サッカー三浦知良はキングカズ | 北条得宗家の鎌倉めぐり

北条得宗家の鎌倉めぐり

鎌倉散策や鎌倉散歩の様子の他に養老孟司教授の著書を中心として紹介

 

横浜FCに移籍して6年目を迎えた2006年。ここから本書がスタートする。昔話に酔いしれる。野球なら読売ジャイアンツの江川卓で、体操ならルーマニア代表のコマネチだって(笑)?…そりゃあウチの親世代だよ。ボクシングは具志堅用高で、外国人ならモハメド・アリだとか。詳しく知らんがな。だいたい現在で言えば読売ジャイアンツの元オーナーも、読売クラブからヴェルディ川崎になったのを、当初は読売ヴェルディというクラブ名にしようとしたオーナーも、やな奴だよね。読売新聞本社ビルの最上階で長い間フン擦り返っていた年寄りのこと。極右勢力の読売新聞は取っていませんのであしからず。私は永遠の左派系・中道左派なので東京新聞を取っております。

 

 

他人のせいにするって、学校でも会社でもあるけど、そういう民族性の中にいるんだからしょうがないんじゃないの。意地悪な言い方をすれば、日本人の特技が「いじめ」なんです。社会的に協調性がなくてはならない、ということは裏を返せば不倫問題のように叩きたくなる。不倫問題なら個人の道徳としてまだしも、意見多数が正しい、みたいな風潮がある。それだけだったら、オウム真理教はあの中では地下鉄サリン事件が正しいことになる。日本人は親切だというお間抜けなことを言う人がいるけど、それは下手に出た時だけでしょうに。

 

会社でのパワハラが横行している、ということは周りに分かるようにわざと嫌がらせを仕向ける。中野信子先生は「男が筋力で暴力」「女は村八分」と言っていたけど、実はそうではないんだよね。男の方が脳の前頭葉の内側前頭前皮質に関してコントロールできない人が多い。宮崎勤のような連測殺人犯型なんかはその典型。だとすると、やはり男の方が「天才とバカは紙一重」になる。女の方が平均に寄っていて、社会性がある分、村八分になる。社会性があるから、どんな人とも井戸端会議が始まるとも言える。

 

中野信子先生は日本人のように社会中心である分だけ「いじめ」が横行しやすいという。我々、大日本帝国でのいじめは60%で、ドイツも実はナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)が世界に名を轟かせただけに同じ60%であり、このように社会中心というのはいじめが多い(ちなみに北欧のフィンランドは28%)。だからソヴィエト連邦と同じで、いじめと自殺の関係は「1位・ロシア」「2位・日本」「3位・韓国」に如実に表れている。他人を蹴落とすと、ドーパミンという快楽物質が脳神経に出されている。要するに、自分が勝った(と思い込んでいる)ことに関して酔いしれている。でもいじめっ子ほど、自分のレベルが分かっていない。なせそれが分からないのかと言えば、それはドラ息子を作ったバカ両親も同レベルだからです。だから平然と他人を「あいつは普通じゃない!」と言い切れる。それであれば、カルト教団の中が普通であれば、マトモな宗教ほど普通じゃないことになる。反社会的勢力がマトモであれば、一般的な社会勢力は普通でないことになる。

 

 

キング・カズはそこまで言っていないけど、どんな馬鹿でも分かりやすくするために敢えてハッキリ例を出しただけであって、中野信子先生の脳科学でもこれは証明されています。脳というのはある程度、生まれつきで遺伝によるところはかなり大きい。勉強が出来るかどうかではありません。15歳で絶頂期に達し、平均的な日本人ならお子ちゃまの期間が長く、だいたい30歳以降~49歳ぐらいまでの人格形成によるものの脳です。またその裏にあるキング・カズの言葉を読み取らなければならない。人々はみな肩を組んで語り合い、同じフィールドに立っている。その当たり前のことが当たり前でないから「若い人はこうだ」と勝手に決めつける人も中にはいる。

 

