神奈川の話や音楽ネタに寄り道をしたが、また2019年10月の鹿児島の湯旅の話へ戻る。
世間にはびこるヤツのせいで新規の湯ネタ・飲食ネタがなかなか増える予定がないので、とりあえず昨年ネタをまだまだできる限り引っ張る予定。
いつか来る自由な日々に思いを馳せ、今はイメージだけでも極上温泉旅、お付き合いくださいまし。
初日は霧島市、2日目は指宿市から始まり、薩摩半島をグルっと時計回りに北上する形で薩摩川内市まで達した。
詳しくはこれまでの行程リンク集を参照あれ。
<初日>
ラーメン楽天 日当山店 (食事)
居酒屋 ひろみち (食事)
<2日目>
筑豊ラーメンセンター 山小屋 川内店 (食事)
早めの夕食の後はJR鹿児島本線の川内駅あたりの商業地を抜け県道341号から339号を西へ。
ご覧の分岐↓そのままトンネルに突入すると宿泊の宿がある目的地に達せない。
湯之元第1トンネルに入らず右折。
そう、この日の宿があるのは川内高城温泉なのだ。
山間にひっそりとあるこじんまりとした温泉街、いつか来たいと思っていた。
その温泉街は旧道になるのだろう。
共有の無料駐車場に車を停める。
案内板、見えづらいですよね。
オフィシャルサイトからDLした案内図を引用させていただく。
川内高城温泉の開湯は不明だが、800年前に宣教師による発見という説が一番古いらしい。
鎌倉時代編纂の建久図田帳に載っており、江戸後期の薩摩藩が編集した三国名勝図会にも載ってるとのこと。
この沿革↑とサイトの歴史話は若干違っているように思える。違ってるのでなくまとめ方が違うだけなのだろうが。
サイトによると古くは湯川内と呼ばれ、その後に湯ノ元温泉と呼ばれ、現在は川内高城温泉。
人によっては町の名前より湯田温泉とも呼ぶらしい。
ぼくが泊った宿の女将は単に高城温泉と言ってた。
この沿革と同じだ。
実際今の地元の方はこの高城温泉と呼ぶ感じが普通なのではなかろうか。
ちなみに「高城」は「たき」と読む。
せんだいたき温泉が今の正式な呼び名だ。
ここ↑に挙げられている色んな湯をできるだけハシゴしようというわけだ![]()
残念なことに、パンフにある喜久屋さんは廃業してしまったとのこと。
めっちゃカワイイ浴槽なのに、何とも残念。
さらにこの↑写真に載ってない浴場もある。
実際はその浴場へ最初に行ったのだが、そんな話は次回以降に。
それでは温泉街を進もう。
右に見えるのは湯田川の支流というか、用水路というか。
この先で湯田川に合流している。
温泉街にはいかにも湯治宿みたいな古いタイプからモダンなタイプまで、色んな宿が並んでいる。
こじんまりとしているが、それがぼくのイメージする理想的な温泉街に近い。
最初の宿がある手前に温泉神社の入口がある。
温泉神社参拝よりも温泉街探索を優先させた(^^ゞ
この並びの宿はどこも二階建てまでに思えた。
あえて揃えているのかは分からないが、作られた感が無いのがよい。
たとえ鄙びているように見えたとしても、やはり時の重みがそのまま表れている温泉街が好きだ。
途中には少し商店やパブリックなスペースもあるが控えめである。
やはり夜に営業している食堂はなかった(ように思えた)…ホルモン炒めとラーメンを食べておいて正解だったのだ(^-^;
宿によっては昔のまま、リニューアル、完全新築など色々あるのも生きている温泉街として好感が持てた。
ぼくは昔のままの宿に泊まったのだが。
温泉街の外れに朽ちた鉄道車両があった。
竹屋旅館が設置したようだが、この車両は貨物の車掌車と貨物スペースが共にあるワフ29500形と呼ばれるものだ。
もちろんこの写真を載せるにあたり調べたのだが。
なぜこの車両がここにあるのかは、竹屋旅館には泊まらなかった(離れたところにある浴場のみ立寄った)ため分からず。
ちなみにこの温泉街に国鉄の駅があったという話はたぶんなく、最寄り駅は鹿児島本線の川内駅か、肥薩おれんじ鉄道の薩摩高城駅。
いずれもバス利用になるであろう。
あ、薩摩高城駅は無人駅ながらあのクルーズ列車「ななつ星」の停車駅の1つになっている。
そしてもうお気づきの方もいるであろう、こちらの湯も西郷どんの由来あり![]()
こんな展示まであった![]()
いや~西郷どん、ホントに温泉好きやったんやねぇ。
エピソードはこちらを参照あれ。
一度ひざを交えて温泉話がしたいですわ![]()
それでは次回から魅惑の川内高城温泉シリーズがしばらく続くのでご期待あれ。
川内高城温泉
鹿児島県薩摩川内市湯田町
2019年10月来訪














