外出制限後の長女との新しい習慣
朝の運動は、スッキリとした気分で一日をスタートするきっかけとなる。
帰宅後は、彫金制作に没頭する。
ありがたいことに、オーダーの依頼が続いている。
一つ一つ丁寧に、身につけて下さる方の喜びを想像しながら作る。
私は自分が素敵だと思うものを形にしていくことに、何よりもの喜びを感じる。
そこに、その先の未来の様子が加わると、私のわくわくとした高揚感が更に高まる。
こういう連鎖がここのところ続いている気がする。
誰かを幸せにしていくこと。
これが私たちの生きる糧である。
それは、もちろんお客様でもあるが、友人や家族など、自分に近しい人々もそう。
自分の喜びが一滴の水滴になり、それが水面に落ちることで広がる波紋のように
喜びを伝播していきたい。
午後に、次女のウェブ授業が終わった時、即座に公園に誘った。
ボールとラケットを携えて向かう。
夕方の公園は人でいっぱいだった。
ブランコや滑り台など遊具のあるスペースも、ようやく解禁となり、子供たちのきゃっきゃという奇声が飛びかう。
お目当ての場所は先客があったため、木陰のスペースでボレーボレーの成果を試す。
次女は嬉々として体を動かし
そしてボールコントロールも中々で
外出制限前よりも確実に上達している。(ボレーボレーだけではあるけれど)
しばらくすると、われわれの後ろに5、6人の中学生らしき女子が集まって何やら始めだした。
1メートル以上の距離などどこにもなく、くっついて、携帯の映像を見ながらみんなで踊りを合わせていた。
彼女たちがこっそりと木陰でやっていたのは、まだまだ警察のパトロールがあるからだろうが、
そんなものを恐れる様子もなく集っている人々は、公園のあちこちに見かけられた。
帰ろうと思ったところ、お目当てのフェンス付きスペースが空いていることに気づき、
少しだけそちらに残ってボレーボレーの続きをする。
この奥のグラウンドでは、サッカーをする人々で賑わっていた。
ここにも人と人との距離など、どこにも存在せず、派手にぶつかり合っていた。
大手を振って外に出られるようになってから二週間で、
あっという間に前と同じ光景が戻って来た。
人と人との距離を制限することなど
所詮無理な話だよなぁ
と喜びいっぱいで自然の中で過ごすイタリア人たちを見つめる。
今日は次女も体をいっぱい動かして、にこにこ笑顔が更に強化された。
幸せの連鎖はここにも登場だ。
公園にいる人々もこの幸せの輪の中心にいるように見えた。
しかし解禁後の光景は、恐怖と愛とがないまぜの中の、幸せの輪の気がする。
心安らかな日々が戻ってくることを待ち望んだとしても、
結局は完璧な形など存在しない。
だとすれば、何をしたら良いのだろうか?
まずは自分が心安らかであれば、周囲はそれにつられていく気がする。
幸せの連鎖のために、まずは自分を整えていきたいと思う。
今日も最後まで読んで下さり、ありがとうございました。





