板橋Cityマラソン 振り返り | マサミのブログ Road to 42.195km

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まず、日曜日の私の戦いの痕をご覧ください(閲覧注意爆笑

 

 

 

 

 

更衣テントで着替えて、脱いだシューズをビニール袋に突っ込んで帰宅。ひとばん明けて出してみたらこうです。

マラソンのコースは舗装路ですけれど、更衣テントや荷物預かり場は土のグラウンドに設置されているので、朝から既にぐっちょんぐっちょんでした。レースの途中トイレに寄る時も、泥んこの道を通らなくてはならなかったり。

 

とりあえず洗ってみようと思いますが、ここまで汚れると元通り真っ白にはならないでしょうね。下手するとこのまま廃棄かなぁ…あ~あ。

 

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そして、今回の結果を受けて、私のフルマラソン/ウルトラマラソンの挑戦記録はこうなりました。

 

 

 

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コース上で撮った写真をご覧ください。

 

 

見えているのは岩淵水門。左が荒川、右が隅田川(の始まり)あたりです。

 

 

走りながら見えるのは川と土手。あと首都高速道路。そしてたくさんの橋や鉄道の陸橋を何度も何度もくぐる…スタートからゴールまでそういう景色が変わりません。

その中を一直線に走り、1回だけ折り返して一直線に戻って来る。「単調」といえば、これほど単調なフルマラソンのコースは初めてでした。

 

 

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思い出してみると、前半は追い風で助かりましたが、ということは折返したら向かい風になるはずです。

折り返して来たランナーさんたちの雨カッパが風にはためいているのを見て「これはキツそうだな」と思いました。

 

そして21kmを過ぎて折返した途端、想像通り、というより想像をはるかに超えた、びっくりするほどの強い向かい風になりました。

身体をぐっと前傾して表面積を小さくしないと、とても前に進めません。雨粒が顔を打って痛い。

 

私は「ああっ」「う~っ」「はぁ~」などと、声にならないうなり声をあげながら進みました。走るというより「早歩き」が精一杯です。

「この風さえなければ!天気予報では回復傾向って言ってたじゃん!」と思うのですが、風はむしろ強まる感じ。しかも北風だから冷たい!寒い! 気温とか風速とかの数字は分かりませんが、天気予報よりもどんどん悪い方へ傾いていっているような実感がありました。

 

撥水性のあるジャケットを着てはいましたけれど、すでに内側のシャツまでビショビショです。高い襟があってファスナーで締めれば雨水が身体に入ってくることは防げたものの、それでもつらい。

下半身はランパンにタイツでしたが、こちらは濡れて寒いとか気持ち悪いとかはあまり感じなくて済みました。シューズも、靴下までグッショリです。でもこちらも意外に平気。シャワーラン自体は慣れているからでしょうか。手袋も濡れてはいますが、感覚が無くなるほどではなかった。

 

私は心の中で「植村さん、助けてください!」と叫んでいました。大学の先輩で(面識はありませんし私は山岳部でもないです)冒険家の植村直己さんなら、こんな時どうするかなと思ったのです。

でも植村さんはきっと「自分で、考えなさい」と言うだろうなと思いました。

 

中間点で折返して数kmの間は、つらいけれどまだ身体は動きました。でも雨と寒さ、強い向かい風に体力を奪われていきます。

追い風の時は寒さをあまり感じなかったのに、向かい風だと急激に体温を奪われるように感じましたが、気のせいでしょうか?

 

いや、気のせいじゃないですよね。風に向かって進むということは、追い風の時に比べて、風速が体感的には倍になるということ? そりゃ、体温が奪われるはず。

 

「リタイヤ、棄権」という言葉が頭に浮かび始めたのは、27~28km地点あたりだったと思います。気持ちは折れていなくて、まだ前に進みたかった。でも身体が言うことをきかないのです。

私は「せめて30km地点まで行こう」と思いました。「30」という文字さえ見られたらもういい、という気持ちでした。

 

「30」にこだわった理由は、単にキリがいいから。それと、去年の秋の横浜マラソンでは27kmちょっとの所で失格でしたので、それより少しでも先に行きたかったからです。

 

そして朦朧とする視界の向うに、見えて来ました!