私の経験で言えばセガサミーならぬスガ・サミーの馬鹿共と同じことを言うな、と言いたくなる。スガ・サミーはその名の通り、菅バカンボウチョウカンと長いパイプを持っている。右傾化すればおのずと他者を差別するようになる。まるでヒトラーや相模原市にある障害者支援施設「やまゆり園」で大量殺人を犯した植松聖被告のように。セガサミーの社員はわりと極右勢力が多く、差別主義者です。私が仕事しているとずーっとそう思っていました。そして例の反社会的勢力による元会長銃撃事件で、あーやっぱり問題起こしやがったな、と案の定、確信しました。あの人たちって、前頭葉の内側前頭前皮質で我慢が出来ないんだな~と。

 

 

ではヨーロッパはどうか。ほとんどの欧州本土では肩を組んで同じフィールドに立つからこそサッカーが発展した。先輩後輩関係は野球ほどではありません。別段、坊主にしなければならない、と決まってもいませんから、私も小学生から大学生までフサフサだったわけで、野球のように坊主なら思わず「このハゲー!」と叫びたくなってしまいます。受験勉強中は髪の毛を切る時間もなくカチューシャ必須で試合に出る。

 

サッカーをファッションだと思っている人がいる。ある程度はカッコ良くなければいけない。だからカズダンスなのだよ。だいたい野球選手とサッカー選手を比べればどっちがカッコイイかって一目瞭然でしょう。むしろ学ばなければいけないのは我々「さとり世代」ではなく、むしろバカ両親共ぐらいの年齢のいわゆるシラケ世代の方です。旧民主党の鳩山由紀夫・元首相がかつて述べた「ここまで財政赤字を増やしたのは一体どこの政党なのか!」というように「ここまで社会構造を悪化させたのは一体どこのどいつらか!」なのです。オランダもフィンランドも男女平等になるまで1970年から始まって30年以上かかっていますから、今すぐに変えて、直後すぐに変化が来るわけではありません。

 

今現在が悪いのはすべて若者だと他人のせいにする方が怪しいよ。だってそれは裏を返せば「自分は絶対に悪くない」ということなのだから、中高年でもそういうお子ちゃまなことを平然と言う。どうかしていると思わないかい。完璧な人間なんかいるわけがない。一人が変わっても、何も変わらない。自分がいちばん変わるべきだと、養老孟司流哲学のように「知る=変化する」でなければ意味がないよね。

 

 

その「変化する」は間違いなく「大人になる」ということであって、それはここでは身体的ではなく精神面のことを間違いなく差している。キング・カズでさえ、一日ずつ変化している。それを40歳を過ぎてますます確信するようになったと。20代は生意気だった。だけど2011年では満44歳になるに加え、着々と老体に鞭を打たなければいけなくなる。そもそも32歳で衰えを感じていて、案の定というかワールドカップ日本代表メンバーから外された。あれは岡田武史監督だっけ?…記者会見で「外れるのはカズ、三浦カズ」と名前を呼ばれたこと。私はテレビの前で愕然とした。サッカーのヒーローが外れてしまうなんて…と肩を落とした。私なら野球で言えば清原和博で、サッカーで言えば三浦知良だった。ついでに言うと、私ぐらいの世代なら、体操は内村航平で、ボクシングは日本人が辰吉丈一郎で、外国人がマイク・タイソン。

 

 

最後はよけいだったか。まあいずれにせよ、野球でも2006年にワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が始まって形的にはとりあえず名実ともに世界レベルになったといっても過言ではない。ただ未だ野球はアメリカ型ベースボールが中心なだけで、競技としての野球はアジアでは中国や台湾や韓国など一部のみ。そして中南米でもメキシコとかドミニカ共和国とかキューバとかベネズエラとか、限られてしまう。ブラジルでも野球が文化としてまったくないわけではないが、日系人を中心にプレイしているだけであって、ほとんどのブラジル人は明らかにサッカー。日本人では趣味の域を出ないイメージがあって、18歳だとまだ学生気分でいる。一方でブラジルの17歳や18歳がプロになると1万円の給料のうち8000円を家族に仕送りしている。もっと夢があるから、田舎から都市部に出るために、たくさんの選手が出てくる。

