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耳鼻科医として、ときどき小児科医として

以前にアメブロで書いていましたが、一時移籍し、再度ここに復活しました。専門の耳鼻咽喉科医としての記事を中心に、ときにサブスペシャリティな小児科診療のこともときに書いていきます。

 

 

ほとんどの病院でやらないと思います。不謹慎だとみなされますから。さらに、写真をあげることもないと思います。それも不謹慎とみなされますから。

 

実は、自分が働いている姿(白衣姿)の写真は数枚ぐらいしかもっていません。仕事中にほとんど写真をとったことがないからです。自分の白衣姿の写真は貴重です。あるのは、送別会の写真とか、病院外でとったものです。

 

写真そのものは学会発表などのためにとることはありますが、自分やスタッフなどは入れません。単純に病気部位だけですね。それは写真がないと、学会での発表に困るからです。人は発表と関係ないですからね。

 

職場内で誕生パーティーはしないです。でも、昔の話ですからね。今はするのかもしれません。誕生パーティーをするならば、仕事が終わった後になります。たいていはお店に行ってやっています。プライベートなものと、仕事とは完全にわけています。たぶん、日本では他の会社でも同じだと思いますけどね。

今の若手の耳鼻科医は処置をしなくなったので、耳管通気をしたことがないそうだ。耳管通気とは、鼻から管をいれて、耳に空気を通す処置のことである。耳鼻科医になると、耳管通気のやり方を教わり、患者を通して練習したものだが、今の若手はそのような処置はまったくしなくなったようだ。

 

耳鼻科の勤務医は診断や手術を主な仕事にしており、処置を熱心にする耳鼻科開業医を非常に馬鹿にしていた。

 

それにもかかわらず、開業したとたんに処置をせっせとして、若い頃に言っていたこととまったく逆のことをしはじめる。処置はするけど、診断はしない。それが耳鼻科開業医の王道になる。

 

耳鳴がすると、せっせと耳管通気を行う。空気が入ったから耳鳴が治るとは思えないので、意味がないことをやっているもんだとあきれていた。

 

しかし、開業医に言わせると、治らなくても一生懸命耳管通気をやれば、「自分のために一生懸命やってくれてありがとう」と感謝するようになり、耳鳴はよくなるのだと言っていた。半分は無理やりの洗脳だけど、患者はそれで満足するようになるわけだ。

 

開業医は診断も治療もできないけど、せっせと処置をする。それが開業医の理想的姿勢。今もそう考えている耳鼻科開業医は多い。処置をすることが耳鼻科開業医の使命だと思っている。

 

僕自身は、処置しかしない耳鼻科医をおかしいと思っているので、ほとんどの処置をしない。唯一やる処置は、Bスポット治療ぐらいだ。これは本当に効くので積極的にやるが、他の処置はやる意味がほとんどないと思っている。それでも開業医が行うのは、処置をたくさんすれば、診察料が高くなるからにほかならない。治らなくても、診察料が高くなるからやるというところが多いのだ。Bスポット療法が広がらないのは、治るんだけど診察料があがらないためだ。逆にBスポット治療をやらないほうが診察料が高くなるシステムなので、誰もやらないはずである。治るかどうかではなく、もうかるかどうかに視点がいってしまうからだ。

 

自分の処置のしないのは、病院勤務医の頃とほとんど変わらない。一貫して、意味ない処置はしないと言い続けている。普通の医師は、病院勤務医のときと、開業してからは180度姿勢がかわってしまう。

 

 

スーパードクターがでてきたり、事件を解決したり、そんな医療ドラマは現実感がない。患者が淡々となくなり、淡々と対応していく。医師や看護師の診療とはそんなものである。そんな話をえがいて、視聴率がとれるのだろうか。とれないかもしれないけど、これが現実である。こういう現実の医療者の姿勢をみながら、その世界にはいっていったほうがいい。スーパードクターなんて病院にはいないのだから。

 

診療科によってかなり違うが、内科医や外科の日常はこんなものだろう。

 

自分はずっと耳鼻科医なので、患者を看取ることは少なかった。年に1~2人ぐらいだろうか。

 

