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日世観月余美☆ひよみつきよみ

版画や日常のアレとコレと、わたしのココロと、そんな色々。

前回の記事

SUTEMATSUカレッジのこと(3)

前回は怒り猛って💢おりましたが
コホン、
今日はもうちょっと穏やかに参りましょう。

      *-*-*-*-*-*-*-*

社会における女性の在り方について、すっかり迷子状態だったワタクシは、FB投稿やブログ記事で、SUTEMATSUカレッジのことを知ります。

その時(ゼロ期)は、大阪のみの開催で、どう算段しても、10ヶ月間(しかも回数は10回以上)継続して東京から大阪に通うのは無理と判断、受講は断念しました。

ただ、ゼロ期生の方が講座の様子をFB投稿やブログ記事にしてくださっていたので、いつもそれを楽しみに拝見しておりました。

すると。

ゼロ期生のみなさんが、回を追うごとに不要なものを削ぎ落としてスッキリと変身していかれる、そのことが写真から明らかに見て取れました。

ややや…?
これは。
なんかわからんが、スゴイ♪

東京で開催される機会があれば受講してみたい、と思いました。

この講座には、どうやら要らないものを削いで落とす「禊ぎ効果」がありそうです。わたくしの抱えている長年の問題にも整理がつくのでは…
でもって外見もアップデートできたらお得ですしねww

そして2017年、
満を持して、SUTEMATSUカレッジ東京一期の受講を申し込んだのでした。

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さて、SUTEMATSUカレッジ(東京一期)のカリキュラムにはこんな内容が含まれていました。

外見表現
自分観察法
モードとブランド
母性社会と父性社会
腸の話
身体エネルギー
和の作法
社会的弱者

…などなど。

これらを学びながら、受講生は「美」について考えるように促されます。

実はココが大きなミソでして、
何が正しいか、ではなくて、なにがうつくしいのか、を問うのがSUTEMATSUの基本です。

「正しい」の基準は立場によって変わってしまいますが、「うつくしさ」視点なら、立場に関わらず誰が見ても文句なしに心打つものが存在します。たとえば、

 朝焼けの東の空
 満点の星空
 野に咲きみだれる花々
 屈託のない子供たちの笑顔
 誰にも頼まれずに行う毎朝のゴミ拾い
 愛らしい動物
 職人が精魂込めた美術工芸 … etc.

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(夕暮れの富士山 遠景)

これらに共通するのは、打算がないということ。

打算のない美に心打たれるのは万国共通の感覚ですから、そういった真の「美」を身につけることができれば、それはどこに行っても名刺がわりの威力を発揮する、とSUTEMATSUカレッジでは教えられます。
そして、こんな問いが投げかけられます。

あなたの体現できる「美しい」は何? 

あなたの内面を外見で表すとどうなる?

自分の言葉で美意識について語って御覧なさい?

さあ、困った…
そんなこと、これまで考えたこともありません。

美の体現って一体自分になにができるかとアタマをひねり、自分なりの「うつくしい」の定義に悩み、またそれを自分自身の言葉で語らなければならないことは、かなり大変でした。

底の浅い認識や価値観はすぐバレますし、
常に自分自身の考えを求められます。
そして何より、
優雅に微笑みながらキビシイお言葉をさらりと口にされる酒井校長が目を光らせていらっしゃいます(ここで受講生は緊張Max)。

外見として表現されていないものは、
たとえ内面にあったとしても、一切
無いものとして扱いま〜す♪ 
                                   (酒井校長 談)

SUTEMATSUカレッジは 緊張感を伴う学びの場で、毎回 襟を正し背筋が伸びる思いをいたしました。

ですが、同時に楽しい場所でもありまして

新しい知識を学べるというだけでなく、年齢も仕事も経験もばらばらの個性豊かな受講生仲間と意見を交わして理解を深めていけることは、想像以上にこころ豊かな時間でした。

そして、受講をはじめてすぐに、ある変化が私に起きてくるのです。

まぁえらいこってすよ。。。

(続く)

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SUTEMATSUカレッジのこと(6)
SUTEMATSUカレッジのこと(7) 完結


前回の記事

さて、色々こじらせたわたくしの続きです。
めんどくさい話でございます。

母が推奨してくれた男女平等ルールに基づいて進んだ結果、以下のような時代が長く続きました。

●「女らしい」という単語が好きじゃない(なんで いちいち「女」ていうかな。どうせなら「人間らしい」とかにしないの?)
●もちろんフェミニンな装いも苦手
●当然スカートも苦手
●女子っぽい服なんて機能的じゃないし
●カワイイとか趣味じゃないし
●全くカッコよくないし
●だいたい似合わないし!
●女だって自立ぐらいできるんだから
●チャラチャラしたカッコなんかより
●颯爽としてかっこよくて機能的なのが一番!

まあ、こんな感じ↑だったわけです。

補足しますと、
タカラヅカ的な何か、は私の目指すところではなく。

ヅカファンの皆様には申し訳ないのですが
タカラヅカの男役というのは、女優が「マンガの世界に棲息する生き物」になりきっていますでしょう。これが私には受け付けられなかったのです。
(中身は至極ふつうの女性なのに見た目がマンガ男とかギャップ過ぎる、という違和感なのだと、最近ある人に解説してもらいました。)
わたくしは謎の生物を目指しているわけでも、生物学的な男を目指しているわけでもなく、あくまで女性が「女性としてかっこいい」というのが好き。


で、やがて困ったことに気づきます。

男女平等を謳っている世間の価値観は、どうも男女平等ではございませんでした。

あれ、ダブルスタンダードなの?
…と、今更気付くワタクシ。

「女らしい」のが良いんだよ、とか、
女子はやぱスカートでなきゃ、とか
女子は綺麗にメイクしてよね、とか
女子は笑顔でいてね、とか

(独言: 兄は長男といういうだけで周りに優遇されて、しかもああしろこうしろ言われないのなんで?)

