言葉には
いろんなニュアンスがあり
人それぞれ使い方は違うし
人それぞれ受け取り方も違う。
人それぞれ
観念が違うからです。
「がんばってね」
と言われて
パワーが湧く人もいれば
どん底に落ちる人もいる
「がんばります」
と言って
自分のペースを貫く人もいれば
自分を追い詰める人もいる
私達は
「”言葉”という記号」を
共通言語として使っていますが
言葉は
「おおまかな共通言語」
なのです。
例えば
「りんご」と聞いて
赤いリンゴを思う人もいれば
緑のリンゴを思う人もいる
これが
”観念の違い”
です。
観念は言わば
「心の辞書」なのです。
その人の観念が
「リンゴ=緑」なら
その人は「リンゴ」と聞くと
緑のリンゴ(青りんご)が
パッと思い浮かぶようになっている。
だから
その人がどんな観念を持ているか?
によって解釈はいくらでも変わる。
だから
「すれちがい」
「かんちがい」
「会話がかみ合わない」
という事が起きる。
そして
全ての観念が
ピタリと一致している他人は
一人もいません。
つまり
あなたの話すことを
完全に理解できる他人はいないし
あなたは他人の話すことを
完全に理解することはできない。
という事です。
*もっと言えば・・・
私達は自分でさえ
自分の話すこと(思うこと)を
完全に理解できていない。
だから自問自答が重要なのです。
私達は
全てを理解してもらえない事や
全てを理解できない事に
なんかこう・・・・・
なんか、気持ち的な・・・・・
なんか複雑な理由を付けがちですが
原因は
もっと根本的な部分
「システム(観念)」
の部分にあるんです。
「リンゴ=緑」の人は
「リンゴ買ってきて!」と言われたら
青りんごを買ってくるんです。
「玉子焼き=甘い」の人は
「玉子焼き作って!」と言われたら
甘い玉子焼きを作るんです。
共通言語は
「おおまかな」共通言語であって
完全な共通言語では無い。
同じ日本語でも
一人一人解釈が違う。
観念によって解釈は変わる。
「かわいい=誉め言葉」
という観念の人もいれば
「かわいい=侮辱」
という観念の人もいる。
観念によって解釈はいくらでも
どこまでも、変わる。
日本語を使う人同士であれば
「日本語だから伝わる」
ではない。
「日本語だから
大まかな事は多分伝わる」
なんです。
みんなそれぞれ
違う辞書(観念)を持っていて
違う訳し方(解釈)をしている。
日本語は日本語でも
「日本語(自分版)」
を使っている。
だから
会話をする時
自分が話す時
他人の話を聞く時
メールでも手紙でもなんにせよ
「同じ言葉を使っている」
と思うのではなく
相手の日本語は
「日本語(その人版)」で
自分の日本語は
「日本語(自分版)」なのだ
と思っておくといいでしょう。
そして
そのことを踏まえて
コミュニケーションを図る。
相手がどういうニュアンスで
どの言葉を使っているのか?
気にかけるようにする。
自分も自分を研究する。
自分がどういうニュアンスで
その言葉を使っているのか?
探求する。
そうすれば
他人と会話をする時に
自分の真意を伝えやすくなる。
他人の真意が分かりやすくなる。
結果
観念のが大きく違う人とは
すぐに距離がとれるようになる。
「押し問答」をしなくなる。
人間関係がスムーズになる。
という事で
共通言語は無い。
”おおまかな”共通言語がある。
解釈の仕方は人それぞれ。
観念の違いによって解釈が変わる。
だから
まずは自分。
自分の伝えたい事が何なのか?
自分はどういうニュアンスで
その言葉を使っているのか?
自分を探求しましょう。
そして
他人、本でもニュースでも
今読んでいるこの文章でも
「自分は
自分風の解釈をしているんだ」
という意識で
他人の言葉を見聞きする。
すると
自分のかけているフィルター
自分の観念による加工に
気付くけるようになる。
色眼鏡が外せるようになる。
真意を掴みやすくなる。
勘違い、誤解、歪曲が減る。
だから・・・
自分の真意。
自分の「つもり」
どんどん探求して行きましょう。
良縁成就、家族円満
友人、職場、その他もろもろ
ありとあらゆる人間関係は
「自分を理解すれはするほど」
満足なものになって行きます。
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