最初の研修は大学病院。そこではがん患者をみつづけた。手術と処置を繰り返し、治っていく人などあまりいなかった。最期をみとるターミナルケアのような病棟だった。複数主治医制で、数人の医師が、数人の患者を受け持つ。患者に何かあれば、すべての医師がよびだされる。患者がなくなれば、指導医も研修医もすべて呼び出される。

 

頭頸部がんをみている外の病院でも、がん患者は多かった。がん専門の指導医のもと、一緒に研修医の自分が患者を受け持った。

 

末期患者をうけもっていて、もう時期亡くなることは予想ができた。ある朝、病棟に行くと、その患者のベッドがきれいに片付けられて、患者がいなくなっている。「患者がどうなったんですか?」と聞くのが怖かった。指導医に聞くと、昨晩なくなったと言っていた。「真夜中だったんで、呼び出したら悪いかと思って、自分で対応しておいた。」指導医はよかれと思ってそうしたのだろうけど、少しショックだった。自分がいてもいなくても同じだと思われたことが。いても自分ができることはなにもないのだけど、自分の無力さを知らされることになった。早く一人前の医師になりたい。

 

患者は最期に病院で息をひきとる。そこにいるのは、自分ら医療者である。亡くなる患者をどう看取るかは重要な任務なのだが、一人ひとりの死をいつまでもひきづったりもしない。亡くなってきれいになったベッドにはまた新しい患者がすぐに入ってくるのだから。

 

 

 

 

 

東大合格者の東京比率が高くなっているそうだ。自宅から通うならともかく、今の親世代は大学生に生活費や授業料をだせないだろう。

 

東京で優雅な大学生生活。そんなことを考えているのは生活に余裕がある富裕層だけである。地方生活している人にはお金をだすのも厳しい。だから、東京よりは地元の大学になっている。

 

子どものほうは親の懐事情などわからないから、東京の大学にいって、派手な学生生活をしたいとのたまう。行きたいのなら、自分でかせげよということになる。

 

昔はよほどの金銭的余裕がなければ、大学には行けなかった。だから、多くが高校までしか進学しなかった。

 

自分の両親は、中卒である。高校に行くのはかなりの金持ちだったと言っていた。普通は中卒で働いたのだそうだ。

 

それでも頭のいい子供は大学に行き学問をおさめ、将来につなげようとする。大学へのお金が投資になっていたはずである。親も無理しても大学に行かせようとした。若いときの大学への投資が、その子どもの将来につながるからだ。

 

今は大学の進学率があがり、どこでもよければ簡単に大学に入れる。入れるかどうかは学力ではなく、親の資金力になっている。親が金がなければ、優秀な子供も大学には通えない。ちなみに、日本の大学進学率は60%ぐらいあるそうだ。大学に進学する価値のある子供はせいぜい2~3%ぐらいではないだろうか。

 

地元なら大学行ってもいいけど、離れたところの大学に入れるだけの余裕はない。そういう家がふえたのだろう。

 

 

 

 

当院の門前薬局は、調剤薬局の大手である。現在、調剤薬局が苦境に陥っており、今年の診療報酬改定をきっかけにして、絶望的になるかもしれない。続々とつぶれていくことだろう。

 

その分、ドラッグストアが調剤薬局化をすすめている。ドラッグストアであっても、薬にきちっと対応してくれるのならばいいのだが、面倒な薬はださなくなる。ラクでもうかるところだけをやりたいというのが本音だろう。

 

面倒な薬とは何か。一つは子供用の薬。シロップや粉薬は作るのが面倒である。しかも量が少ないので、薬局の利益も少ない。大人の場合には錠剤やカプセルならば、準備に手間がかからない。それは誰でもわかるだろう。

 

問題なのは楽な薬しかださない。そのような対応をすればいいというドラッグストアが急増することだ。そうなると、処方が面倒な薬はださなくなる。処方が面倒な薬は調剤薬局でだしてもらえということになるが、その調剤薬局がドラッグストアに利益をうばわれて、つぶれていく。利益が狙われるので、まっとうな薬局はやっていけなくなる。

 

日本における医者の実情と同じである。楽してもうかるところだけを開業医がやるようになると、面倒な患者をみなくなる。面倒な患者をみられる医師は、患者をうばわれてやっていけなくなる。

 

薬局にもその波が来ているということだ。