イヤイヤ期がすごい可能性を引き出す | ともみと髭マンとガガ

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前回からのつづきです。

「イヤイヤ期」って、
ものすごい可能性を引き出せる時期。

これを知ることができて。
本当にうれしい。

母子手帳か何かに書いてあったけど、
「自分の母親世代の子育ての常識と、
今の常識はずいぶん違う」て。

それ、すごく感じます。

うちの母親に関して言えば…

ちょっと待ってそれやめてよ

ていう気持ちがわいてくる時がよくある。

私の母が食べ物を噛み砕いて口から出して、それを子どもに食べさせようとした時には、「大人の虫歯菌がうつるからやめて」て言いました。昔は、普通にそうしてたんだろうねっっ。

それで、「私はこうやって育てられたんか」と、げんなりする事がある。

まあ、こういうのって、
たとえ子育てをしてなくても、

人生うまくいかないのはなぜ??

ていう悩みが生じたときには、

そもそも育てられ方を「間違えられた」って感じたりするよな。

育てた親が悪い。て、、

それ、あながち間違ってないんよね。

私達は祖母祖父〜母父からと代々、才能と、メンタルブロックを引き継いでいるから。

それ引き継いだまま過ごしちゃうと、
自分の子どもにも引き継がせてしまう。

せっかくの才能を開花させる事が出来ずに、代々、同じような苦しみにハマってしまう。

だから私の代で、このメンタルブロックをさらっと消しちゃおうと思います。



私が臨月くらいのときにね、
母親がこんなひとことを言ったんです。

「さあ、生まれたらタイヘンになるよー」
って。

夫(髭マン)も一緒にいたから、髭マンと私は驚いて目を見合わせました。

うちの母親は、殆どの物事をまずはリスクとリスク回避から考えていく人だから、こういう発言にはもう慣れっこだけど…

さすがにね。ただでさえナーバスな臨月に、まさにこれからあなたの初孫を産もうとしている娘に向かって言うことか?て。

なかなか妊娠しなかったときにも、流産したときにも、母親の発言には『ん?』と思うことが実はありました。

(あ、誤解のないように言っておきますが、母への感謝、愛情は言いきれないくらいたくさんあります。ただ「違い」にモヤっとした話をピックアップしてるだけなので)


でもそれも、仕方がないんですよね。
違う考え方、違う価値観で生きとるからね。

人間って、意識で生きとるから。

母娘であっても、愛し合ってるパートナーであっても、それぞれ違う意識で生きてます。

それで、それこそが「主体性」ってやつなんよね。


以下、保育の本より学んだこと。

私たちは1歳ごろに、自分の親や、周りの人間との「違い」に気づきはじめます。

「違う」から、「内なる意図」が生まれる。

私は、あっちに行きたい。
私は、今、あそびたい。
私は、ズボン履きたくない。


「ご飯食べて」
「さっさと着替えるよ」
「ママ仕事だから早くして分かるでしよ」

そう言われて、イヤイヤ!!って言えるようになったら、

自分の心の世界が意識化」された証し



私たちそうやって、
自分は自分、て、自我に目覚めた。

なのにせっかくの芽を、摘み取られがち。

そこから脱出しようとすると、
「生きていけないよ」とすり込まれたり。

それは大人にとっては教育し易いし、子どもの安全を守るためと言われればそうだけど。

私も、娘の安全のためなら全力で叱ってしまう。

叱るときに、自分の苛立ち(怒り)を少しもぶつけてないとは言いきれないし、一方的に抑えこもうとしてたかもしれない。。



まず「違う」と思ったら、
反射的に、反発するんよな。

それがイヤイヤ期のはじまり。

そこから、どうするか。

もし一方的に抑え込んでしまったら、

子どもはその後、「劣等感」や「被害者意識」から抜け出せんくて、

それこそ苦しみに耐えながら、自分で立て直し方を見つけていかんとおえんのよ。


「イヤって言わない」「いけません」

て一方的に抑え込んでしまうと、せっかくの、意志の芽生え摘み取ってしまう。


人それぞれ意志がある。
だから選択肢はたくさんあるんだよ。
自分で選んだらいいんだよ。

そう大人が教えてあげないといけないの。

本当に子どもの安全を守りたいなら、
面倒くさくても、子どもに一つ一つ、
説明しなきゃいけないのね。



親って、どんな親でも、
子どもにとっては偉大なんよな。

だから「信じる」し、「期待する」。

親が子どもに期待する以上に、
子どもは親に期待しとる。

いくつになっても親は親で、子は子なん。
親から教わったことはずーっと覚えとるもん。

だからこの時期の子育てを、「どうせ大人になったら忘れるでしょ」てナメとったらいけんな。反省

「記憶」よりも、「心」がつくられとるんよね。



受けとめられて
周囲に目を向ける。


子どもがどうしても言うことを聞かない。

手を引っ張っても、反対方向へ行きたいといってダダをコネはじめたら。

そこでまずは、受けとめる。

「わかった。あなたは右に行きたいんだね」

そのあとで、

「私はあっちのスーパーで買い物したいから、まずは左に行きたいな。そのあと右に行こうよ。」


「わかった」のひとことによって、自分の要求が受けとめられたために心に余裕が生まれます。

受けとめられてはじめて、思い直しができる。

思い直しができたら、

(そっか、じゃあどうしようかな。左にいってみようかな)

という新たな行動の選択肢ができるんです。

三歳未満の子には、
「わかった」「いいよ」と言おう。

そのあとで、周囲に目を向けさせよう。



これは保育園の先生がコピーしてくれた
保育の専門書から学んだことなんじゃけど。


(なんなん?
私も1歳児と変わらんが…って思った。

あなたの周りにもいませんか?

「受け止めてもらえない」と感じたら余計に反発して、どんどん強情になる人。笑

家族やパートナー、愛情がある関係性だと余計にその傾向が強くなるしね。

1、2歳から、人ってあんまり変わらんのかもしれん。経験は増えるけど。)



まずは子どものワガママ、ダダコネ、
イヤイヤは、成長の証しとして歓迎する。

子どもの要求を、
引っ込めさせるのでは無く、

いったん受けとめることで、
周囲の状況に目を向ける心の余裕をもたせる

そうすることで、

他にどんな選択肢があるのか「自分で」考えられるようになる。



私は、これ知ったあとから、

娘が「イヤイヤー!!泣」てなった時の対応をさっそく変えてみたんよ。

いつものように、

ズボン履くのを「イヤ!」て逃げ出した。

そこで以前の私なら、
「イヤじゃないよ!早くして!」てイライラ。


でも、ちがう。ちがう。

いったん、受けとめる。


「わかった。そっかズボン履きたくないのかな」


ため息じゃなく、深呼吸。


「これ履いたら、めっちゃカッコいいけどなー」


て言って置いといたら、

しばらくして娘のほうから近寄ってきたんです。

「じゃあ、履こうか」て言っても抵抗感なく履いた。



あ、これか。
こういうことか。



実践して、体感して、腑に落ちる。

娘には、ちゃんと意志の芽生えがある。



私の子育てが、「苦しい」から、

やりがいある」に変わった瞬間。




自分の心で感じ、才能を思う存分発揮して、愛を信じて生きていける人に育ってほしい。













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