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今回は、悪かった点その2です。
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〜ここまでのおさらい〜
メンターさんに会う前に受けた
数々のカウンセリングの中で
良かった点と悪かった点を挙げています。
悪かった点は次の4つ。
①期待通りじゃなかった
②否定された
③複数契約してしまった
④一般的な心のブロックがなかった
前回は、①について書きました。
自分の中で勝手に理想的なカウンセラー像を作り出し、それに合致しないと
「私だったらこうするのに」
とフラストレーションを溜め、我慢ばっかりすることで、カウンセリングがただ試練の場になってしまったのでした。
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【②否定された】
カウンセリングを受けて何が一番嫌だったかって、この「否定された」こと。
これを、どうやったら「上手く」書けるんだろう
と考えあぐねているうちに、筆が止まってしまいました
「上手く」書こうとすればするほど、その時に感じたこととは乖離していくような気がするので、率直な感想を述べたいと思います。
もし、お気を悪くされる方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません
カウンセリングを受けに行った時、私は
ただ抱き止めてほしい
状態でした。
でも、その気持ちに気がつかず、「今起こってる問題をどうするか
」と解決策を求めてしまっていたのです。
「問題」を意識すると、そこには「原因」が生まれます。
原因がなければ問題は生じないですからね。
実際には色んなことが絡んでいたにも関わらず、「何かが悪かったに違いない」と原因探しに躍起になってしまいました。
その原因さえ解決できれば、問題は解消すると思ったのです。
カウンセリングに行くまでの間に、私はいくつもの「原因」を考えていました。
とまあ、こんな風に。
そうすると、自分を責めたり、夫を責めたりし始めます。
悪者ができると、すごく安心するんですね。
自分で選び取って歩んできた道を悪者だとして、斬り捨てようとしたのです。
しかし、それは、悪者に仕立て上げた
その時には最善だと思って行動した私の気持ち
を蔑ろにすることでもあります。
悪者に意識を向ければ向けるほど、本当は蔑ろにした気持ちや過去の自分を
褒めてほしい
慰めてほしい
と思うようになります。
その結果、自分が責める分にはOKでも、他人には責められたくない、
ただ抱き止めてほしい
という心理状態が出来上がるのです。
自分が自分で、
あの時は仕方なかったよね
ああするしかなかったもんね
でも、これからは学んできたことを活かせば大丈夫だよ
と悪者だとしたものも何もかも包み込んで、受け止めてあげればいいのですが、そういう考え方は微塵もなかったのでした。
カウンセリングでは、私が「どうすればいいか」と聞いてきてますから、逆に何が原因だと思うのかとカウンセラーさんは尋ねられます。
それで、「忙しくて、心の余裕がなかったからでしょうか」とお伝えすると、
「じゃあ、ゆっくり休んでみましょうか」
となるわけです。
これといった精神状態になければ、普通の会話のように見えますが、
自己否定の部分を肯定されたい私にとっては、イライラのタネとなり、
否定された
と感じるのです
ああ、面倒くさい(笑)。
本当は、「忙しかったのは仕方なかったですよ」と過去を認めてほしかったのです。
私が責めてる部分にOKを出してもらいたかったのです。
それを、共感する、と言います。
もしかしたら過去に書いたかもしれないのですが、共感とは、一般に言われるような、よく女子トークで見かける、
「うんうん、わかるー
」
ではありません。
これは、同調。
わかるわかるー
ではなくて、
カウンセリングであれば
クライアントが発言したことを
「それは〇〇ということですね?」
とカウンセラーさんが翻訳することです。
どんどん質問を繰り返して、その人の本当の気持ちを代弁し、整理する。
私が求めてたのは、
「忙しいのが原因だと思うのはなぜですか」
「そのとき、あなたはなぜ産前に月100時間も残業しようと思ったのですか」
「もし今同じ状況だったら、あなたはどうしようと思いますか」
など、私の気持ちを整理してくれるような質問力のあるカウンセリングでした。
そこから、
「忙しかったのは、仕方なかったんだ」
「過去に目を向けてても、何も始まらないんだ」
と、私自身が気づくように、質問力と共感力で導いてほしかったのです。
けれども、解決策を求めて行ったがために、
と
がカウンセリングのメインになってしまいました。
原因探しは、本当に意味がないです。
何かを悪者に仕立てたとしたら、「それを受け入れたい」「でも受け入れられない」といった、ダミーの問題解決に躍起になるだけですから。
本質は、そこではないのです。
このように、カウンセラーが良かれと思ってしたアドバイスによって、
「私の気持ちを受け入れてくれなかった」
「否定された」
という想いを抱いた私は、次第にカウンセリングに運ぶ足の動きを鈍らせ、
カウンセラーさんの「レベル」に合わせなきゃ
と、よけいな気を使うようになっていったのでした。
というわけで、次に続きます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました

