今日は私の話ね。結構ダークなのでご注意ください。
書きながらいっぱいいっぱい涙を流したけどスッキリしました。
↑初めての方は「リンク集」から読んでね~
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早く実家のわんことニャンコに会いたいな~。
もうすぐ会えると思うと
楽しみでしかたない今日この頃。
ある意味家族に会うより楽しみだったりする (←)
動物は「最近どうよ~?」って
メールや電話ができないから、
実際に会ったときに、
彼らを眺めたり、抱いたりして
コミュニケーションとりたいのかも (^―^)
わんこは飛び切り嬉しそうに喜んでくれて
言う事ちゃんと聞くいいこちゃん。
ニャンコはこっちの機嫌も都合も気にせず、
勝手気まま遊んだり寝たりしている自由人(猫)。
全然違うけど、
どちらも違う可愛さがあるのです(o^^o)
どっちがかわいいなんて比べられない。
私は小さいころ、
親にとって「いい子」にしてないと
愛されない、認めてもらえない
って思って、
母のご機嫌伺ってよい子して
認めてもらえるようにって頑張ってたけど、
それって勘違いだったのかな、、。
・・なんて犬猫のこと考えてたら思いました。
私の母はたしかに
私が「苦しくても頑張る」をしていると褒めるし、それをやめたいと言えば怒る人だったし、
休日に疲れ切って遅くまで寝ているだけでも
鬼の形相で部屋に乗り込んできてきて
何時まで寝てるんだ!!ってどなってカーテン開けて窓開けて、無理やり起こすような人だった。
私は
ブツブツイライラ全否定しながらも、
「しょーがないやっちゃ」
と愛してくれていたのかなって。
父がね、私がちいさい頃から
「今の若いのはすぐ離婚する。
我慢が足りない」
ってよく言っていたんだけど、
いざ私がアメリカに嫁ぐとなったら、
涙一杯ためて
「辛くなったら戻って来いよ!我慢なんてしなくていいんだからな」
っていったの。
すごくびっくりした。
母の私へのイライラも、もしかしたら、そういうことだったのかな?
もういないから確認できないけれど。
私の母もね、長い間病気だったのだけど
私、母の体や心の痛みを知ろうともしなかったんだ。
末期がんだったのだけど、きっと死に向き合うのは怖かったと思う。
でもその時の私は「死にたい気持ちで生きている」のが当たり前だったから
「生きたい人が死と向き合う恐怖」や
「激痛に耐えただ息をしながら死を待つ恐怖、孤独、寂しさ」
に思いをめぐらせようともしなかった。
私も私の価値観で母の苦しさに思いを寄せること、できなかったの。
私、自分が死にたいからって、
『お母さんは病気は苦しいだろうけど、苦しんだ先に死ねるんだからいいじゃん、うらやましい』
なんて思ってた
それとか
『私の病気と違って、周りの人にやさしく心配してもらえてずるい』
なんてことも、おもっていたかも。
そういう自己中心的な考えで人を思いやれない自分のことを嫌いになっていたけど
でも、今は、あの頃の自分は
ああなって仕方ないくらい
苦しくて、
寂しくて、
孤独で、
自分の苦しさで精一杯だったんだろうなって思うんだ。
でも、そう考えると、母も同じだったんかなって。
当時の私は
「私は愛されていないから、母は私の痛みをわかろうともしてくれないんだろう」
って思っていたけれど
そうではなくて
自分のことで一杯になるくらい、
私の痛みや苦しみを知ろうともできないくらい、
母も苦しんでいた、てことなのかな、って思うんだ。
母ががんになってからもそうだけど
病気になる前から母は母の生き方で苦しんでいたのかもしれない。
自分が心地よく生きられるかどうかより
自分の家族が幸せに生きることより
いつも他人や世間にどう思われるかなど
他人の評価や世間体中心の生き方を
母自身がしていて、
今思えばいつも、それで自分自身や家族にイライラしたり、悲しんだり、心配したりしてるのが日常で、とても苦しそうだった。
私が母の理想どおりじゃないと
泣いたり、
イライラしたり
私に向かってきてはいたけれど、
今思えばあれは、
私を嫌いだったとかじゃなくて
母自身が自分の生き方、考え方で苦しいよ、母自身の心の悲鳴だったんだと思う。
私、来年母が癌になった年齢になるのね。
母がこの世を去った年齢になるまでは、あと8年とちょっと。
母方の従兄弟も次々と癌になっているので、
死を身近に感じずにはいられなくて
だから、母のあの頃の辛さを思いやれなかったことを、よく思いだすようになったのかも。
今すごく母に会いたい。
母もつらかったことに気づいてあげられなかったこと、
小さいころから「母に認められそうな良い子」を進んで演じてきたから、母が私がやりたくないのに苦しいのに頑張ってきたこと気づかなくて当たり前だったかもしれないのに、母だけに全責任を押し付けるような言い方で母を責めてしまったこと。
たくさん、謝りたいことも
伝えたかった”本当の気持ち”も、いっぱいある。
そして何より
お母さんの顔色見ながら
よい子を演じていた幼少期も
お母さんの価値観で
自分のしたいことがわからなくなったんだとお母さんを責めた時も
いつだってお母さんが大好きだったこと。
だからこそ
「私のやり方・考え方を認めてくれない=私の存在全体が否定されてる」
って感じて必死だったこと
本当は母の考えと違っても
私の価値観で生きて
失敗したり成功したりしながら生きてる私を認めてほしかったこと。
「なんでわかってくれないの
(私を認めてよ、愛してよ)」
になっていたけど、
わたしも母のありのままを否定していたのだと気づけたこと。
私も、自分がうつ病と摂食障害という病気にたまたまなったことで、自分の苦しみを作る当たり前(心のフィルター)と向き合う機会があったからこそ、当たり前と思っていた考え方の苦しさに気づけただけで
そうじゃなかったら
