天国からの伝言【第3話】 | 【大阪・梅田】ねこ店主のひとりごと

【大阪・梅田】ねこ店主のひとりごと

ねこ店主のおばかさんでちょっと不思議なひとりごと。

 

対応の遅さが命取りになるという
過酷なサラリーマン時代の記憶…


大学を卒業後、アパレル系総合商社に

入社したのだが…僕らが新卒一期生で

業界でも有名なカリスマの社長の元に

様々な商社からヘッドハントで集まった

バリバリの商社マン達が上司。

 

パワハラなんて言葉もなかった当時…

上司のレベルについて行くのが必死で

早朝から終電まで働いた。

 

入社3年目で部下も出来て、それでも
やっと半人前という頃、25歳当時

中国の合弁工場に日本から生地を輸出

韓国からは副資材を輸出して、中国で

生産した製品を日本に輸入するという

「三国間貿易のプロジェクト」を数字

に強いという理由で社長から任命され

営業以外の業務として任されていた。


毎週、工場の稼働スケジュールに合わせ
木曜日に上海へ入港する船に生地を乗せ

には、水曜に船積をしなければならない。

水曜日に船積みするには、火曜日の最終

迄に乙仲業者(船積代行の海運会社)に
輸出手続きに必要な全ての書類と積み荷

を用意しなければならない。

船積書類にはインボイスとパッキングリスト
の他に委託加工貿易の許可を取った書類が
必要で、当時、通産省がその管轄だった。


その書類が厄介で、当時はパソコンなど
ない時代。全て手計算して英字タイプで
書類作成していた。



計算間違いはおろか、タイプミスが一字
あっただけでも通産省からは書類チェック
さえ拒否をされるくらいの厳しいもの。



輸出入の際、インボイスというその荷物
の

数量と単価、総金額に対する評価額を明記

したものが必要になる。
その内容に対して関税がかかる訳だが一旦

日本から関税を払って中国へ輸出したその

生地を使い製品として再び日本へ輸入する

場合、その輸入時の関税は重複することに

なる為「評価申告」といって余計な関税が
かからない様にあらかじめ許可証明を取り
第三国に輸出するという為の書類。


その書類への記載事項は
生地の組成と配合割合、評価金額と関税率で
例えば、「
T/C 65/35」 とはテトロンコットン
といってポリエステル65%に綿35%の
組成の生地を、ドル建てのヤード換算をして
書類を叩かねばならない。
しかも、生地組成と配合に対して税率は様々。



常に「GATT(貿易と関税に関する一般協定)」
という分厚い本を傍らに置き、生地会社から
出てくるFAXを元に書類を作成したものだった。



ひどい時は書類を完成させるまで約6時間は

必要になる。



その作業は

当然、日中の営業活動外で行っていたので

書類作成作業の開始がだいたい21時から。

そして、出来上がるのは日付が変わって

27時。


鼻っから月曜の晩は朝まで会社で、しかも

ネクタイだけ変えて、そのまま朝から平然

と勤務。それが商社マンのプライドだと

当時は思っていた。

コンプライアンスの厳しい現在では到底

考えられない勤務体制だが、あの厳しさ

があったから今の自分があると思っている。



そう、時間がないから出来ませんでしたが
通用しない世界。もし、僕のミスで万が一

生地の船積みができなかったら…合弁工場

の中国の人達は1週間仕事がなくなる。

何百人という工員の彼等には家族がいて
たった一人の僕のミスで、その何倍もの
人達の生活が危ぶまれるという現実。

だからその緊張感は半端ない。



今思うとあの一年間の経験が自分自身を

かなり強くさせた。いいわけなど何の意味

もなさない事を学んだ。






だから、いい歳をしてデキナイ理由を並べ
「良い結果を得られるはずがない」と嘆く

奴をみると説教したくなる。
(※実際説教している。)



行くと自分で決めたら…ほんのわずかでも

可能性があるなら行くしかない。


例え、誰かに「勝ち」を譲ったとしても
自分にだけは負けてはいけないのだ。






話はかなり飛んだので元に戻すとして…


購入するパソコンを検討した結果
知人の社長がすすめてくれたマシンに
しようかと思案していた時、ふっと

ある匂いが鼻先をかすめた。




三十数年前の記憶が一瞬で蘇る。




それは…



幼少の頃に遊んだ、母の実家の

クリーニング屋の洗濯物をプレス

する機械とそして…




今は亡き、祖父のポマードの匂い。



間違いない。爺様がここにいると

感じた一瞬だった。







つづく