わが夫(英国人)は
なんというかいわゆる
『片言の日本語』を話します。
イントネーションというか
抑揚が非常に『カタコト』、
『外国人が話す日本語』っぽい。
でもまあそれは私の英語も
堂々のジャパニーズ・
イングリッシュ(時々アメリカン)
なのでお互い様と言うところ。
さてそんな夫が
屋外作業中に突然
「板東英二」と呟きました。
その発音が完全に
『正しかった』のです。
正調。
我々日本人が
『板東英二』という時と
まったく同じ『板東英二』。
「おい。おい、何だ今のは」
「あ、通じましたか?」
「通じましたか、じゃないだろ。
何だ突然『板東英二』って」
「僕の発音、正しいですか?
『板東英二』。あってますか?」
「あってますかって・・・
板東英二だろ、人名だろ」
「そうです。板東英二。
これは・・・
いい言葉・・・ですよね」
「言葉っていうか人名な。
まあ確かに響きはいいかな?
板東英二。板東英二。うん。
それで板東英二が何なんだ?」
「いや、ほら、あのドラマ
板東英二はよかったな、と・・・」
「出ていないから。板東英二は
ドラマには出ていないから」
「でも非常にいい意味で
使われていましたよね、
板東英二という言葉、存在は」
「・・・うん、そうかな?
そうだな?うん、確かにな」
「それで僕の発音は
正しいですか?板東英二」
「びっくりするくらい正確だよ。
私が今まで君に教えた
どの日本語よりも
ネイティブな発音だよ」
問題はその単語を
わが夫が今後どこで
使うのか、という話で・・・
ただ確かに『板東英二』は
「声に出して
読みたい人名」みたいな
クリスピーな音感を
伴った名前ですよね。
板東英二。
落ち込んだ時に
呟いてみたいと思います。
本日の記事、
『板東英二』の
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