「また話したい」と思われる人
仕事中、後輩のKが深いため息をついた
「昨日、彼女と食事したんだけどさ。会話は普通にできたと思うんだー
でも、帰り際の彼女、なんとなく遠かった気がして」
Kが思いを寄せているのは、同じ職場で働くMさんだった
穏やかでよく笑う人だが最近は仕事が忙しいのかどこか疲れた表情を
見せることが増えていた
「何を話したの?」と私が尋ねるとKは少し考えてから答えた
「Mさんが
『最近、毎日終電ぎりぎりで、もう疲れが取れなくて』って言ったんだ。
だから俺『大変そうですね。無理しないでください』って」
「それは間違ってはいないよ。でも、Mさんは何を言ってほしかったんだろうね」
Kは首をかしげた
「疲れている、という事実に返すよりも
“頑張っている自分に気づいてほしい”っていう気持ちが
そこにはあったのかもしれない」
私はコーヒーを一口飲んで続けた
「たとえば
『Mさん、笑って話しているけどかなり無理してるように
聞こえるよ。本当は、しんどかったんじゃない?』
って言われたらどう思う?」
Kは黙った後、小さくうなずいた
「……たぶん、わかってくれたって思う」
「そう。会話は、正しい言葉を返すためのものじゃない。
相手の感情に触れるためのものなんだーよ」
数日後、Kから連絡がくる
今日、Mさんと少し話せた。教えてもらった通りにしたら
前より長く話してくれた
再び会ったKの表情は、以前よりも少し明るかった
「彼女がまた残業の話をした時にさ
『Mさん、頑張りすぎじゃないですか』って言ってみたんだ。そしたら
“そんなふうに言われたの、久しぶりです”って笑った」
「よかったね。でも、無理に会話が上手な人になろうとしなくていいよ」
「実はさ……俺、彼女と話す時、かなり緊張してるんだよね」
Kは苦笑した
「だったら、それも少しだけ言えばいい」
「え?」
「『僕、Mさんと話すと少し緊張するんです。
でも、話せるとうれしいです』って。
格好つけた言葉より、ちゃんと向き合おうとしている姿のほうが伝わるから」
Kは驚いた顔をした
「そんなことを言ったら、頼りなく見えないかな」
「弱さを見せることと、相手に寄りかかることは違うよ。
自分を飾らずに差し出せる人は、安心されるんだ」
それからKは、焦らずにMさんと話すようになった
名前を呼ぶことも意識した
「Mさん、お疲れさまです」
それだけの短い言葉でも、Mさんは以前よりやわらかい表情を見せてくれたという
K自身も、不思議と緊張がほどけていった
ある雨の夜、Kからまた連絡がきたMさんが最近仕事に行くのが少しつらいって
私はそのあとKと電話をした
「俺、自分の話をしていいのか迷ったんだ。でも、少しだけ話した。
前に好きだった仕事でも、朝になると息が詰まるように感じた時期があったって」
「それで?」
「Mさんが
“Kさんにもそういう時があったんですね”って言ってくれて
それから、今までよりいろいろ話してくれた」
Kの声は静かだった
「俺、今まで、いいことを言わなきゃって思ってた。でも違ったんだな。
Mさんの気持ちを受け止めて、俺も少しだけ本当のことを話せばよかったんだ」
「そうだね。相手を変えようとしないこと。答えを急いで渡さないこと。
そして、相手の心にある小さな揺れを大事にすること。それができれば
言葉が上手じゃなくてもいい」
数週間後、KはMさんと二人で食事に行った
帰り道、駅の改札の前で、Mさんが少し照れながら言ったらしい
「健太さんといると、無理に元気なふりをしなくていいから、楽です」
Kは、その言葉を聞いた時すぐに気の利いた返事ができなかった
ただ、少し笑って言った
「そう言ってもらえて、すごくうれしいです。Mさんが話したい時は、
いつでも聞かせてください」
Mさんはうなずいた「うん。また話したいです」
言葉は、相手を動かすためにあるのではない
心を開いても大丈夫だと思ってもらうためにある
完璧な答えがなくてもいい。少し言葉に詰まってもいい
相手の気持ちを感じようとする優しさと、自分の気持ちを
少しだけ見せる勇気があれば、人と人との距離は静かに
けれど確かに縮まっていく
会話が苦手な男性も女性も
「相手の気持ちに寄り添うこと」で
少しずつ大切な人との距離を縮めていくのかも知れない










