皆さま、こんにちは。
今朝、大阪で地震が起きたことをニュースで知りました。
報道によると、ブロック塀の倒壊により
ケガを負った方が多数いるそうで。
ここで思い出すのが40年前に起きた宮城県沖地震のこと。
この時も強度が低いブロック塀が倒壊し、多くの犠牲者が出たのですよね。
以来、仙台市内から軟弱なブロック塀は消え、
フェンスや垣根に変わりましたけど、
全国にはまだまだこのような塀が残っているのかもしれません。
余震はまだ続くと思いますので警戒しながらお過ごしくださいませ。
さて、今日は米坂線・羽前椿(うぜんつばき)駅の訪問記です。
ここを訪れてからもう2年が経過していたとは…
オッサンになると、時の経過がやたらと早く感じますな。
羽前椿駅は昭和6年に開設された駅。
かつてこの地は椿村(駅が開業する以前の明治22年に豊原村に編入・
現在は飯富町の大字名)だったことから、この駅名が付いたそうです。
それなら「椿駅」を名乗ればいいじゃないの?と思いましたが、
羽前椿駅か開業した時点で五能線に椿駅があったために
旧国名の「羽前」が冠せられたみたいで。
その五能線の椿駅は昭和34年に八森駅に改称され、
現在は昭和10年に開業した紀勢本線の旧・紀伊椿駅が
昭和40年に改称されて椿駅を名乗ってます。
椿駅の駅名争奪戦、羽前椿駅はちょい出遅れたか!?
羽前椿駅にはバカでかい駅舎がありますけど、
こちらは平成7年に建て替えされたモノだそうですよ。
羽前椿駅がある西置賜郡飯豊町(いいでまち)。
羽前椿駅は街の中心にもっとも近い駅で、
米坂線で運行される区間列車の半分がここで折り返ししているとのこと。
飯豊町は飯豊連峰や白川湖など、
風光明媚な観光スポットを数多く抱える町で、
駅自体も観光案内所が業務委託を受けてる簡易委託駅だそうですけど…
残念ながら、自分が訪れた時は観光協会は休み時間中。
窓口も閉鎖されてましたわ。
キャバ嬢の名刺の裏側に記されてる出勤簿のような
羽前椿駅の営業日案内を見ると、
この日は営業日のはずなのですが…
営業日でも列車の到着時刻以外は窓口が閉鎖されてるのかもしれません。
切符目当てで訪れる方は注意が必要かな?
待合室ですけど、とにかく居るだけで楽しめるスペースでした。
観光案内所を兼ねてるからなのかもしれませんが、
飯豊町の観光地にまつわる展示物がごっそりと掲げられてますの。
国鉄時代、磐越西線に急行「いいで号」が運行されてて、
なぜ飯豊町がある米坂線じゃないの?と思いましたけど、
飯豊連峰ってこんなに巨大な連山だったとは…。
他に「いいで牛」や温泉、どぶろくも気になりましたが、
鉄道ファンでしたら目が行くのはやはりここでしょう。
非鉄な方がイメージした列車。
手前がキハ52の一般色で奥は新潟色?(現物は青ラインですが)
窓数が少ないのは単に描くのが面倒だっただけだと思いますけど…
きっとそうですよね?
お次はホームにイン。
羽前椿駅は列車の退避が可能な相対式ホーム2面2線構造です。
2本のホームは跨線橋で結ばれてました。
羽前椿駅は国鉄時代の昭和58年に業務委託化されているので、
跨線橋はその際に設けられたモノで間違いないでしょう。
ホームには古い待合室も残ってますぜ☆
造りの古さから察するに開業当時から残ってる建物なのかも。
最近、JR東日本エリアでは駅舎だけではなく
待合室の改築も進行中ですので、ここも激写しました。
それと駅舎のすぐ脇に鎮座しているワラ倉庫も。
ワラと言っても「藁」を蓄えてる倉庫ではなくて、
有蓋貨車の「ワラ1」を転用したダルマ倉庫でした。
全体が防錆塗装で塗られているのに、
まるで怨霊のように車両表記が浮かび上がってましたよ。
ちなみにこちらはワラ17279+ワラ16242の2両です。
ダルマ倉庫を国鉄時代の塗装に戻すだけで
大勢の鉄道ファンが訪れる気がするのですけど…
どこかの駅でそんなこと、やってくれませんかね?
山あり、谷あり、川あり、そして廃貨車ありの、
どこの駅でも楽しめちゃう米坂線でした。
米坂線の全駅の訪問記がブログUP済み。
お時間がありましたらぜひ、下記のリンクよりチェックくださいませ。
↑(米沢駅)
羽前椿駅(平成28年3月21日)
↓(坂町駅)
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