激動の時代を生き抜かれた"百合子さまの御生涯” | 新MUのブログ

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2014年11月末をもって閉鎖した【MU(ムー)のブログ】の管理人です。
その節はお世話になりました。以前は時事問題を主に取り上げ
ましたが、各種事情により少しセーブします~♪

3人の息子に先立たれ、百合子さま101歳の生涯(11/15)

 

三笠宮妃百合子さまが、15日朝早く、老衰のため逝去されました。百合子さまは、上皇さまのおじにあたる故・三笠宮さまの妃で、皇族では最長寿の101歳(1923年6月4日生)。

 

 

大正・昭和・平成・令和と激動の時代を生き抜かれた生涯でした。1941年に三笠宮さまと結婚された百合子さま。

 


空襲により宮邸が全焼し、5人のお子さまに恵まれるも「ひげの殿下」として親しまれた長男の寬仁さま、次男の桂宮さま、47歳の若さで急死した三男の高円宮さまと3人の息子に先立たれるなど、大きな悲しみを何度も経験されたご夫妻。(中略)


 

母子愛育会の総裁を長年務め、母子の健康に心を寄せられたほか、民族衣装文化普及協会や、いけばなインターナショナルの名誉総裁などとして、日本文化の普及にも尽力されました。(引用終了)

 

 

三笠宮百合子さまは1923年(大正12年)のお生まれです。

 

大正時代は、1912年(大正元年)7月30日から1926年(大正15年)12月25日までとなっております。

 

大正時代の年表

 

太平洋戦争が行われたのは、1941年(昭和16年)~1945年(昭和20年)。つまり、百合子さまが三笠宮さまとご結婚された1941年は、太平洋戦争開戦の年だったのです。ご年齢は18歳でした。

 

 

皆様におかれましては、祖父母が大正世代という方が多いと思いますが、ご存命中の祖父母は少ないと思われます。

 

明治世代も大変だったでしょうが、大正世代は最も気の毒な世代でした。青春時代と戦争期間が重なりますのでねぇ・・・ショボーン

 

三笠宮百合子さまの御冥福を心よりお祈りいたします~お願い


ドナルド・キーンさん死去(2019/2/24)

 

さて、昨日は少しゆっくりさせていただき、沢山の動画を鑑賞させていただきました。その中で、親日家として有名だった「ドナルド・キーン氏」に関する動画をご紹介します。

 

【サロン記事】共通性がある三つの予言(Ⅰ)(11/10)

 

10日の記事「三島由紀夫氏の発言」を紹介しましたが、キーン氏は三島氏と親交があったのですね。

 

また、鑑賞後の感想として、「キーン氏には日本人だった過去世があるのでは~はてなマーク」と思ってしまいました~魂

 

なお、YouTubeの感想コメントに興味深い内容がありましたので、併せてご紹介します。画像はキーン氏の生涯に沿ってのものです。それでは~流れ星

 

【ドナルド・キーン氏】人生の最後は日本人で終わりたい

 

★@ryokucha7065氏のコメント

 

欧州在住40年近くになる。 遠い昔海外で働き始めた頃、自分自身の日本人としての誇りや矜持と周りから受ける差別や不当な過小評価との狭間に苦しんでいた。

 

 

日本古来の古風な家に生まれ育った私には、欧米での習慣ややり方に慣れるのは至難の業だった。何の問題も無く過ごしているかのように、一つの演劇を演じながら日常をやり過ごしているような感覚だった。 

 

 

人を思いやり黙っていることにはダメ出しをされる社会で、古風な日本人が生きて行くのは簡単な事ではなかった。でも自分は日本人の在り方を崩してまで、合わせるのは違うという確信があった。

 

郷に入っては郷に従えはする、でも日本人である芯の部分は失いたくなかった。それは海外に居ればいるほど、日本の持つ歴史文化伝統習慣の稀有さ豊かさ素晴らしさを痛感していたからだ。 

 

★三島由紀夫氏と歓談するドナルド・キーン氏

 

その精神的葛藤で人生で一番辛かった頃、ドナルド・キーン氏の日本評がどれだけ支えになったか分からない。ややもすると崩れそうになる日本人としての自分の在り方を、失う事なく乗り切れたのはキーン氏のおかげかも知れない。 

 

今人生の終わりに差し掛かって、キーン氏が指摘されていた日本人についてのあれこれをつくづく感じている。 国民を守ろうとしない国賊政治屋が蔓延って、移民政策を進め日本を破壊している。その上政策の不味さから経済的にも弱っている今の日本。

 

★川端康成氏とドナルド・キーン氏

 

 色々な要因で日本人の良さを失っている部分もある現代日本だが、日本人なら必ずや復活すると信じている。それは何世紀にも渡って綿々と繋がって来た「日本人のDNA」を信じているからだ。 

 

【日本人には使命がある(2】(2023/12/18)

 

自分自身も退職した暁には帰国して、自分の出来る事をして日本の復興の為のささやかな一つの駒になれればと思っている。(転載終了)

 

(参考)ドナルド・キーン(wiki)、三島由紀夫(wiki)

 

ドナルド・キーンさん死去(2019/2/24)