なんとなく、棚卸のシーズンなのです。
今書いておけ、と言われてる気がするのです。
よろしければ
もうすこし、おつきあいくださいませ。
書き初めと母と名前の話 9 の続きです。
自分のカタカナの名前が
珍しいらしい と気がついたのは
小学校入学の少し前、
幼稚園の卒業時でした。
卒園アルバムの写真のページに
あれ?わたしの名前、ひらがなで書いてある・・・
と気がつきました。
そのページはわたしだけでなく
先生も含め全員ひらがな表記だったのですが
入学前にカタカナで自分の名前を書く練習をしていたので
ちょっとこれちがうんですけど!って
違和感で発見しちゃったんだと思います。
巻末の住所録には漢字の表記があり、
カタカナはわたし一人でした。
(当時は個人情報の扱い方が全く違いましたよね)
ふーん、カタカナの名前っていないんだね・・・
と、その時はただ事実を知っただけ、でした。
それが、多数派から見たときに
未知への好奇心になるとは
このときはまだ知らなかった。
大人になって、
カタカナ表記のお名前の方や
珍しい読み方のお名前の方と
知り合うことも増えました。
そんなこと気にしたことないという方もいれば
何らかの同じような体験をされたのか、
親近感を持ってくださった方もいて
同じ条件下に置かれても、
その受け取り方って様々なんだなぁ
真実というものはなく
ただみな見たいように見て生きている
ってたぶんこういうことなんだなぁ と
わたしは「名前」という定点から知ったように思います。
わたしがそう感じてしまったら
わたしにとってはそれが真実なのです。
いじめはいじめられている方が
いじめだと感じたらいじめだし
セクハラもパワハラもモラハラも
受けた方がそうだと感じたら、そうなのですよね。
昨日の大雪で帰宅が遅くなって
うちにひとり留守番の息子氏に
ライが一緒だからさみしくないでしょ?
って言ったところで、
本人がさみしいって思っちゃったら
どうしようもない、さみしいんです。
その快適な境界線はみな異なる距離感でもって
見えないけど誰もが持っていて、
自分の不快でない領域を自分で守ることは
とても大切なこと
ということは、誰に教わらなくても
家庭でも教室でもいやってほど
身にしみてわかっていました。
でもその対処法を領域侵害されると
トイレに籠るか見境なくブチキレるかしか
選択肢のないタカコさんから
家庭教育として教えてもらうことはできなかった。
カタカナの名前で外に出るということは
わたしにとっては
丸腰で戦地の最前線に出ていくような恐怖でした。
うちに持ち帰って
タカコさんに話しても
余計ややこしくなるなら
話さない方がいい
でも自分一人では抱えきれない
麻痺させて感じないようにさせるしかなかった。
それが唯一の生存戦略、処世術でした。
今では世界はそうそう捨てたものでもないな、
と思っていますけど
境界線、というのは
わたしにとって大きなテーマです。