 

 

 

30kmポイントです。いまこの写真を見て思うのは、スタートから4時間57分32秒。つまり約5時間が経過している。7時間以内にゴールすれば完走ですから、あと2時間で12km走ればいい。6kmを1時間ですから、これなら楽勝だったじゃん!…と思うのですが、あの場面ではそんな計算なんかちっとも出来なかった。

 

だいたい、この30kmポイントまでの残り500mの私は、周りから見たらまるで夢遊病者では?と思えるようなフラフラした動きだったと思います。

心の中では「誰か俺を抱き留めて『もういいです!止めましょう!』っ言ってくれないかな」と思いながらトボトボ歩いていました。

 

 

これは↑ガーミンに残る私の「ピッチ(歩幅)」の記録です。赤と茶色は遅い。黄緑はまぁまぁ。青は早い。だいたいそんな色分けなんですが、中間点(21km)を過ぎると急激に悪化しているのが一目瞭然です。

 

しかも最後の最後の数100mは、「命の蝋燭が燃え尽きるように」ガクっと急な下り坂を降りていっていますよね。これを見るとなんか…自分でも言葉がありません。もうほとんど、危篤の人の生体反応のようじゃないですか。

 

30kmまでは来たという証拠の写真を撮ったら、なおさら身体から力が抜けました。100mほど戻ったところに救護テントがあったのでゆっくり歩いてそこまで戻り、指で×を作って、係の人に「棄権します」と伝えました。以下は、前記事の通りです。テントのパイプ椅子に座ったところでガーミンをストップ。

 

関門の制限時刻に間に合わず、身体はまだ走れるのに失格になった経験は何度かありますが、タイム的には完走の可能性がありながら自分から棄権を申し出たのは、私のマラソン経験の中で初めてでした。

 

収容車に乗せられてスタート地点まで向かいますが、まだレースは続いているので車はコース上を走れず、すごく遠回りをしました。まっすぐ行けば3分ぐらいで着くところを20分以上、走りました。

 

収容車には20人ぐらいのランナーが乗っていて、全員が時間の経過とともに「え?どこ走ってんの?」と不審な表情になって行きます。でも全員、無言のまま。

 

やがてスタート地点に戻り、私の板橋Cityマラソンは終わりました。

 

 

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収容車のなかで、いろいろ自問自答しました。

 

●まさか2回連続で収容車に乗せられるとは思わなかったな…これは神様が「もうフルマラソンからは引退しなさい。これからはハーフマラソンを目標にしなはれ」って言ってるのかな?

●でもこれを最期に引退するのは悔しすぎる。ぐっしょり濡れてガタガタ震えて棄権して、みじめな記憶しか残らないじゃん。今回は天候があまりにもひどすぎたんだから、もう一度トライしてもいいんじゃない?

●潔く今回で最後のフルマラソンにしちゃうのもアリかな。一昨年の夏でヨットを引退した時も、沈(転覆)したフネを自分で起こせなくて悪戦苦闘してどうしてもダメで、仲間にレスキューしてもらった日が最後になったんだし。あの惨めな記憶があるから、40年以上乗り続けたヨットもスッパリ諦められたわけで。

●いや、ヨットは万一のことがあると周囲にかける迷惑がものすごく大きいけど、マラソンは、自分が失格になればいいだけだから…

●確かに、マラソンで失格したり棄権したりしても、仕事をクビになるわけじゃないし、給料が減るわけでもないし、住んでる家を追い出されたり、友だちが一気にいなくなったり、刑務所に入れられるとか、税金が倍になるとか、そういう『実害』は何もないからねぇ…

 

 

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結論は出ないままで、赤羽駅から帰りの上野東京ラインに乗りました。今でもいろいろ、考えています。とりあえず考え中のまま、保留ということで。

 

お陰様で身体のダメージはないです。さすがに月曜日の午前中は身体がギクシャクしましたが、午後には用事を済ませるために横浜駅周辺まで出かけたし、大腿四頭筋に軽い筋肉痛があるくらいで済んでいます。ご心配をおかけしました。多くのご声援に感謝申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしてもこの写真…この記事を書くために見直していて今さらのように気がつきましたけど、30km地点までは超楽勝の完走ペースだったんですよね!あと2時間で12km行けば良かったんだから。

そう思うと…あの雨が憎い!風が、寒さが憎い! なんであの日だけあんな天気だったの?