私も、母が母の価値観を押し付ける形で私を育てたように
自分だけでなく人のことまでも、
人をダメとかいいとか、かっこ悪いダメな奴になるとか
狭く窮屈な価値観で人にジャッジしながら生きていたかもしれないし
あの時の価値観のまま自分の子供を持ったとしたら、
自分が自分にしていたように
これじゃダメ、こうしないとダメだと
自分の怖れの価値観だけが「絶対正しい」と信じて
そうでない子供を叱ったり、思い通りのときだけほめたりして、
間接的に子供を支配、思考をコントロールするような育て方、していたんじゃないかと思う。
やりたいからやる➡ やるなら結果出せ
やめたいからやめる➡ 甘えじゃん
そんな虐待的な言葉を
私は私自身に浴びせていたけど、
正直いうと他人にも、心の中でそう思っていた時期が長年あった。
他人だったから言わなかっただけで
子供には、子供の為にって本当に思い込んで)
子供の自尊心を育てることとは真逆のこといって突き放していたかもしれない。
何度もいうけれども
ずっとずっと私自身が自分自身にそういう暴力的で虐待的なジャッジをするのが普通になっていたから。
私が旦那に出会ったのは摂食障害MAXのときだったのだけど
人間関係がうまくいかなくて会社辞める、
っていう旦那のことも
「どこにいってもストレスくらいあるよ」
とか
「もう少し頑張りなよ」
なんて言って、ダメな奴判定してたのよく覚えてる。
旦那は超がつくほどの自分主義、
世間の常識と正反対でも迷うことなく自分のしたいようにやる人なので、
私がそういっても
傷つきも怒りもせず自分の道にいってくれる人だったので
それで、気づいたことがいっぱいあったのだけどね。
何この人!ってそりゃもうビックリでした。
そのときの私はもう、考え方の歪み(っていうとなんか悪いみたいだけどしい考え方ってこと)だけじゃなく、
理想体型の歪みも一杯で、
過食嘔吐もピークを迎え、
運動強迫と下剤依存もあったので、
食欲も自分の自由時間が10分でも見つかれば食べてはく!みたいな凄いことになっていました。
もう「心のストレス」なんて、あってもなくても、「過食嘔吐できる時間のすき」があれば、やる、というのが普通だったから、
生き辛さとかストレスがその行為と関係してるとは、自分でもわからなくなってました。
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今日みたいに、今でも、母のことを思い出すと、ボロボロと涙が出てきちゃうことは、いまでもたまにあるよ。
つらい気持ちにはなるけれど
これはなくさなくていいと思ってる。
謝ることも、いえなかった気持ちを伝えることもできず、思い切り喧嘩して大嫌いになって諦める、なんてこともできないうちに、母はいっちゃったので、
好きなまま傷つけあって終わった恋みたいに、思い出すと疼く傷にはなっているんだと思う。
だけどそういった心の傷持ったままだっていいじゃない?
思い出しても泣かなくなるよう忘れなきゃとか強くならなきゃとかは、ちっとも思わない。
今は「悲しかった過去」「成長と愛の証としての後悔」だと思えてるから、苦しい気持ちになっても、「生きることがつらい」にはならないんだ。
一杯泣いても、それも問題だどうしよう~!ともなりません。
本の中に>ストレスホルモンは涙にも含まれていて、泣くことで排出されます、ってかいたけど、あれは本当だよ (^-^)
あの時、悲しかったのも今悲しくなるのも、
あの頃、「お母さんなんか嫌い、しんじゃえ!」
って思ったのも
母が大好きだったから、、。
悲しみも憎しみも、愛が源になっているものなんだと気付いたら、どんなに大きな悲しみも「せつなさ」に変わる気がします。
親のことじゃなくても、よく考えてみたら、今のこの感情は愛から生まれてる悲しみなんだなって気づくと少しだけホッとできることって、けっこうあったりします。
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わんことにゃんこのことをただ書こうと思っただけなのに、こんなディープな話になってしまいました、すみません💦
私が落ちると、読者の皆も一緒に苦しくなっちゃう人もいらっしゃるようなので、もしもそうなっちゃったらごめんね。
ですが、私の話から気づきや勇気になったよっていう声もいただくので、たまにこういう話も書いていこうと思います。
以下に、”お母さん”と心(生きづらさ)の記事、いくかのせておくので興味のある方はぜひお時間のあるときに読んでみてね。
▼私と母のこと
>心の傷~母のこと
>たった一人で治した人
>母への矛盾した思い
★私以外の人の話はこのへん
>摂食障害の意味、母との再会
*最後にすこし、誤解のないよう補足です
「摂食障害=母親のせい」とは
考えてはいません。
ただ、一緒にいる時間が長いので
お母さんとの関係で
影響を受けることが多い、
私の場合も
母とのやりとりのなかで
私が何をどうとらえたか
↑これが、私を苦しめていました。
摂食障害をすべて理解することは難しくても
先日の>>摂食障害の子を持つ親の気持ち
のお母さんみたいに、
一生懸命なお母さんもいっぱいいます。
母親に限らず父親も含め
「家庭環境」が
「ありのままの自分ではダメという気持ち」
(自己肯定観の低さ)に繋がった
数ある理由のひとつの影響力だった
「人もいる」ということだと思います。
直接のきっかけは学校での
いじめだったりする人もいると思います。
特に大きなきっかけや
理由に覚えがないと言う方もいらっしゃいます
もちろん虐待のケースなどもありますし様々です。
どの場合も
過去は変えられなくても
自分が過去をどう位置づけていくか
苦しい捉え方をどう変えていくか
これは少しずつ楽なものにしていけるのです。
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