安部総理のトレモロス イッポン!のレロレロぶり、
大嘘八百を弄し国民を愚弄するアメリカのポチぶり、
自国民を苦しめるだけでなく、
原発を諸外国に売り歩いて、オリンピックという虚飾の祭を開催しようなど、
他国の方々に対しても恥ずかしくて申し訳なくて、
国に殺される前に、もう憤死寸前です!!
国民が、あきらめ、思考停止、自滅するのを待つのが、
奴らの作戦ならば、そうはさせじ!!と意思表示を始めた多くの一般国民。
次は、我々の思考&行動の種の情報さえ封じて
「秘密」にしようとしているんですよね!
トレモロス イッポン!発狂!
2020年東京オリンピックが決まっちゃいましたけれど。。
今日は、1964年東京オリンピックの頃の
超マニアックなお話しです

1945年、沖縄戦、神風特別攻撃、本土空襲、原子爆弾投下。
8月10日玉音放送。敗戦。
1963年10月26日(原子力の日)、
茨城県東海村で、日本で最初の原子力発電が行われ・・
そして、戦後約20年。
・・1964年、東京オリンピックが開催されました。
有色人種国家における史上初、
敗戦後、急速な復活を遂げた日本が、
再び国際社会の中心に復帰するシンボルとなった東京オリンピック。
1965年、市川昆監督はドキュメンタリー映画「東京オリンピック」を撮り公開。
その2年後市川昆監督らは、
あの子供たちに大人気のキュートな
「♬トッポ、ジ~~~ジョ~~~~ョ~~~♪」をメインキャラクターに据えた
反戦反核の実写&パペットアニメの映画、
トッポ・ジージョのボタン戦争(1967年)を撮ったのです!
どうやら、オリンピックと核はセットのようです。
核問題隠しのためにオリンピックが利用されてきたことを、
感じずにはいられません!
オリンピックとは、
純粋に身体的芸術を志す選手らを活動を
国家の悪事を隠すためのものですか?
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トッポ・ジージョのボタン戦争とは?
この作品は、原作者マリア・ペレーゴが操るトッポ・ジージョ人形を主役に、
市川崑、永六輔、イタリアのアルベルト・オンガロ(ジャーナリスト、漫画家)、
フェデリコ・カルドーラ(マリア・ペレーゴの夫)の四人が共同でシナリオを執筆し、
撮影は「アンデスの花嫁」の長野重一で、市川崑が監督した。
1967年夏に公開され、2004年にはリバイバル上映され、2005年にはDVD化された。
市川崑監督は、1965年(昭和40年)には総監督として『東京オリンピック』製作した。
当時の興行記録を塗り替えた一大センセーションを起す。
オリンピックは筋書きのない壮大なドラマに他ならないとして、
開会式から閉会式に至るまでの緻密な脚本を和田夏十・谷川俊太郎・白坂依志夫とともに書き上げ、これをもとにこのドキュメンタリー映画を撮った。
驚いたことに、『トッポ・ジージョのボタン戦争』は、
日本人とイタリア人が作った反核反戦と愛の物語なんですね!
さてさて、この『トッポ・ジージョのボタン戦争』の
赤い風船とトッポジージョの愛のラインは、まちがいなく、
名作、ラモリス監督の映画『赤い風船』へのオマージュです!!
そして、
この『赤い風船』は、
マイケルジャクソンの大のお気に入りの映画です。
彼の膨大な映画コレクションの中でも、
特別なお気に入りなんでしたね~~

赤い風船で、マイケルとトッポジージョを繋がった~\(^_^)/
私たちは、希望&愛を失わず、
いつも「赤い風船」を携えていなくっちゃ! ですね!!!

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◆ストーリー◆
小大某国の、とある都会の一画に、ネズミのトッポ・ジージョは淋しく独りで暮らしていた。友だちもなく孤独なジージョはある夜、街に散歩に出かけ、街灯の根元に転っている赤い風船を見つけた。その風船は、まるで生きている少女のようだった。
ジージョと赤い風船は、挨拶を交し、ふたり仲良く街を散歩した。
その頃、この街では緑、赤、黄、青、紫の靴下をはいた五人組の男たちが、
何事かよからぬことをたくらんでいた。
銀行の地下金庫のは、国連で結ばれた核兵器安全保障条約に基づき、核兵器所有五カ国の持つ五つのボタンが納められていたのだが、一つのボタンを押すとその国は完全に破壊されてしまうという恐ろしいものだった。
この五人組はボスの命令でこの五つのボタンを盗み出し、
世界を征服しようとたくらんでいたのだ。
赤い風船と散歩を楽しんでいたジージョは、ふいに風船を見失ってしまい、
彼女を探していた。そこで偶然にこの五人組のたくらみを知り、
世界の危機を救うため、駆け回るのだ。
その騒ぎの中、ジージョは、赤い靴下の男に外へ放り投げられてしまうが、
落ちた先は、ネズミが大嫌いな悪党共のボスの車。
ボスは、パニックになり、車は廃品の山に衝突してしまう。
ボスは命からがら逃げ去り、ジージョも服はボロボロになったけれども無事だった。
五人組は間もなく逮捕され、ジージョは破れた赤い風船に再会することが出来た。
そして、ジージョは赤い風船を家に連れて帰り、いつまでも幸せに暮らした。
もう彼は孤独ではなくなった。