皆さま、こんにちは!
まずは毎度のご報告です。
ブログ2編がアメトピに掲載されました。
運営さん、今回もありがとうございます!
こちらの記事でした。
一度と言わず二度三度とチェックくださいね。
さて本題。
今日は9年前に訪れた長良川鉄道越美南線から
富加(とみか)駅の訪問記です。
「とみか」駅と言っても
みんなが知ってるコレとはまったく関係がありません。
みんなが知ってるトミカは「tomica」で
富加駅は「tomika」ですからね。
富加駅は大正12年に開業した国鉄越美南線の駅で
昭和61年に第三セクター化。
現在は長良川鉄道の駅に変わりました。
そんな富加駅ですが
昭和61年に第三セクター化される以前は
加茂野(かもの)駅を名乗ってました。
「加茂野駅って富加駅の隣にあるじゃん」
はい、その通りです。
ここからは国鉄時代の話。
そもそも当駅が所在する自治体は加茂野町ではなく富加町。
加茂野町にある駅は
お隣にある加茂野口駅(現在の加茂野駅)だけでした。
そこで第三セクター化に合わせ
それまで一致していなかった駅名と地域名を合致。
加茂野町にある駅→加茂野駅(旧・加茂野口駅)
富加町にある駅→富加駅(旧・加茂野駅)
に改称したのです。
それまで加茂野駅を降りると富加町の看板が目前にあるという
なんとも言えぬ状態でしたが
今は富加町の玄関口にふさわしく変わったワケですね。
ちなみに富加町の町名の由来は
今年で55周年を迎えるミニカーのトミカとは全く関係が無く
(しつこくてスミマセン)
町内にある富加神社からきてるそうです。
自分はてっきり
富田村と加治田村が昭和29年に合併して
富加村に変わったからだと思ってましたが…
富加神社なのです?
いずれにせよ
駅名と地域名の由来がコレではないことは確かでした。
そんな富加駅ですが
超レトロな木造駅舎が残ってることでも有名です。
大正12年に開業した当時から使われている駅舎で
竣工から102年が経過した年代物でした。
もし越美南線が第三セクター化されずにJRに移行してたら
この駅舎は早々に解体されてたかもしれませんね。
窓口は板で塞がれてますが
有人駅時代に使われていた荷物の受け渡し窓口も残ってます。
かなりオリジナルに近い状態でした。
古いのは駅舎だけではなく、
構内にある建物もレトロなものだらけです。
倉庫として使われているこの建物、
国鉄時代は転てつ機小屋として使われていたのではないでしょうかね?
構内の全景です。
富加駅は列車の行き違いが可能な相対式ホーム2面2線構造でした。
昭和49年に越美南線の貨物列車が廃止されると
列車の本数が激減したことから
駅舎の反対側にあるホームは廃止されましたが…
第三セクター化されると
レールバスタイプの車両が導入されて列車の大増発が決定。
再び富加駅で列車交換(行き違い)をさせることになって
廃止したホームを復活させたそうです。
復活したホームには
雨をしのぐための上屋が設置されました。
この上屋、どこかで見覚えがあると思ったら
2本のホームは構内踏切で結ばれてます。
ここで富加駅の構内踏切の位置に注目。
国鉄時代の構内踏切は富加駅のように
駅舎の中からも構内踏切を監視できるよう
駅舎の向かい側(ホームの中央)に置かれるのが一般的でした。
ところがこの位置に構内踏切があると
停車した列車が構内踏切を塞いでしまいます。
そこでJRの駅は無人化された際に
構内踏切がホームの外れに移設されました。
越美南線の列車は最長で2両編成なので
構内踏切は移設されてませんが、
これほど昔ながらの風景が残る駅も珍しいと思いますよ。
富加駅は無人駅なので駅舎が無い南側にも出入口がありました。
最後は構内の外れにある
30フィートのコンテナを改造した倉庫の画像で〆ます。
このコンテナ、側面にフォークリフトのポケットがないので
海上コンテナの廃品だと思いますが、
国鉄コンテナを模したデザインに変えたら
これ目当てで訪れるファンが増えるのではないでしょうかね?
長良川鉄道では国鉄カラーの気動車が人気ですし
ここは思いっきり国鉄にこだわってみては?
鉄道ファン、大勢来ること間違いなしです!
訪問駅リスト(第三セクター線 私鉄線 ほか)
長良川鉄道越美南線
↑(美濃太田駅)
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