-------------------


前の記事 >①母が好きだけど、許せないかもしれません のつづきです。


私にも、もう何十年も前の出来事なのに 今でも涙がでて出来事はいっぱいあるよ。

摂食障害につながったきっかけは

社会的なこと、

学校や家庭での出来事、
家庭外の人のひとこと、

 

いろんなことが交じりあっていたのだけれど

一番大きく影響したのは
「ありのままの自分では愛されないんだ」
という思い込み
でした。

そしてそう思うようになったきっかけとして一番多いのは一緒にいる時間が多かった母との出来事です

*全体を説明しないとむずかしいのですが よくいう 「摂食障害は 母親のせい」 とはおもっていません。


「私は、お母さんに愛されていないんだ」

「お母さんが思い描く良い子(=世間のよい子像)を演じてないと こっちをむいてもらえない」

「ありのままでいたら、私は母に 認めてもらえないんだ」

「ありのままでは見捨てられてしまう」

 

 

って いつも 機嫌を伺っていました。

 

 

 


そう言葉で思ってたわけじゃないから当時は気づかなかったけどね、

 

 


いつもビクビクしていたことや自分がしたいことより母に認められるためにどうしたらいいか考えて演じていた自分を文字にすると、そういうことなんだなと思うのです。

 

 

 


どうしてそう感じるようになったのかっていったらいろんなことがあったけど。。

 

 


母は 父の仕事を手伝い忙しい人だったせいか、長女の私にいつもイライラしていていてね。
 

 

 

子供なのに覚えたての言葉の使い方をまちがうと、ばかじゃないの? とか、恥ずかしいといって怒り出すことがたくさんありました。


体の虐待はありませんでした。

 

機嫌の悪いときには 頭をぶたれるくらいでした。

頭のほうが叩きやすいから、っていったのは冗談だったかもしれないけど、心にぐさりときました。


母は弟のことはいつまでも「面倒みてあげないといけな下の子」だったから、「男のコ」だから仕方ないというおもいがあったのか、とてもかわいがっていたので(態度がころっと変わります)

 

 

「わたしがダメだから

 お母さんは私にだけ叱るし厳しいんだ」

 

って、いつも、思っていました。
 

 

 


父と母は、いつも喧嘩がたえなかったのですが「あなたがいたから、 お母さん別れられなかった」と、聞かされていました。

私がいるから、お母さんは幸せになれなかったんだ。

私は生まれてきて迷惑な存在だったんだ

 

 

と、子供ながらに思うようになりました。
 

 

 


思春期に摂食障害になり 過食にお小遣いが消え月末までやりくりできなくなってしまい思い切って母にいってみると 

 

「女なんだから、何をしたって稼げるでしょ?」

 

 と母がいいました。

 

 

 


冗談だったかもしれないし、そういえば父が私にお小遣いを上げるだろうとかそんな気遣いだったのかもしれなませんが、そのときの私は、もう母には既に見捨てられてるのかもしれない と思いました。
 

 


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



私の過食がばれたときは 「意志の問題だ、甘えるな」といい、「お父さんに知られたら、追い出されるよ」といいました。食べて吐くことを病気ではないといい、摂食障害を嫌い、軽蔑しました。

 

※時代的にスマホですぐ検索できる時代でもなかったですし、精神病=気の持ちよう、という偏見がある意味普通の時代だったので、過食嘔吐だけみてすっと病気なんだね、って思えなくてもしかたなく、母の愛情不足ではなかったなと思っています。

 

 

 

 

 

もう自分ではどうしようもなくなったときに、助けてほしいと死ぬ思いで打ち明けましたが、「本当につらいことは誰にも言えないはずよ」 と母はいいました。

 

 

母もそのように一人で抱えて生きている人だったからだと今はわかります。

 

 

ですがそのとき私が母の言葉から感じたことは

私は人に知られたら恥ずかしいことをしているのだ、

 

ということ、

 

 


