私を自由にする くらし・らしく
お片付け手伝い リビング・ラボのmamiマミです。
実家には『応接間』と呼ぶ部屋があります。
今回はこちらの片付けです。
そして私は
人にとってモノ、住まいとは?
を考えさせられる片付けとなりました。
昭和40年代に建てられた実家の応接間は、家の中の一等地に設けられ、お客様をもてなす役割を担っていました。
普段使いはしない、特別の時に入る、そんな空間で、母は壁から天井の建材、カーペットにシャンデリアを選び抜いたようです。
しかし50年という年月の中、いつしかそこは母の思い出詰め込み、買い物の果ての終着地と化し、とてもお客様をもてなす様相には思えなくなっていました。
before
亡き父愛用のライティングビューローはちょっとした父を偲ぶコーナー
両親で旅した各地の記念の品
訳の分からん母の私物
母は人生一度も仕事をした事のない専業主婦
なのに家事嫌い
楽しみと言えば買い物
そして自分にはモノを(安く上手に)選ぶセンスがあると自負しているようで、日々その腕前披露のためにせっせと外出していました。
仕事もない、家事は娘に任せちゃう
おそらく買い物でモノを選ぶ時が最も活き活きする瞬間だったのでしょう。
インテリアを考え抜いた時はきっと
「素敵な空間を作りたい」
そう思っていたはずなのに
“買い物と言う日々の重荷下ろし(発散)”
“もったいない精神のはき違え”
でその空間にモノが積み重なっていったのです。
私には視覚的情報が多過ぎて、息の詰まる空間でした。
おそらくいきなりこの応接間を片付けようとしていたら、頑なに否定されたと思います。
しかし段階を踏み
洗面所片付け→☆
トイレ片付け→☆☆
玄関片付け→☆☆☆
その度に私はホコリまみれになってお掃除もし、片付けの度に母と一緒に過ごす、そんな時が重なっていました。
少し老朽化はしていますが、応接間の素肌が現れました。
after
母の日々の物足りなさを埋めていたモノ達
今回も壊れてしまうような劣化物は処分
多くは思い出語りと共に思い出箱に入れ、一部屋思い出部屋として確保したスペースへの移動をした結果です。
思い出箱も
・いずれ買取査定に出すもの
・時が来れば処分するもの
に分け、少なくとも娘の私はモノの把握が出来ました。
その後このコロナの世の中になるまで、その応接間はかつての機能を取り戻していました。
それまで保険屋さん、銀行さん、地域関連の雑事等こちらから出向いていた事も、訪ねて頂くようにし、高齢の母の生活に活気が戻っていました。
孫達ももちろん過ごしやすくなっていました。
空間と言うプライスレスな価値
そんな我が家を物置き扱いするのでしょうか?
「モノで満たされる」から
「空間に寛ぐ」
価値への気付きがやって来ますように。
■片付け・整理収納サービス
整理収納アドバイザーが直接お宅に伺い、お客様と一緒に片付けをします。
ご希望箇所にあるモノを一旦全て出して分類していただきます。
その後、使いやすい収納をご提案、ご相談しながら進めます。
ご希望箇所にあるモノを一旦全て出して分類していただきます。
その後、使いやすい収納をご提案、ご相談しながら進めます。
整理収納アドバイザー1名+アシスタント1名で伺います。
1回3時間コースと5時間コースがあります。
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