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戦う?めだぬきず

大阪育ちの母とめだぬきず(子供達)との日常です。

最近着物を着る機会が少ないけれど、相変わらず着物が好き。

 

なかなか着物や帯を買うことができないけれど、心の癒しを求めにJR名古屋高島屋さんのきものサロンに行きます。

 

ここのサロンにはサテライト的にいろんなブランドがやってきます。

 

以前は名古屋にも出展されていた「くるり」さんもやってくるし、アパレルで活躍されていた方が着物に目覚めてブランドを立ち上げられている「kosode」さんもやってきます。

 

それ以外にもクリスマスやお正月などのベントが近ければ、それに合わせて雪の柄やダルマ柄の帯や半襟、帯留めが並びます。

 

眼福眼福。

 

 

さてさて、昨日、急に思い立ってJR名古屋高島屋さんに伺いました。

 

すると10階で京都物産展が行われていたので、和好きの私としては行くしかない!ときものサロンに行く前にちょっと寄り道をしました。

 

もう京都最高!って叫びたいくらいに可愛いモノや美味しいものが並んでいました。

 

その中でも目を引いたのが、「堺映祥」さんの反物。

もう素晴らしい!の一言。

 

手に取る反物のほとんどすべてが好みの柄。

 

普段は大阪・北区にある阪急百貨店で個展をされているそうですが、大阪にいくときは大抵実家のあるところで北区までは足が向きません。

残念だなあと思っていたら、一年一回5月には必ずJR名古屋高島屋さんには出店されるとのこと。

 

うわあ、これは通うしかない!

 

一年一回の楽しみが出来ました。

 

ちなみに堺さんの着物は婦人画報やきものサロンの表紙にもなるほどです。

 

その世界ではかなり有名な方だった!とは後から知りましたが、とても気さくで楽しい方でした。

 

出身が大阪ということで、そちらの話のほうが染の話よりも長かったのはご愛嬌でしたが。

 

正直、5年前にこの方を知っておきたかった……!

そうすれば、成人式の着物をこの方の染で誂えれたのに!!!

 

……まあ子供の好みと私の好みが同じかどうかは微妙ですが、長女のさらと着物柄の好みは合うので誂えられたかな。

 

あー、残念。

でも堺さんの染めを知り得て本当に心が潤いました。

 

京都に工房があるそうなので、一人暮らししているまやの元に訪れるときはこっそり寄り道でもしようと今から画策中。

 

でもとりあえずは年の5月に向けてわくわくを積み立てていこうかな。

※流血ネタです。苦手な方はブラウザバック願います。

 

 

 

 

 

アラフィフの私は身体的に色々老化していっていることを感じています。

それは、車を運転中にハンドルに掛けた手の皺が深まっているときに感じていたり、昼と夜とでは物の見え方か極端に違っていたり、単語がなかなか出てこずに考え込むようになったりと、そんなことです。

老化って怖いなあ。

先人たちはどうやって自分の老化と向き合っているんだろうなあ。

何て疑問を旦那にぶつけたら、「ゆっくりと一つずつ老化は進むから仕方がないと思えるんじゃないかな。一度に老化がきたら発狂するレベルだけど」といった。

なるほど、と納得してしまう。

 

さてさて、そんなふうに老化が進んでいく私ですが、一番困っていることがあります。

 

それは、

 

生理不順になったこと、です。

 

これも老化。仕方がない。

 

でもねー、世の女性の皆様方は、どんなふうに生理が終わっていくのかは知りませんが、私の場合はつらいの一言です。

 

一番ひどいときは、生理が約一か月続きます。

それも血のこごりが出続け、一時間に一回ナプキンを交換しても血のおりる量に足らず、溢れ出ることしばしばです。

 

あー、これは死ぬ。

 

とトイレに行くたびに流れ出る血の量に血の気が落ちる(笑)

 

流石にまずいと思い、近くの産婦人科にいくと、内診後、子宮は綺麗だからもう出血しないはず、ついでに癌検査しますねー言われて終了。

こんなことで診察にくんなよオーラが出まくっている先生でした。

 

癌検査の結果を聞きに行ったとき、体の調子が悪いことを告げると、とりあえず採血しましょうかと相変わらずのオーラで対応をされました。

 

ところが一週間後、病院から連絡が入り、至急受診するようにとのこと。

 

なんじゃらほいと病院に行くと採決結果を出されて先生がとってつけたように話し出されました。

「あの時も顔色悪いとはおもっていたんだけどねえ、やっぱり数値が良くないから、これから週に二回は鉄剤を注射しますし、錠剤は呑んでもらうので……あとこの数値が1下がると入院レベルですからね。ちゃんと錠剤は呑んで注射は打ちにきてくださいね」

 

重度の貧血だったらしい。

 