 

ましてあんなに広い国だ。選手を集めようとすればリオデジャネイロやサンパウロなどの大都会が中心になってしまう。だけど日本でもそれは出来ることであって、例えば「北海道」「東北」「東京」「関東」「東海」「北信越」「関西」「中国」「四国」「九州・沖縄」で代表選をするのもいいかもね。これで10チームが作れるし、ぶっちゃけ北海道大学・農学部を卒業した義父の影響で北海道日本ハムファイターズを応援しているウチの嫁をサッカーに黙って持ってこれるぞ。地域戦はブラジルでもそれだけ盛り上がる。

 

日本でやっているのはクラブ・ワールドカップで、前身のトヨタカップからやっていたとしても、あまり盛り上がらない。そもそも天皇杯だって野球の交流戦より前にあったぐらい。でもエジプトや中南米のクラブを弱いと決めつけるのはナンセンスだね。見ていればレベルが高いことは分かる。さすがにアジアではそんなにレベルが高くないとはいえ、世界に追い付こうとどの国々も努力し改革を断行している。タイとかカタールとか、レベルが上がってきている。サウジアラビアは以前、大人と子供の試合しか出来なかったけど、日本もだんだん追い付いてきた。だけど中東のサッカーはもともとレベルが高く、イランなどを筆頭にますます追い付け追い越せと白熱している。

 

 

何歳からだって学べることはあるし、チャンスはいろんなところに転がっているんだ。別にJ2リーグからJ1リーグへの昇格の喜びだっていい。同じ目的を達成した時の喜びは計り知れない。これは現代人にとってなくてはならないモノ。養老流哲学なら、若い人よりむしろ中高年の方がキレるとか、自己主張するとか、を自重した方がいい。まったくピッタリ合うことなんてあるわけがない。ドイツのルフトハンザ航空にて赤ちゃんが泣きだした。乗客はほとんどがドイツ人とイタリア人だった。ある時、客室乗務員が「後ろに座るお客様が赤ちゃんの鳴き声がうるさいので泣き止むようにしろと…」と注意してきた。そこで後ろを振り返ると、それぞれ50代・40代・20代の3人でキッチリとスーツを着込んだ日本人だった。日本人なら、ここでとりあえず黙っておくから、付けあがる人もいる。通路を挟んで隣にいるイタリア人が「赤ちゃんは泣くのが仕事だろ!」と怒鳴ってくれたおかげで、その3人の日本人はタジタジになっていたらしい。その上に日本人としてみっともない。

 

こういうシチュエーションが実際にあることを知っていれば、日本人のどこが親切なんだ、と言いたくなる。養老孟司だって別に『養老訓』(2010)であながち間違ったことを言っているわけではない。そんなに気になったら、今度は便所の流れる音まで気になるのか、とさえ思う。パソコンをカチャカチャ音をさせただけで新幹線のグリーン車にも拘わらず文句を言ってくる大人がいる。しかも中高年のオッサンがほとんどだという。養老孟司でさえ、そういう目に遭っている、ということ。だから「こんな年寄りにならないように」と注意喚起を促している。不機嫌なのは若い人よりも、むしろ中高年であることが多い。相手を変えさせるよりも、自分を直せよ、ということ。

 

これってキング・カズと言っていることが同じだよね。経験でやっぱり40歳を過ぎてようやく分かってきたわけで、60歳を過ぎても分からない人があれこれといちいちケチをつけたがるし、他者を平然を差別するし、サッカーは平等だから年齢も国境も顔の肌の色もまったく関係ないもんね。これからがどうなるのか、楽しみだね。横浜FCはどこまで成長出来るのかな。FC東京みたいに変われるかな。

 

【ニューソース】

新潮社 公式サイト

横浜FC オフィシャルサイト