酒田初の鉄筋コンの図書館は篤志家の寄付で建設

場所・ 山形県酒田市日吉町2−7−71

電話・ 0234−22ー0551

竣工・ 大正14年(1925)

設計・ 内務省神社局建築課長 角南隆

施工・ 森山善平 東京

構造・ 鉄筋コンクリートブロック2階建て 酒田初

営業・ 9時30分〜16時45分 (月、祝、年末年始)休み

最終訪問・ 2008.06、2021.03 現存確認済

山形県の庄内地方、日本海に面した港町の酒田市内の日和山公園にあります富士山
宝暦8年(1758年)本間家三代目の当主光丘は、
修学のために文庫を兼ねた寺院の建立を江戸幕府に願い出ましたが、新寺停止の政策により、果たし得ませんでした(江戸時代は寺は軍事拠点になりうるから)もやもや
 


光丘の遺志を継ぎ、八代目当主光弥は、先祖伝来の蔵書2万冊と建設費、及び維持基金として10万円を寄贈して大正14年(1925年)に財団法人「光丘文庫」を設立し、同年9月に銅板葺き、鉄筋コンクリートブロック造り2階建の光丘文庫が竣工しましたキラキラ

画像がないので日和山公園の「下日枝神社」


構造は、左右に翼を張った社殿造りで、正面玄関の破風の流れるような意匠は、内務省神社局建築課長 角南隆の設計によります

 

施工は、東京の森山善平によるもので、当時としては進歩的な森山式鉄筋コンクリートブロック工法を採用し、建物の耐火・耐震性と書籍の保存性を優れたものにしているとされています炎

「下日枝神社」 隋神門


昭和25年(1950年)酒田市は、図書館法施行に伴い、光丘文庫の建物の一部と蔵書の一部を借りて酒田市立図書館を開設しました本

 

昭和33年(1958年)財団法人「光丘文庫」は、建物と蔵書等を酒田市に寄付し、その事業を酒田市に引き継いで解散しましたアセアセ

 

 

このとき、酒田市立図書館の名称を酒田市立光丘図書館と改称しましたキラキラ
 

「下日枝神社」 拝殿 


昭和57年(1982年)酒田市総合文化センター内に酒田市立中央図書館が開設され、酒田市立光丘図書館を酒田市立「光丘文庫」に改称し現在に至っておりますチョコがけハート
平成8年(1996年)には、本館、付属家具・室内装飾品が酒田市指定文化財となりましたラブ

 

 

平成20年(2008年)と令和3年(2021年)には、私たちが訪れましたお父さんお母さん
光丘文庫は、和書、漢籍、郷土資料、個人蔵書など、貴重な図書を6万余冊所蔵し、主として学術研究調査のために利用されていますハート                      


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酒田の豪商・本間家は常に「公益」を考えていて本当に偉い金持ちですお父さん
本当の金持ちだからこそこの余裕なのかも知れませんびっくり
現代の金持ちに爪の垢を煎じて飲ませたいです(やっている方はちゃんと寄付とかしているよ)札束

 

 

現在はさらに「自己責任」文化が浸透し、極端な個人主義になり、当時と同じく貧富の格差もさらに開いていますが、当時のようにはいきませんね魂

 

同じ日和山公園にある洋館「旧白崎医院」 

 

貧乏な人は「努力不足」(努力なんて報われない構造)、本人が悪いというのが氷河期から全年代に広まりましたね(結局、氷河期以外の自分とは無縁だと思っていると自分にも最後は降りかかる)もやもや

誰も余裕がなくなり、誰も助けない、、、脱落者は切り捨てるのみムカムカ

 

 

成功している方だって、努力はされていますが、それはたまたま頭が良かっただけであり、運の部分も大きいですので、もう少し謙虚になり、すべて自分の努力と実力のおかげというだけではない見方もしてほしいですお願い

 

 

成功していない方も、運が悪いだけの部分があるのです(運も実力のうちですか、お金持ちの家に生まれれば何も努力しなくても金持ちですよね)アセアセ

さらに恵まれない人を「甘えるな、努力不足だ」と追い込むのが今の日本社会節分

 

このように、人を切り捨て誰も助けない、人間が粗末に扱われ、大切にされない(外国人はじめ代わりはいくらでもいる)、そうすると他人のこともそのように扱うようになり、どんどん冷たい社会になってしまいます

 

(そりゃあ、そんな恐ろしい世の中に子供なんて産みたくないわな、さらに少子化でしょう、金の問題だけではないことに気が付かない政府)ドクロ

 

これからの日本は、AIがホワイトカラーの仕事を奪い、人手がいらなくなり氷河期世代の受けた理不尽なんてかわいい(世代の上辺1割といわれるMARCH以上の学生もゴミ扱い)と思えるくらいの地獄がやってくるとかドクロ

企業を選び放題で簡単に採用されて高待遇、転職も簡単な甘やかされたZ世代が耐えられるかな!?

 

 

こちらはお寺の施設として建てられたので、不思議な擬洋風建築でピンク色で少し中国っぽいですお願い
ここからは町が一望できて、とても気持ちが良いですラブラブ
 

この場所はもともと下日枝神社と本間光丘氏を祀った光丘神社があり、本間家の方は神社で祀られるほどの酒田の神様のような存在のようですお願い

洋館・擬洋風・図書館好きの方にもオススメです(^^♪