そりゃそうだろうなあ。あんだけ血が流れてたらそうなるよね。

瞼の裏は血管の一本もみえないほど真っ白やったし、二階にあがるのに途中で休憩しないと上がることができない、隣の家まで走ることも難しかったもんねえ。頭痛もひどくて辛かった。

 

まあそんなこんなで2カ月ほどまじめに病院に通い、薬を飲んでいたら改善されました。

よかったよかった。

 

……はずなんですが、やはりそう簡単には納まらず、不純な生理がくるたびに恐ろしいほどの血のこごりが落ちまくり、生理用ナプキンはオソロシイ勢いで消費され、どこにでかけるにも替えの生理用ショーツとスカートを持ち歩かないと安心できないという日々を送るようになりました。

 

基本パンツスーツで仕事をしていたのに、生理のときはスカートじゃないと過ごせない……職場がほとんど男性なのできっとばれてないと思うけれど、ちょっとなんだかなー。

 

そしてまた生理が始まってしまい、相変わらず頭痛に悩まされ、トイレに頻繁に通う生活になってしまいました。

血のこごりはどかどかと落ちてきて、もうそろそろやばいなー、また病院に通わないとまずいくらいになってるなあと下瞼をひっくり返す日々。

 

サプリメントは飲み倒し、できるだけレバーを取り鉄分の多い食生活を心掛けても追いつかない貧血に、また病院に厄介になるしかないかなあ、やだなあ。

 

 

子宮筋腫がある私は、どうしても人よりも生理が重くなることはわかっているけど、ここまで酷くなるのは想定外。

先生曰く、「年齢が年齢だから、もうすぐ生理も終わるから無理やりホルモン治療して生理を終わらせることもいらないだろうし、開腹手術をする必要もないから」といって子宮筋腫に対して一切の治療はしていないけれど、それにしても酷すぎる。

 

これが子宮筋腫のせいか、はたまた生理が終わる前の最後の体のあがきなのかはわからないけど、老化による生理不順によって血が子宮内で溜り続けているんだろうなあ。

 

 

とりあえず、病院に行こ。

 

 

春の激闘を乗り越えて、やっと落ち着きを見せた我が家です。

 

さてさて、この春、うちには二人の受験生がいたわけですが、マヤの大学受験&一人暮らし準備で大わらわの横で、ひっそりと高校受験に挑んでいた娘いんでぃ。

私立受験も淡々とこなし、公立受験もさっさと終え、気が付けば希望通りの高校に合格していました。

 

これには

驚愕!

 

というか、このいんでぃ。名の理由になったとおり悠久の時でくらしていらっしゃるので、ものすごーく理解できない行動をとっていらっしゃいました。

めだぬき家では高校受験に向けて塾にいれていたんですが、この塾の受験講座を堂々とさぼる。

もちろん学校の宿題、提出物なんて当然のごとく忘れる。

気が付けば寝ている。

という、おまえほんとに受験生か?というレベルで中学3年生生活をしておいりました。

学校の三者面談のたびに受験校のレベルを落としていきました。

最後には「私立のほうが」と担任に言われる始末。

ダメもとで受ける公立高校受験前夜にもへらーんといつもの調子で過ごし、勉強のベの字もしてくれませんでした。

 

そりゃあ叱るってもんですよ。

 

努力して受からないのであればそれは仕方がないと思うけれど、努力せずに落ちたのならば、それは自業自得と思うので。

 

で、まさかの合格。

 

嬉しいんですけどーーー、なぜか嬉しいと素直にいえない……(笑)

 

まやの受験が終わり、進学する大学を決めて、一人暮らしのマンションも必要な家具も電化製品もそのほか一式なんとか揃えたら、今度はいんでぃに必要な制服も用品も、もちろん説明を受けに学校に行き、教科書を買って……。

用意をし終わったと思ったら今度はまやの引越し作業で家族総出ででむいてまやが学校に行っている間に部屋を整えたり、翌日は大学の入学式、開けて数日したら今度は高校の入学式。

 

息つくひまもないってまさにこのことだなあと思ってみたりしていました。

 

いんでぃの通う高校は一年生の時は部活に所属しなければいけなくて、選んだ部活は運動系のため、今度はこの部活に必要な用品を揃えに行ったりしています。

 

 

 

書類をたくさん書いた。

役所にも何度も足を運んだ。

一人暮らしするまやは、世帯主というものになった。

毎日彼女におはようの挨拶とお休みの挨拶をラインで送っている。

お弁当を作る数が減った。

家の灯が少し暗くなった。

反抗期だった娘が高校入学と共に落ち着きを見せ始めた。

楽しそうに学校に行く姿に毎日ほっと胸をなでおろしている。

 

そんな春は、とても美しい。

 

 

 

 

 

 

現在高校3年生のまやは、只今受験真っ最中。

 

まだまだどこに落ち着くかもわからない状況ですが、ただ一つだけわかっていること、それは。

 

 

 

一人暮らしをしなければならないこと。

 

 

 

 

なので、早速というか、二月も末日に近い今日、志望大学の近辺でお部屋探しを開始ししました。

 

 

……速攻で挫折しました。

 

最近のお部屋さがしは大変楽で、大学入試の帰りに不動産会社がパンフレットを配っていたのでそれをチェックしていたんですが、どこに行くかもわからないのに予約することはできないなあなんて思っていた自分が馬鹿でした。

 

目当てのマンション(ものすごく部屋数があるのに)はすでに満室。

このマンションは安くて大学に近くてセキュリティシステムが整っていてバストイレ別。

その上、水道代、インターネット代、無料。

神か!!

