家へ分かれ、
全国各地へ転居した。
こうして分かれた服部一族の一党が
本能寺の変で織田信長が討たれた後、
光秀勢による討伐から家康の鹿伏兎(かぶと)越えを助け
伊賀国を抜け三河へ無事帰した功績から
徳川家へ召し抱えられた。
うちの🐱式神💕
遁甲の術が得意で . . .
アルマイト洗面器に隠れ
『日本書紀』仁徳の「難波の高津宮」所在地
大阪市街地を南北に走る丘陵(上町台地)の北端
大阪城本丸地区(大阪市中央区)の可能性
開削した水路や港、難波宮跡(同)で遺構が見つかる
産経新聞より 仁徳の具体的な指示って...湟咋耳か?
16棟もの巨大な倉庫群(法円坂倉庫群)と
ともに開発されたとする論考を
西本昌弘・関西大学教授(日本古代史)が
学術誌「ヒストリア300号」(大阪歴史学会)に発表
仁徳が高津宮とともに、
港や巨大倉庫群を難波に設けた背景に、
「当時の緊迫した朝鮮半島情勢があった」と指摘
治水に尽力
仁徳は応神の第4子で、
応神が亡くなると「高津宮」を造った
群臣に
「この国は土地は広いが、田んぼは少ない。
河水は横に流れ、その流れは悪い。
長雨になると海潮がさかのぼり、
村里は(浸水し)船に乗ることになり、
道路は泥に埋まる。
あふれた水を海に通じさせ、
逆流を防いで田や家を
侵されないようにせよ」
と詔したという
高津宮の北の野を掘って、
南の水を引き、西の海に入れた。
その水路を堀江と名付けた
古墳時代の大阪平野は
海岸線が深く入り込んで、
上町台地の西は海に面し、
東には湖があった
淀川や大和川などの
大河川によって
上流から運ばれた土砂が堆積
北側から淀川の三角州が発達し、
上町台地北端部との間の水路を次第に狭め、
水害を受けやすい地形だった
書紀にある
「南の水」は大和川、
「西の海」は大阪湾とみられ、
高津宮の北側に、大雨が降ると
浸水を招く水の流れがあったため
水の流路を深く掘り下げることで
大和川や淀川の水がスムーズに
大阪湾に流れ出すよう、水路(堀江)を開削したよう
それって、三島湟咋耳神の手筈では?
仁徳、應神、神功の㊙️に
ヒミコ暗殺日時真犯人開示
『ヒミコ殺し 少女神 ヤタガラスの娘と日蝕の暗殺』

海神を奉る謎の歌人〝⻆麻呂〟
枕詞は神託を呼ぶ言霊
より禁忌へ踏み込んだノンフィクション第三弾
伊王島と日本のリアル ダ・ヴィンチ・コード
家がリアルダヴィンチコードやったと知った時の絶望感たるや
他所ん家の話だったら、
わぁーナニそれ? おもろい
て
そらぼくでも言うわな
ジレンマ
この動画より、もっと踏み込んで
わかってしまった
あの東北のキリストの墓は
昭和に言い出した
それ以前、そこは
ミコの墓と呼ばれていて
そこには
マリアの髪と
塩漬けされた 耳 が
埋葬されていたのだとか...
すなわち
塩=潮、耳、巫女、女性の墓を
昭和になって
男性キリストの墓だと言い変えた
大祓の数日後 ○○された親族
長老たちがひた隠しに
沈黙して来たのは、確かに . . .
無関係な人たちの
一時的な好奇心を
満たすだけであって
明かした当事者は
結局より追い込まれて
もっと苦境へ追い詰められるだけだからだ
それを
繰り返し
体験して来た
ご先祖さまたちだったから
「目立つな」
「普通にしていろ」
「隠れていろ」
と伊王島に潜んでいたんだ
結局ただ
身をもって
思い知る
ぼくの体調は
一昨日が実は〝峠〟でした
埋められた銅鏡が割られていたのは
祭祀家の「鏡」による呪詛反しが
怖かったから
反すからね
ぼくの本を読んで尚
大祓を唱えたり
茅輪くぐったり
ましてや、わざわざ
それをぼくに宣言する人が
現れるとは思わなかった
殺意向けられているのも同じだから
大祓の数日後○された三島の叔母
イワフネと謎の女の秘密を知る 正体不明の歌人 角麻呂
『万葉集』に4首の歌を残す
謎の歌人 角麻呂(生没年未詳)
イワフネと、謎の女の㊙️を握る
海人氏族であるように見える
一説に陰陽学者として褒賞されている
角兄麻呂(『続日本紀』養老5年1月条)
と同一かともいう(『代匠記』)が...
