引き続き、SUTEMATSUカレッジのお話です。
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今回は、なぜわたくしがSUTEMATSUカレッジを受講しようと思ったか、の原点部分についてのお話です。
女性の在り方、という点からすると、
私は母の考え方に大きな影響を受けています。
それは、良くも悪くも、といえるものです。
母は、自分のほかは全員男子という、6人兄弟の紅一点として育ちました。
ですので、育った環境から鬱々と思うところもままあったようです。曰く、
- 父方の祖母のはっきりした長男偏重主義
- 5歳以上離れた長兄・次兄からの抑圧(兄弟あるある)
- 体の弱かった弟だけが親から特別に目をかけてもらっていたこと(兄弟あるある)
- 戦時中の物のない時で兄のお下がりを着てたから赤い服なんてなかった(戦時中 兄弟あるある)
…などなど。
そこで彼女は、自分の子供にはまず「男女平等」を、と強く望みました。
ちょうど男女1人ずつの子供を授かりましたので、実践には誠に都合がよろしいですね。
私と兄とはたった一つ違いなので、きょうだいを平等に扱ってもらえたのは嬉しいことでした。
(また、母は女の子に赤い服を着せる事もきっちり実施しました。ただしこれはこれで別の波紋を呼んでしまうのですが…)。
さて、男女平等への憧れと同時に母は、日本の伝統的な女性のあり方をも受け継いでいて、男性とは異なる女性の役割について、どうやら自然に理解しているようでした(ここは我が母ながらすごい)。
私に対しては、事あるごとその「こころ」を伝えようとしてくれたのですが、問題は彼女がそれをうまく言語化できなかったことでした。そして間の悪いことに、その子供(=わたくし)ときたら言語にやたらと敏感だったので、結果は推して知るべし…でございます。
男女平等という新しい概念と、伝統的な女性の在り方の両方をいっぺんに並べられて、子供の私は完全に混乱しました。
男女って平等らしいけど?
でも男女には異なる役割がある?
女子だけしないといけないことって何?
男子はそれしなくていいの?まあそんなわけで、混乱したわたくしは、社会的な女性のあるべき姿というものが、もう全くよくわからなくなってきました。
とりあえず男女平等ルールに則って仕事に邁進したものの、なんだか自分がどこかに置き去りで、仕事に明け暮れてそれだけで一生過ぎるのはなんだか変だよなー、なんかコレおかしいよなー、と思いつつ過ごしていきました。
そして、このようにこんがらがって訳が分からなくなった社会的女性の概念を、SUTEMATSUカレッジでは解明できるかも、という思いを抱いたのです。
筆者註:
もっとも、ここまで概念がこじれたのは、実は母のせいばかりではありませんで、もう一つ事態をややこしくした大元の原因が自分の中にありました。
わたくし自身、長年そのことに気づきもかすりもしなかったのですが、SUTEMATSUカレッジ受講中になぜかコレが解明されることになるのです。受講前のこの時はそんなことはつゆ知らず。
(続く)
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