と言いたくなるようなマンションでしたが、唯一の欠点は商業施設から遠い(コンビニすらない)ため、脚力(ちゃり)に自信のある方どうぞ~という感じでした。

 

それをふまえ、新しいところを探さなければなりません。

多少家賃が上がるのはしかたがないけれど、できればコンロは二口あればいいなあ。

という、「おめえ気はたしかか?」というレベルのものを探していました。

これには親切な不動屋さんも考えるところがあったのか、動きがとまってしまいました。

 

どうするよ。

現地(もちろん一人暮らしさせるくらいだから遠方)にいって確かめるべきか?

 

どうでもいいけど、もう一方の大学の場合も考えてそちらのお部屋探しもしなければならないというのに、幸先が悪すぎるのではないでしょうか……(泣)

 

 

まやは今日が最終受験。

きっと帰りには不動産屋さんたちのパンフレットを山ほど貰って帰ってくることでしょう。

 

それまでにもう一方のほうのお部屋だけは決めておきたかったのに、どうしよう。

 

 

 

四人子供がいるなかで、初めて一人暮らしをさせることになるけれど、こんなに前準備が大変だなんて思ってもなかった……。

 

独り暮らしをさせたことのある保護者の皆さま、尊敬です。

 

 

 

 

 

 

 

 

字は体を表すというけれど。

 

最近の若い人(この言葉って自分がどれだけ年寄りになったか思い知らされますが)はものすごく可愛らしい文字を書く人がほとんどで、あまり当てはまらない言葉になってきているなあと感じます。

 

私は普段から書類によって三種類の字を書き分けるのでもっとも当てはまらない人ですから、今まで上の言葉のように「字は体を表す」なんて思ったことはなかったのですが、そこそこ長い人生を生きていて初めてこの言葉通りの人に出会いました。

 

 

その方は女性で、年齢的には私よりも上の方です。(若くないので可愛らしい文字は書きません)

 

彼女の字を見たときに「ちょっと乱暴な字を書く方だなあ」と思っていたんですが、彼女はとても可愛らしい人でした。

 

そしてその方と共に過ごすようになって、外見やしゃべり方では絶対わからなかったことが次第にわかるようになったのです。

 

彼女は何をさせても「雑」なのです。

 

動きの一つ一つが大きく、力強く、音をたてています。

 

彼女に渡したものはたいていボロボロになります。

 

彼女から渡されたものは真新しいものでも真新しく感じさせないほどよろけています。

 

一つひとつの動作が雑すぎて、真新しいものが彼女の手が触った途端よれよれにされるのです。

 

雑すぎるのです。

 

彼女の書く文字を初めて見たときのことを思い出しました。

 

「ちょっと乱暴な字」

 

それは彼女の行動そのものです。

 

いくら外見を整えても、可愛らしい口調でしゃべっても、行動がすべてを裏切り、その行動は彼女の字となって表れていたのです。

 

 

 

 

私は「字」は努力の表れだと思っています。

 

 

誰だって初めは上手く書けません。

 

それを努力して文字を書くことを覚えるのです。

 

その努力をどこでやめてしまうのか。

 

自分が読めればいいと思った段階でやめるのか、他人が読めても理解できるところでやめるのか、誰もが見やすいと思える字でやめるのか、誰もが美しいと思える字を書くのか。

 

美しい字を書く人たちは日々努力します。

 

知らない漢字と出会ったとき、自分の「字」にするために何度も練習して自分の納得のいく「字」にするのです。

 

それは漢字を覚えるということではなく「字」という一つの絵を覚えるといった感覚に近いと思います。

 

ですから「字は体を表す」=「その人となりを表す」というのは私の感覚の中ではありえず、字はその人の努力の結晶でしかありませんでした。

 

美しい字を書くこと=努力をすること、ですから、その人が努力家であることは間違いないと思いますし、それが為人であるといわれればそうかもしれませんが。

 

 

 

ですから「字は体を表す」という言葉がこれほど当てはまる人がいるのかと思うと驚きを隠せませんでした。

 

長い人生を歩んできたつもりですが、まだまだ世間知らずだったようです。

 

 

人生、死ぬまで勉強、ですね。