別人のように思う。
どのみち角兄麻呂も角麻呂も、
両人とも資料に乏しい。
「マロ(麻呂、麿)」とは
「私=1人称」を表す古語で、
人名の語尾に付ける場合、
主に男性を示す
(柿本人麻呂や大伴古麻呂、和気清麻呂など)
角麻呂が残した4首は
どれも皆、海人、船、海に纏わる歌だ
角麻呂はもしかしたら?
海神を祀る神官か、
庶流、部曲であったかも知れない
下記のNo.292 は
アマノサグメとイワフネの歌
No.293 はイソラと傀儡の歌
万葉集 第三巻
No.292
久方乃
天之探女之
石船乃
泊師高津者
淺尓家留香裳
ひさかたの
アマノサグメが
石船の
泊てし高津は
浅せにけるかも
【訳】
かつてはサグメたち神々を乗せたイワフネが
停泊できるほど大きく深かった高津も、
いまでは浅瀬になってしまったなあ
No.293
塩干乃三津之
海女乃久具都持
玉藻将苅
率行見
潮干の御津の
海女のくぐつ持ち
玉藻刈るらむ
いざ行きて見む
【訳】
潮が引いた三津の浜で海女たちが
傀儡を操り藻を刈り取っている
さあ、見に行ってみよう
No.294
風乎疾
奥津白波高有之
海人釣船
濱眷奴
風をいたみ
沖つ白波高からし
海人の釣舟
浜に帰りぬ
【訳】
風が激しくなってきたので、
沖の白波が高くなってきたのだろう
沖へ出ていた漁師の釣り舟が
みな浜に戻ってきた
No.295
清江乃
木笶松原
遠神
我王之
幸行處
住吉の
岸の松原
遠つ神
我が大君の
幸しところ
【訳】
松の並ぶここ住吉の松原は
遠い昔から神でいらっしゃる大君が
おいでになった所よなあ
【最新刊】三島神族の㊙️を明かす
伊豆に、ヒミコを祀る宮と伊古奈姫命
伊豆にヒミコを祀る三島神社![]()
溝樴姫命
ミゾクイヒメを
主祭神とする三島神社![]()
読者さまが
お教え下さいました![]()
ホンダワケ(応神)がともに祀られているのがミソ
なぜミゾクイヒメ
=三島湟咋耳神の娘
=セヤダタラヒメ
=ヤタガラスの娘
=大市姫
=ヤマトトトヒモモソヒメ
=ヒ ミ コ
と応神がともに祀られているのか?
それは... 親子だから
溝樴姫命
瀬織津姫の誕生
伊古奈比咩命
イコナヒメノミコト
……三島大明神の后? とのことだが、
三島湟咋耳神の娘セヤダタラヒメのことだろう
※icona
アイコン/マリアや女神像などの聖画像を
伊豆半島先端の
伊古奈咩比売命神社(白濱神社)では
三柱の随神(ずいじん)が記される。
❶ 見目(ミメ)
女性神。海竜王
……海神 三島湟咋耳神の娘なら相応しい呼称。
❷ 若宮
三島神の眷属とか。若い時の御子を指す話もある。
❸ 剣ノ御子
イコナヒメの弟? と。
大蛇退治を最初にした「蛇斬りの剣」とのこと。
ということは
天羽々斬剣(アメノハバキリノツルギ)
蛇之麁正(オロチノアラマサ)、
十握剣(トツカノツルギ)、
布都斯魂剣(フツシミタマノツルギ))
のことか?
とするとそれはスサノウの剣で、
姉のイコナヒメとは、
=アマテラスにあたることにもなる
セヤダタラヒメ=アマテラスと同じ
そしてそこには、
コトシロヌシが
先住の賀茂族の姫神へ婿入りし、
富士の大神に許しを頂き
伊豆諸島を造ったと。
仏教プロパガンダ
『三宅記』からの表示からとかだから、
あんま信憑性はないが、
賀茂族の姫神とは
伊古奈比咩命=つまり三島賀茂族のセヤダタラヒメ
富士の大神=大山祇=三島湟咋耳神
コノハナサクヤヒメへ富士山を贈った。
共に来たか?
先に居たか?
の違いはあるが
三島神と出雲の上下関係は変わらない
詳しくは
ヒミコ暗殺
日時,真犯人開示
海神を奉る謎の歌人〝⻆麻呂〟
枕詞は神託を呼ぶ言霊
より禁忌へ踏み込んだノンフィクション第3弾