「本当の私」がばれたら父にも見捨てられてしまうということ

 

辛い気持ちは人に話しても受け入れてはもらえない (話せば 辛くないから話せるんだいわれるだけ)

 

 

ということでした。
 

 

 


母は「人にどう思われるか」が一番大事に生きている人でしたから 親戚中は母を「できた人だ」と慕っていました。

 


そういう親戚の人は わたしに「あんなに立派なお母さんはいないわよ」「感謝しなきゃだめよ」と いつもいいました。 

 

 

私にはだれ一人、話をきこうとしてくれるひとも、手をさしのべようとしてくれるひともいないと感じました。

 

 


やっぱりわたしが悪いんだ、

わたしがダメなんだ
わたしが人に受け入れられない存在なんだ

 

そう思っていました。
 

 

 

 

やがて母が私に見せる顔と外の顔の違いに気づいた私は怒りを感じるようになりました。

 

 

が、

 

「こうおもう私がおかしいのではないか」
「私の性格が歪んでいるのではないか」

という気持ちは消えませんでした。
 

 

 

 


何か私はおかしい、と思っていたわたしはそれを悟られないように、 学校や会社では「家族に愛されて育ったからよい子なんだね」と言われるように愛されて育った明るい子を演じるようになりました。
 

 


「許せない」
「一緒にいると壊れてしまう」

 

 

と思い、家を飛び出し母と離れたこともあります。

 

 

 


母はそのとき 病気だったから、そんな病気の母を置いてアメリカにいく決断をしたわたしに親戚は「信じられない」「親不孝だ」といいました。


私には誰もいないのがそのときのわたしのふつうでした。

 

 

 


摂食障害の渦中、痩せること、食べることしか考えられなかったころは、そんなこと思い出しもしなかったけど、病気がよくなるとともに、たくさん思いだすことが増え、悲しかった、辛かったと、感じてなくことが増えました。

 

 


症状で頭をまっしろにしなくなったぶん「感じたり」「考えたり」できるくらい、脳が元気になったのだと思います。
 

 

 


Quuさんが 書いてくださったように、わたしも寂しかった幼い自分を抱きしめてあげたいとも思います。

 

 


母がにくいと思う気持ち、
大好きだと思う気持ち
認めてほしい気持ち
愛してほしい気持ち

矛盾するいろんな気持ちが 私の心の中にありました。

 

 

 


でも、矛盾した気持ちを抱えていることを 否定したり、無理やりにどれかに決めようとするのはやめました。

どれも 私のありのままの気持ちだから

 

 


そして、いまは・・

あのころの自分に、つらかったね、がんばったね、っていってあげたい気持ちは変わらないけど

母と父と 自分自身に対する感情は、あのころとは少し違った気持ちもうまれています。

 

 


症状が少しましになってから 8年くらいの長い期間かけて気づいたり 考えたりしたことですし今でも 変化し続けているのかもしれません。

 

 

 

 


変わったからといて、前に感じた哀しみや怒りの気持ちが間違ってたとかじゃなくて

あの時の感情は
あのときの感情として
今の感情は今の感情として 

そのときのありのままを感じていれば、それでいいのだと思っています。

 

 

 

 

一つ一つ 思い出し 自分なりに消化するまでにたくさん涙を流したけれど 、その気付きのおかげでラクになれたこともあるのでそのことについては、また次の機会にかくね。


でも みんな、家族も本人も同じじゃないから向き合い方も 解決方法もみんな違ってよくて、「正解」は一つじゃなく、色々な方法があっていいと思います。

私がこうだった、こういうことに気づいた、ということだから、同じように感じないとダメということでもないからね。

みなさんそれぞれの状況で'まわりの誰かや自分自身について 思いを巡らせたり何かを感じたりするきっかけになればいいな
って、ソレくらいのことだから。

なんか、中途半端な終わり方になっちゃったけど、読んでくれてありがとう。

つづき もう 少々おまちくださいm(_ _ )m