お互いがお互いの持ち合わせていないものを補いあっている
補色 という正反対の色の関係性は、
それをとてもわかりやすく教えてくれます。
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補色
レッド ⇄ グリーン
オレンジ ⇄ ブルー
イエロー ⇄ パープル
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たとえば
レッド ⇄ グリーン
レッドを(発言者、スピーカー、まんなかにいる人)と例えるならば、レッドが「なにかをしているようにみえる」けれど、グリーンという(聴き手・オーディエンス)が「聴いて(あげる)/与える」という役割によって、レッドが癒しています。
聴き手・オーディエンスがいなければ、なにかをやったり歌ったり踊ったりしても、注目を与え「主役を主役とたらしめる聴き手・オーディエンス」がいなかれば、どんなに素晴らしい表現も共有されることがなく「ひとりごと」にすぎません。表現者をイキイキとさせているのは、聴き手・オーディエンスなのです。オーディエンスの「聴いて(あげる)/与える」という役割は大きい。
でも、そのことにレッドも、グリーン自身も気づいていないことが多いのだけれど、最高の表現者(レッド)は、グリーン(オーディエンス・聴き手)の存在の大きさ、それへの感謝も忘れない。
もちろん、グリーン(平凡さ)はレッドという(刺激、活動性)によって癒されている。レッドの能動的で活発な姿は、平凡さに彩りや楽しみ、生気をあたえくれている。
イエローはパープルに、
パープルはイエローに癒されています。
これは、子供と老人の関係性で表現できます。
イエロー = 子供(孫)
パープス = おじいちゃんおばあちゃん
孫には、パープルばあちゃんにとって喜び、活気であり、未来・希望。泣いて帰ってきた孫をいつもやさしく包み込みこんでくれるパープルばあちゃんの存在は孫にとって大きな優しさ(慈悲、懐のふかさ、癒し)そのもの。
かんじるココロケア あまのこころ