当時の私にとっては、
もう実に不可解なことだらけでした。

それ、男子はやらないじゃん??
なんで、女子だけやるの??
つか、
女子だけやらされるの?

世に言う「男女平等」が、実は近年になってオマケのようにつけ加えられた概念であり、さらに世間では、ステレオタイプという思い込みまでが真実であるかのように蔓延していることを、私はわかっていませんでした。ザンネン!

また。
世間に流布している考え方、概念、ルールの全てが、整理されて整合性のあるものばかりでないことも理解できていなかった私は、混乱の末に今度は怒りにまみれてしまいました。(まあね、玉石混交なんだよな、世の中って)

なに、この矛盾だらけの世の中は?
平等とか言う割に、現実が全然違う!

男性同様にゴリゴリに働いても、旧来の男性のように嫁に家庭を任せるとかいう選択肢のない女性は、単にひとりで疲弊していくだけですよ?先が見えないし。

なんかもう、なんなの、これー?

男女平等ルールは、物事を解決しない。
それはわかったけれど

男女の在り方の違いというと、
こっちはもっともっと訳がわからない!

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しかしながら、自分の女性としての在り方が相当混乱して感心しない状況であることだけはわかってきたので、色々な方々のコンサルティングサービスを利用して、まずは少しずつ「外見」の是正を始めました。


それにつれ心理面も少しずつは整理されてきましたが、私の場合はいかんせん こじらせ歴が長すぎました… orz

こじらせた挙句に、自分の周りに分厚いトーチカ※のようなものを作っていたと思いますし(=多少砲撃されても持ちこたえるYO)、なにより自分の中のラスボス的な何かはまだ発見すらされていない状態でした。

そのため、内面の大部分は旧態依然。
(なので、私が順当に変われなかったのは、決してコンサルしてくださった方のせいではないのです。すぐには手がつけられないぐらいメンドい状態だったということで。)

心理面/中身/内面が変わらないと、外見の変化もそれほど進まないということを、わたくしは身をもって体現しておりました。

ここで ようやくSUTEMATSUカレッジが登場するのです。

(続く)

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引き続き、SUTEMATSUカレッジのお話です。

前回の記事  

今回は、なぜわたくしがSUTEMATSUカレッジを受講しようと思ったか、の原点部分についてのお話です。

女性の在り方、という点からすると、
私は母の考え方に大きな影響を受けています。

それは、良くも悪くも、といえるものです。

母は、自分のほかは全員男子という、6人兄弟の紅一点として育ちました。
ですので、育った環境から鬱々と思うところもままあったようです。曰く、

- 父方の祖母のはっきりした長男偏重主義

- 5歳以上離れた長兄・次兄からの抑圧(兄弟あるある)

- 体の弱かった弟だけが親から特別に目をかけてもらっていたこと(兄弟あるある)

- 戦時中の物のない時で兄のお下がりを着てたから赤い服なんてなかった(戦時中 兄弟あるある)

…などなど。

そこで彼女は、自分の子供にはまず「男女平等」を、と強く望みました。

ちょうど男女1人ずつの子供を授かりましたので、実践には誠に都合がよろしいですね。
私と兄とはたった一つ違いなので、きょうだいを平等に扱ってもらえたのは嬉しいことでした。

(また、母は女の子に赤い服を着せる事もきっちり実施しました。ただしこれはこれで別の波紋を呼んでしまうのですが…)。

さて、男女平等への憧れと同時に母は、日本の伝統的な女性のあり方をも受け継いでいて、男性とは異なる女性の役割について、どうやら自然に理解しているようでした(ここは我が母ながらすごい)。

私に対しては、事あるごとその「こころ」を伝えようとしてくれたのですが、問題は彼女がそれをうまく言語化できなかったことでした。そして間の悪いことに、その子供(=わたくし)ときたら言語にやたらと敏感だったので、結果は推して知るべし…でございます。

男女平等という新しい概念と、伝統的な女性の在り方の両方をいっぺんに並べられて、子供の私は完全に混乱しました。

  男女って平等らしいけど?

  でも男女には異なる役割がある?

  女子だけしないといけないことって何?

  男子はそれしなくていいの?


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まあそんなわけで、混乱したわたくしは、社会的な女性のあるべき姿というものが、もう全くよくわからなくなってきました。

とりあえず男女平等ルールに則って仕事に邁進したものの、なんだか自分がどこかに置き去りで、仕事に明け暮れてそれだけで一生過ぎるのはなんだか変だよなー、なんかコレおかしいよなー、と思いつつ過ごしていきました。

そして、このようにこんがらがって訳が分からなくなった社会的女性の概念を、SUTEMATSUカレッジでは解明できるかも、という思いを抱いたのです。

筆者註:
もっとも、ここまで概念がこじれたのは、実は母のせいばかりではありませんで、もう一つ事態をややこしくした大元の原因が自分の中にありました。

わたくし自身、長年そのことに気づきもかすりもしなかったのですが、SUTEMATSUカレッジ受講中になぜかコレが解明されることになるのです。受講前のこの時はそんなことはつゆ知らず。

(続く)

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