オイラだって、この人にはけっこう救われているんだよね。なんたって、2020年時点で53歳だよ? 60歳までやれそうな気がする。サッカー人生の最後をどうやら横浜FCで迎えそうな昨今、この時に何があったか。まずもって2011年3月11日、午後2時45分頃にマグニチュード9.0(震度7以上)の東日本大震災があった。岩手県の大津波や、福島第一原発の事故もあり、サッカーどころではないと初めは考えたらしい。普段は横浜市の西谷という場所で練習をしているようだ。話題になったのは、相模鉄道とかいう超マイナーな私鉄路線(失礼!)が都心と結ばれることだよね。この前、会社の人間に教えてもらって電車賃を見たらビックリ仰天!…なんとなんと1区間が150円ですよ。電車賃高過ぎ。
まあ、そんなことより、ブラジルの名門サントスに入団するため、15歳で単身渡った。最初は卒業証書なんていらないけど高校もとりあえず、というぐらいの考えだったらしい。でも、やっぱり必要なものは、意味があって必要なんだよね。日本人って、ほとんどが日本にしかいないし、陸続きではない島国だから、自分達がマトモだと思って疑ってかからないし、私なんて論語を引き合いに出すけど、やはり孔子が常々述べていた「かかあ天下こそ国の繁栄」とか「憲法を知らなくても生きていけるけど、礼節を知らないと生きていけない」は正しい。
好きなことを好きなだけやらせてもらって、それで楽しくないなんて甘すぎだよね。だってキング・カズがのちに渡ったクロアチアなんて至る所に弾痕の跡が残っているんだから。まあそれでも私は「大学病院でコロナウィルスうつらない?」としつこく嫁にボヤいて、嫁が「大丈夫 大丈夫 (^^♪」と励ます。まるで野村克也とサッチーの関係と同じだ。私が「そうか?」と石原慎太郎のごとく返すと、嫁が「(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪ 大丈夫!」と元気よく返ってくる。だからやっぱり結婚しないとダメなんだよね。それが上手くいっていない人だと、相手がたとえ男性であっても、まるで奴隷のような態度を示すよう促す。これが「同調圧力」「同調行動」であり、いくら自分を盛っても、またいつまで経っても、自分から動かない限り、相手は自分を解放してくれない。キング・カズもブラジルでは随分とありのままの自分をアピールしたようだ。もし演技であればサイコパスってことだよね。でもウソなんてすぐにバレるしね。
キング・カズだって、生きている間に何も考えていなかったわけではない。だけど、フォーメーションがいつまで経っても分からないのは、致し方ないよね。だからフォワードは監督向きじゃない。それで監督の話を聞いていないところはあったって、ちゃんと守備の間を抜くことが出来る。昔はウィングがセンタリングを上げていたらしいが、今現在はサイド・バックがセンタリングを上げている。私もこの頃でサッカーをやっているわけだし。守備の間を抜くのが速過ぎならオフサイドになるし、遅すぎなら敵陣にすぐ囲まれるし、一瞬の判断が難しいんだけど、それっていくら頭で考えているだけでもダメなんだよね。野球だって「アタマのスポーツ」だという野村克也の教えだけど、サッカーも監督は囲碁のように全体を見ているんだよ。だからスポーツの天才に監督は向かない。一方で身体表現は無意識の動作なんだ。巷では「ゴールに対する嗅覚」という表現もあるよね。やっぱり、何でも口で言うより、まずはやってみないと分からないんだ。
暴力問題について。本書が出版される1~2年前ぐらいに、女子柔道前日本代表監督と教師による暴力で高校生が自殺した問題があった。私も両方は分けて考えるべきだと思うよ。高校生の自殺は絶対にあってはならない。結果論は大間違い。かつて起きたヨットスクールでの問題もそうだけど、過酷な状況に追い込むにも限度があるんだよ。暴力を振るって、脳が止まらなくなると面白がって続けるか、怒りをぶつけ続けるか、の2通りにしかならない。つまり単純バカにしかなっていない。女子柔道の問題は「自分が殴られて強くなったと”信じていた”ので同じ過ちを犯した」となぜ言えないのだろうか。建前よりも本音が重要だろ? 実際に強くなったかどうかは後の問題だろうに。だから結果は自分が決めるのではなく、相手が決めるもんなんだ。両方は「愛情」という意味で脳科学で言えば前頭葉とか前頭前野とかオキシトシンとかに関わる問題なんだけど、愛情のために敢えて振るわない拳もある。ブラジル人は殴らない代わりに、突き放すだけ。自分でやったことが、すべて自分に返ってくるのが本当の民主主義でしょう。だから欧米では審判も神ではないので、誤審に関しては詰め寄るのが当たり前だしね。
