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戦う?めだぬきず

大阪育ちの母とめだぬきず(子供達)との日常です。

我が家には受験生が二人ほどいます。

 

高校受験のいんでぃと、大学受験のまやです。

 

 

……はぁ……最後の最後でダブル受験とかまじ勘弁ですわ……(ノ_-。)

 

 

で。

 

お正月といえば年賀はがき。

 

めだぬきたちのもとにもどんどこどんどことやってきます。

 

ただ、今年の年賀状は一味違う。

 

大学受験のまやのもとにももちろん届くわけですが、その内容たるやまやを落ち込ますに十分なものがあったのです。

 

「春から○○に一人暮らしでーっす」

「△△に行くことに決まりました」

↑○○△△にはお好きな地名をお入れください。

 

 

そう、推薦入学を決めた友人たちからの(そんなつもりはなくっても)こっそり合格したんだよーあぴーる付の年賀状です。

 

もうねえ、貰うたびにまやの引きつる頬とか!

 

悔しがるくせに 勉強しない姿とか!!(爆)

 

 

いや、だからね?

 

わたしゃ君に推薦受けたらっていいましたよね??

 

それをはじめっから「どうせ無理だし」なんていって拒否ったのはまやだよね???

 

受けて駄目だのと受けずに駄目では駄目の意味は違うと思うのよ????

 

ほら、宝くじだって買わないと当たらないしハズレないわけやし?????

 

ダメ元っていうやんね??????

 

 

まあ受けないのも君自身の選択やから、母としてはいうだけいうしかないわけやけど。

 

 

年賀状を見たせいか、それともやっと重い腰をあげたのか

 

家におったら勉強できひん(身が入らない)からといって朝の早ようから学校に行ったまや。

 

三が日まーったく勉強せーへんかったから、ここで挽回をするらしい。

 

 

 

がんばれ、まや。

 

暖かい春はもうすぐやで!



もうすぐケインの誕生日です。

成人してから二回目の誕生日。


陣痛でいきみ過ぎて高血圧になりつつも産んだ小さな(?)※息子は、今はもう(体だけは)立派な大人になりました。

高校卒業と同時に働いているので、社会人的にも三年の壁を破ってくれております。

正直ほっとしてる(笑)

なんてったってケインは飽き性のこらえ性なし。

ニートなんて許さない!と言い聞かせて幾星霜。

母は仕事を辞めない君がとても誇らしいよ……!(なんて目標値の低い……)


まあ、そんなケインも最近では色々と家族のことを気に掛けるようになってきまして。

大人になったんだなあ、と実感。

うちにはまだ中学3年生のいんでぃと高校3年生のまや、そして大学3年生のさらがいる。

さらは結構大人な考え方を昔からしているけれど、それでも社会にでているわけではないので甘い。

他の子たちはいわずもがな、まだまだお子様。

そんな中、子供だったころとは見違えるほどに考え方が大人になったケイン。

小さいころからいつかわかるだろうからと言葉にのせていろんなことを教えてきたけれど、それでも身につくことなんてなかった。

でも社会に出て、周りの大人たちが手本となって、やっと親が言ってきたことが理解できるようになったよう。







ああ、大人になったな。







高卒で就職というと、大卒や専門学校卒にくらべると給料が格段に安いけれども、それでも作り飽きることのない一点もののモノを製作する仕事につけて、よい先輩の元で働けて、職場の皆さまから大切にされて、成長させてもらえる今の職場は、彼にとってはこの上ない僥倖に巡り合えた場所ともいえる。

以前はやめたいって言っていたケインだけれど、踏ん張らせて良かった。




成長したケインを見ることができて、お母さんはこんなに幸せなことはありません。






誕生日、おめでとう









※ケインは3720gという結構な大きさの赤ちゃんでした。
ご近所のAさんのお話。


子供たちが小学校だったころには子供会などで結構親密に付き合っていた彼女とも子供が中学高校になるにつれて会う機会は限られ、特に私が社員としてフルで働くようになってからはほとんど会うこともなくなりました。

それがいつのころからかたまには飲みに行こうよということになり、年1~2回の割合で合っては受験のことや家のことで盛り上がる関係に。

子供たちが小さかった頃からの知り合いなので話しも弾みます。



で、昔にくらべれば自分の時間が取れるようになったこの頃。

それはご近所さんのママ友たちも同じようで、土日にお茶のお誘いを受けるようになりました。

大抵いきなりだったりしますが。(それはそれで楽しい)


子供会からのママ友グループでラインを作っていて、遊びたいよーだとか飲みたいよーだとか暇な人お茶しよーぜなどとトークをするわけですが、大抵発起人は私かBさんで、後の数人はそれについてくるという感じ。

この前もBさんが発起人で暇ならお茶しようよと連絡がありました。

この時はBさんはグループラインを使わず私に直接ラインが来たので、そっこーでOKを出しつつ、皆も誘う?と確認すると大丈夫だよと連絡が来たので即グループにライン。

ほとんどがすでに予定を決めている中、Aさんが参加表明をしたので、三人で時間を確認してお茶しに行きました。


いつも通り話も話に弾んで、くだらないことで笑いあっている中、話しの流れで友達がどれほど少ないかという話になり「まあこういう性格だしねー」と少し卑屈になりながら慰め合っていたのです。

するとAさんが「大丈夫、私はよーくの友達だよ!」と心底そう思ってくれている声で語ってくれました。

ありがたいなあと感動していると、AさんはBさんにも「そうだよね!」と同意を求めたんですが、Bさんは苦笑いしてこの件に関しては口を閉ざしてしまいました。

Aさんはそのことに気付かず、話しは次の話題に移行。

話しが次々と変わるのはよくあることなのでいいんですが、気になったのはBさんの苦笑いの無言。



どう見ても「えー、そんなに力説するほど友達じゃないんですけれど」というオーラが出まくりで(爆)




あら、もしかして単なるご近所の井戸端会議仲間程度扱いだったんだ?



なんて、捻くれてしまった私がいました。


否定できないから無言で通す。


それはイコール、否定を肯定していることになると思いますがいかがなものでしょうか。



言葉にできないことを思っているからこそ、声を出さないんでしょう?


貴重な休日のひと時に、その程度しか思っていない相手からの誘いにのってくる彼女が、私は理解できません。



それともAさんと話したいがために私がいてもやってきた、というところですか。


そう考えると、確かに彼女は私が話し出そうとすると大きな声で話を被せて話す場を奪っていたような。


うーん、よくわからん。


私は好き嫌いがはっきりしている、某知人にいわせれば「竹を割った性格というよりもタケノコがにょきにょき伸びて家を突き破るほどの性格」らしいですから、自分が不愉快に感じる人間がいる場にわざわざ出向こうとは思いませんし、もし万が一そういう場にいなければいけなくなったとしてもこちらから声を掛けようとは思いません。

いわゆる「大人の対応」ができない私ですので、彼女の行動が理解できません。






毎度のことながら人間という生き物の複雑さに驚かされた一日でした。




まあ、この程度のことはありふれた日常の一コマなんでしょうけどね。