あとこれね、みんな分かっていないことが一つあるんだけど、日本人は暴力問題でいちいち太平洋戦争を意識するんだよね。だけど極右の大日本帝国と急進左派のソヴィエト連邦の思想が同じだったって、どのぐらいの人が知っているだろうか。同町圧力という点でも同じ。閉鎖的な空間では「いじめ」と「自殺」の問題が起こるのもまったく同じ。未だに一向に変わっていない。それは「いじめ」と「自殺」の問題は双方で繋がっていて、世界の自殺者数は「1位・ロシア」「2位・日本」「3位・韓国」と東アジアに集中している。やっぱり、みんな同じじゃないとアジア人はダメなんだろうな。世間中心でないと日常生活がうまく行かないんだよ。別にこれが良いとか悪いとかではない。なぜなら同調することは、高橋まつりさんのようにブラック企業のために必死こいて夜中過ぎまで20時間も働かされたために、だんだんおかしくなって自殺をした。サイコパス社長は社員をただの歯車にしか思っていないわけですから。ちょっと行き過ぎじゃないですか?と言える環境ではなかった。
世間中心と日本人らしさで「日本人は親切だ!」なんてよく言うよ。そういう人って政治感覚がスッカラカンだよね。江戸時代から明治初期までならまだ分かるけど、ただ単に倒れた人を救っているだけ見て「日本人らしい」は極右の極みではないかね。そんなもん当たり前です。人を助けるぐらいなら、例えばオーストラリア人なんて知り合いの医者がいれば、救急車で運ぶ前に病院に電話までかけてくれちゃいますからね。そういう前例はいくらでもあって、オーストラリアでは何人もの日本人(留学生含む)の命が救われている事実、そこは出さないの?
それがキング・カズと関係あるの?って、あるから書いているんだよね。キング・カズの場合、サッカーはやっぱりブラジル式の方が良いと考えている。自分達で考えて、自分達で実行しなければ意味がない。だから、いくら知識があっても、これからが重要だってこと。だから本のタイトルにも『とまらない』と書いてあるじゃないですか。野球で野村克也じゃないけど、やっぱり互いに教え合ったり、話し合ったり、作戦を立て合ったり、そういうことをしないチームは上昇しない。日本では「言ったもの勝ち」「やったもの勝ち」で済ませるバカもたくさんいるけど、それでは向上心がない。かつてホラッチョ浜口が自分の知識を意識してウソばっかりついていたけどね。私はウソはすぐ見抜けるよ。なぜかというと、その野村克也だって監督になったら、まず選手にさせるのはペーパーテストだからね。これは正解を出すものではなく、間違いでもいいから、あーいう方法もアリかも、こーいう方法もアリかも、ってたくさん書いて提出する選手の方がやっぱり伸びるんだってね。ぶっちゃけていえば、伸びない選手は「ひとつの正解」を間違いではないと思って、疑ってかかろうとしない。自分で調べることもなく、すべて他人任せだからね。
それもやっぱり脳の問題だけど、本人にとっては正解だと信じ込んでいる。そして周りの人もウソだと疑ってかかれない人がいる。そりゃあ、そうだよ。だって最初からウソだと分かっていたら、オウム真理教のようなカルト教団だって出てくるはずがないしね。ホラッチョ川上のように「自分が正しいと思ったら絶対曲げない」「すぐ癇癪を起こす」「相手が合わせてあげないと他人と上手くいかない」は、まるっきりホラッチョ浜口のまんまです。サイコパス野郎の嘘つきはもう飽き飽きしている。今知っているかは関係なく、これから知る気があるかどうかなんだよ。
2014年時点で47歳。まさに貪欲の塊だね。キング・カズの父親は一刻も早く引退して欲しいと願っている。でも、一度引退してしまったら、なかなか現役復帰は難しい。中田英寿だって29歳で引退したけど、もう全盛期のように走れないしね。キング・カズは6歳でサッカーを始め、ブラジルの名門サントスでプロデビュー(その時日本にJリーグは存在しなかった)を果たし、日本に帰国してヴェルディ川崎(現・読売ヴェルディ)に入団、日本サッカー界を盛り上げた第一人者ではあるけど、それよりさらなる飛躍を見ているんだ。157得点したら、次は158点目、その次は159点目、が重要なんだ。過去なんてどうだっていい。前年だか前々年だか、天皇退位で「平成終焉が寂しい」という感覚に関して私はいっさい分からなかった。なぜなら、私も2020年時点で53歳になるキング・カズと同じ考え方だから、年齢なんてまったく関係ないよね。
全盛期のキング・カズを知らない世代の小学生まで今現在はカズダンスをしている。カッコいいじゃないか。なんたって53歳のカズダンスが見れるんだから、そりゃあ楽しみだよ。次は54歳のカズダンスに挑戦、その次は55歳のカズダンスに挑戦なんだ。いつまで経っても、人間は向上心がある人こそ次を見据えている。決して過去を振り返らない。う~ん、私的に今は取り敢えず55歳までのカズダンスを見たいかな。
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